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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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7話 破談

 取り残された俺とリナは、一言もしゃべらずお互いを見ていた。


 料理はすでに冷めてきている。けれど、どちらも手を付けようとはしなかった。


 俺は、近くにいた侍女に、「悪いが少し離れてくれ」と言った。侍女は何も言わずに俺らの声が聞こえないくらいまで下がった。


 離れたのを確認してから俺は口を開く。


「一週間ぶりくらいだな」


 俺が言うと、リナは頭を下げた。


「その節は申し訳ありませんでした。ご無礼お許しください」


 普段使い慣れていない言葉なのだろう。しゃべり方がたどたどしかった。


「まあ、そんなことはどうでもいいさ。それよりもよかったな」

「何がでしょう?」

「前代未聞。新しい言葉を覚えられてよかったな。パパに教えてもらったのか?」


 リナの頬が一瞬こわばった。


「なにをおっしゃっているのかわかりませんが、私は初めから『前代未聞』という言葉を知っています。勘違いされていませんか」


 シラをきるか。だがまあそれで流してやるほど俺は優しくない。


「先代不問」


 リナの顔がひくつく。


「わたしみたいな高貴でしゅうこうな人間」


 笑顔のまま、プルプルと体を震わせている。心なしか、耳が赤くなっているような気がする。こいつ、取り繕うのは下手糞だな。


「私、そのようなこと申し上げた覚えはありませんよ」


「そうか、気のせいだったのか。さすがにこんな間違いをするやつなんか存在するわけないよな。まして、公爵令嬢ともあろうものがそんな間違いをして、さらに目上の人間にヒールを取りに行かせるようなことするわけないよな。いやー、よかった。もし俺だったら、恥ずかしくて一生部屋から出られないぜ」


 がちゃん、と音がしたので見ると、リナがナイフとフォークを握りしめてうつむいていた。拳の震えがテーブルにも伝わって、そのうえの皿までガチャガチャと音を立てて揺れていた。


 こいつ、全然感情を隠しきれていないな。さっきまでの作り笑いはどこへ行った。


「わ、私のことはともかく」リナが目線を持ち上げる。「あ、あなたこそ、さっきの発言はひどいのではないですか? さすがにバカ王子と言われるだけありますね」


 ふん、と俺は鼻で笑っておく。


「バカ王子で結構。俺はお前と違って、そんなことで傷つくほどやわじゃないんでね。そもそもさっきの発言とは何のことだ?」

「決まっているでしょう」


 俺の知らんぷりに、リナの顔がますます赤くなっていく。


「こ、子供ができる体なのか、とか。縁談が成立し次第、子作りにはげむ、とか……」

「それがなにか?」

「な、なんて、はせんちな……」


 はせんち? 一瞬分からなかったがすぐに理解した。


「ああ、破廉恥って、言いたいんだ。またバカを、発揮して、しま、ったな……」


 我慢できずに笑いだすと、リナの拳がテーブルクロスまで巻き込み始める。


「も、申し訳ありませんわ。ちょっと舌が回らなかっただけですの」

「そう、しかし、破廉恥ねえ……」


 俺はにやにやしながら、あごをさすった。


「おまえ、ほんとは子作りって何をするか知らないんじゃないのか? 当然経験もないわけだろ。知ったかぶりしているだけなんじゃないか?」


 破廉恥も知らないわけだからな、と口添えた。リナは、バカにされすぎて頭にきているのか、それくらいならわかります、とムキになっていた。


「ほう、なら、どんなことするか言ってみろよ」

「わかりましたわ」


 リナは、俺を睨みつけながら言う。


「そんなもの、決まってますわ。男と女が、その、お互い裸になって」

「裸になって?」


「その、キスをしたり、お、おおお男の方のそのアレを……女の方のアレに」

「アレじゃわかんねえな? ちゃんと言葉に出せよ」

「だ、だからその……だ、だんせい、き」


 そこまで言ったところでリナははっとしたような表情をし、にやにやと眺めている俺に気づいた。

 とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。リナは立ち上がり、今までの怒りを込めるように拳をテーブルに叩きつけた。


「い、言えるわけないじゃないの! あんたわたしをハメたわね!」

「いいのか、言葉遣い」


 口をおさえて、少し考えていたが、あきらめたらしい。また怒りの形相に戻った。


「もう知らないわよ! なんでこんなやつとわたしが結婚しなくちゃいけないのよ! さっきから黙って聞いていればわたしをバカにして! バカにバカって言われるのが一番腹立つのよ!」

「ああ、そう」


 俺は余裕でカップを口元に運び、紅茶を飲んだ。


「だいたい、あんたわたしのこと知らないの? 公爵家の令嬢リナは、それはもうすごい才女だって評判なのよ! 何も知らないのはあなたのほうでしょ!」


 俺は、紅茶を飲みつづけている。


「この、この、この……」


 さて、俺をどのように罵倒するのだろう。ちょっと楽しみだ。


「童貞!!!」


 カップから口を離し、ため息を漏らす。甘すぎない、ちょうどよい舌触りに俺は満足していた。


 視線を、リナの後ろにある庭園に移す。庭師によって整えられた灌木の周りをいくつもの蝶が優雅に舞っていた。俺はそれを見て和やかな気持ちに

 ――なれなかった。


 こいつ、エスパーかな?


