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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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6話 見合い

 来客用の食堂は「ベンヴェヌート宮」に存在する。広さは、四方50メートルほどでそこそこ広い。マホガニー製の長テーブルが規則正しく置かれていて、十分な幅を持たせて彫刻入りの椅子が並べられている。


 天井は高く、アーチ型となっている。宗教画が壁から天井に至るまで描かれていて、重厚な雰囲気が漂う。しかし、食堂の扉は開け放しとなっており、すぐ隣の小さな庭園を間近で見ることができる。


 基本的にシェフは常駐していない。あくまで食べる場所として来客用に用意されているだけに過ぎない。キッチンは毎日清掃されているし機材もそろっているので、食材と作る人がいれば、料理は作れる。


 今回のお見合いに出される食事は、公爵側が用意したシェフが作るようだ。


 俺は、椅子に深く腰掛けながら、黙り込んでいた。


 目の前には、二人の人間が座っている。


 一人はリナ・スキラ。縁談の相手であり、すました顔で微笑みかけている。

 もう一人は、リナの父であるスキラ公爵。成人男性としては背が小さく、姿勢も悪い。口髭が長く、いつもそこばかりいじっている。


 隣には、ニコニコ笑っているお母様――ビリヤンカ王妃がいた。


「本日は、どうぞよろしくお願いしますね。お二人とも」


 扇子で口を隠しながら、そう言った。それに応じたのはスキラ公爵だ。


「ええもう! こちらこそよろしくお願いします! 縁談自体を断られることも危惧しておりましたが、このような形で直接お会いくださり感謝いたします!」


 おおげさに身振り手振りをまじえ、これ以上ないくらい口角をあげている。


 俺は、たしかにリナと公爵は親子なのだな、と感じた。胡散臭いくらいの作り笑いだ。


 当然、王妃もそれには気づいているはずだ。しかし、わざわざ口に出して指摘しても何の意味もない。俺も王妃も愛想よく笑っておいた。


「しかし、我が息子――シルヴィルトの評判はよくご存じなはずでしょう。それでもよろしいのですか? 正直申しまして、結婚も半ばあきらめかけていたところでしたのに」


 パーティの日の出来事を聞いた以上、相手の言葉をそのまま受け取るわけにはいかない。王妃はしっかり探りを入れてくれた。


「なにをおっしゃいますか、王妃殿下! わたしにとって望むことは子の幸せのみです」

「そうですか。シルヴィルトと結婚して、リナお嬢が幸せになると思っていらっしゃると」

「ええ。なにせ、リナはシルヴィルト殿下のことをいたく気に入っておりますから。やはり、心惹かれた相手とともに生きる以上の幸せはないでしょう」


 なあ、リナ、と公爵が問いかけると、無言のままリナがうなずいた。

 そういえば、さっきからこいつ大人しいな。階段から転げ落ちたときとは大違いだ。


「まあ、俺――いや、私としてもありがたい話ではあるんですがね」

「そうですか!」


 スキラ公爵は、両手を胸の前で組んで、機嫌よさそうに笑う。


「殿下からありがたいお言葉をいただけたな、なあ、リナ」


 そうですね、とリナは小さな声で言った。


 そのとき、俺は気づいた。リナが汗をかいている。たしかに暑いのだが、俺たちと比べても汗がやたら多いように見えた。


「ところで、リナお嬢。聞いてもよろしくて?」


 王妃が再び探りを入れる。


「リナお嬢は、シルヴィルトのどこを気に入ってくださったのでしょうか」


 俺もそれは聞きたいところだった。100%嘘の理由を言われることにはなるが、どのような言い訳をしてくるのかとても興味深い。


 スキラ公爵は、ちらとリナを見ただけで何も言わなかった。


 リナは、目線を少し下に落としながら、話し始めた。


「最初は……顔です」


「顔。まあ、たしかにシルヴィルトの顔は悪くないですわ」


 俺もうなずいておく。ちなみに、スタイルも悪くないと思っている。


「パーティのとき、少しだけ会話を交わしましたが、意表をつくようなことばかりをおっしゃるので、少し面食らってしまいました。けれど、私の近くに来る男性は、いつも歯の浮くようなことばかりでしたので、かえって新鮮に感じられたのです」