 俺は内心動揺していた。


 なんでわかったのだろう。俺は、経験豊富そうな口ぶりで話していたのに。心を落ち着けるべく、もう一度カップに手を伸ばした。


「……あれ? もしかして図星?」


 急に黙り込んだ俺を見て、リナが調子づき始めた。椅子に座りなおし、わざとらしく背筋を伸ばして、微笑みかけてきた。


「そうですわよね。殿下ったら、一度も縁談が成立したことがないんですものね。当然のごとく童貞のままでいらっしゃいますよね」


 また丁寧な口調に戻るのが最高にうざかった。


「別に、俺は童貞ではないんだが?」

「カップを持った手が震えています」

「汗かきすぎて、逆に寒いんだ」


「飲んでいる紅茶が口の端からこぼれています」

「これは最近王族の間で流行している飲み方なんだ。最高に贅沢だろう?」


 俺は、カップをソーサーの上に置いた。大きく息を吸って、落ち着こうと努力する。


「この俺が、どどどどど童貞なわけないだろう」

「そんなに動揺しているなら、もう確定ですね」


 くそ、こんなことで一本取られるとは。リナにはすっかり余裕が戻ってしまった。


「そもそも童貞の何が悪いんだ。別に何人もの人と関係を持たなくても、ひとりのことを大事にして、愛せばそれでいいじゃないか。子供を作らないようにしているとはいえ、ほかのやつらこそ節操なくやりすぎなんだ。なかには婚約者以外ともこっそり関係を持っているやつもいるし、どんな貞操観念してるんだかわからないね」

「ずいぶんと早口になりましたね……」


 ばれてしまったものは仕方ない。俺はあきらめて、童貞ですが何か、とふんぞり返ることにした。


「で、おまえは、この童貞のどこに惚れたって?」

「認めましたね……」


「まあ、確かに俺は童貞だ。女にモテたことなんか一度もないからな。で、そんな童貞になんで縁談なんか申し入れた」

「だから、それは、初めのほうに説明したように――」


「バカか。いまさらそんな理由が通用するわけないだろ。『バカ王子』だの『童貞』だの、はてには『なんでこんなやつとわたしが結婚しなくちゃいけないのよ』と言ったんだ。今さら取り繕ってもその言葉は消えない。なにが目的だ」


 リナは黙り込んでしまった。やはり、何か裏があるな。


「目的を話したら、俺が断ると思っているのか。それは勘違いだな。俺はどのみちこの縁談を断るつもりだ。変な理由で取り入ろうとされても気味が悪いんだよ」


 すると、明らかにリナが焦りだした。


「な、なぜですか。子作りでもなんでも好きなようにしたらいいじゃないですか。殿下もおっしゃっていたでしょう。この縁談は悪くない話だと。お互いメリットがあるのであれば、ひとまず成立させてしまえばいいではないですか」


「何を焦っているんだ。俺ごときと婚約できないことでそんなに困ることがあるのか」

「それは……」


 リナの体が縮こまる。


「それは、私にもわかりませんけど……」


 正直なやつだな。本当は、この縁談を成立させるためにも俺の挑発にキレてはならなかったし、まして結婚したくなんかないと本心をぶちまけるべきではなかった。嘘があまり得意なタイプではないんだろう。


「論外だな。俺は意外と慎重派でな。こういう怪しいのは全部避けることにしているんだ。悪いな」

「でも……」

「でももだってもない。この話はナシだ。あきらめろ」


「私の言動に失礼があったのであれば、謝りますからどうか……!」

「しつこいな、そんなことは関係がない」


「それに、私は一応、評判のいい人間です。私と婚約することであなたにとっても……」

「だからこそだよ」

「え?」


「まあ、気にすんな。縁談は破棄するが、この飯はうまい。故郷のやつにでも、王子が舌鼓を打って喜んでいたとでも伝えておけ。この話はこれで終いだ」


 飯もすっかり冷めてしまっただろう。俺は、せっかくの料理を無駄にしてはならないとナイフとフォークを手に取る。


 すっかり意気消沈したリナは、俺に倣うように料理に手を付け始める。


 やがて、王妃と公爵が戻ってきたが、そちらも話がこじれたらしい。だれも何も言わず、料理を食べ続けるだけの食事会となってしまった。




 その後、王妃に改めて話を聞いたが、王妃のほうからも断りを入れたらしい。


「なんでシルヴィルトと結婚させたいのか、さんざん聞いたけれど娘のためだとしか言わず、はぐらかされたのよ。口を割りそうもなかったから、せっかくの話だったけど断ることにしたわ」


 そして、最終的にあなたの言う通りにすることになったのは癪だけどね、と付け加える。


 俺も俺で、リナに探りを入れたが、特に何もわからなかったと言うと、そうよね、とあきらめたようにため息をついていた。あれだけ大喜びしたあとだから、このような結果になってさぞ落ち込んでいるだろう。申し訳ない気持ちもあったが、仕方がないことだ。




 ……その夜、事件が起こるとは全く思っていなかった。

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