「新鮮は新鮮でしょうね。私も毎日、息子に関する知らせを耳に入れるたびに、同じような感覚を味わっていますわ」


 俺は目をそらす。皮肉だろう。


「無知で申し訳ありませんが、あのときはシルヴィルト殿下だったとは思ってもおりませんでした。そのような地位の方が、通常では考えられないような、前代未聞な振る舞いばかりをなさっていたので、気づけば殿下のことばかり考えてしまうようになりました」

「そう……」


 王妃は、それだけ返した。どう判断していいか困っているらしい。疑っているようだが、何も言えないようだった。


 しかし、俺はそれよりも別のことが気になっていた。


 ――前代未聞


 よかったな。言えるようになったんだな。先代不問から進歩している。誰に聞いたかは知らないが、この短期間の間に教わったのだろう。


 そう考えるとなんだか笑えてきた。声に出さないように気をつけ、手で表情を隠し、横を向きながら、こみ上げてくる笑いを抑えようとした。


 しかし、顔に出てしまったらしい。リナが俺の反応に気づき、一瞬、むっとした顔をした。その表情は、階段から転げ落ちたときに見たような、自然な表情だった。


 そして、その瞬間、俺は安心した。


 よかった。人形か何かと話している気分だったが、人間に戻ってくれた。


 安心したせいか、俺の腹が小さく、ぐぅ、と鳴った。おいしそうな匂いが漂っている。もうすでに料理が出来上がったらしい。シェフが、皿に盛りつけているのが遠巻きながら見てとれた。全員分が盛りつけ終わると、シェフが給仕を呼んだ。


 給仕は、その皿を手に取り、こちらに振り向く。


 というか、


「……ムースじゃねえか」


 なんであいつがここにいるんだ。俺を心配して来てしまったのだろうか。


 俺は、リナの顔を一瞬見たあと、「ちょっと失礼します」と席から立ちあがり、ムースのもとまで向かっていった。


「おい」

「シルヴィルト王子。大人しく席に座っていてください」

「なんでお前がいるんだよ」

「心配だからに決まっているでしょう……! 公爵家の者と変わってもらいました」


 まあ、そうだろうな。しかし、ここまでするのはやりすぎだな。


「悪いんだが、ちょっと給仕役を別のやつと変わってくれないか」

「なぜですか」

「いいから。理由は後で説明するから、とりあえずお前は帰ってくれ」


 ムースは悲しそうな顔をしたが、渋々うなずいた。


「じゃあ、私が直接お運びいたしましょうか?」


 キッチンにいるシェフが、そう問いかけてくるが、それに対しても首を振る。


「そういう問題じゃない。とりあえず、そこらへんにいる侍女でもつかまえて、そいつに料理を運ばせてくれ。頼む」

「……よくわかりませんが、わかりました。至急、探してきます」


 ムースは釈然としない様子だったが、それでも命令通りすぐさま動いてくれるのはさすがだ。料理をその場に置き、急ぎ足に見えない程度に足早に出ていった。


 俺はそれを見送ってから、さっきまで座っていた席まで戻る。


「ちょっと、どうしたの?」

 ビリヤンカ王妃が尋ねる。俺は、「ムースにも事情があるんだろう」と適当に返した。


 一瞬、公爵が鋭い目つきでこちらを見た気がした。俺が目を合わせようとすると、すぐに作り笑いに戻った。


「事情というのがよくわかりませんが、料理はあそこに置いたままにしておくのですか」

「いや、大丈夫でしょう。すぐに運ばれてきます」


 俺が言ったのとほぼ同時に、侍女が食堂の中に入り、料理の皿に手を伸ばす。言いつけ通り、ムースが手近な者に頼んでくれたらしい。侍女は、何度も往復して料理をこちらまで運び、4人全員の前に置いた。


「さぁ! これらが私の領土で最もおいしいと思われる料理です! 合鴨のアヒージョとはちみつレモンのマドレーヌです。最高の品質で用意しております。どうぞお召し上がりください!」


 言われるがままに手をつける。一口ずつ食べてみたが、確かにおいしかった。

 王妃も気に入ったようで、「素晴らしいわ」と感嘆していた。


 さて。


 俺は、ナイフとフォークを置き、ナプキンで口の周りを拭いた。


 今までのリナの反応からして、リナが決して俺に惚れたわけではないと確信できた。


 要するに、これは、裏に意図があって作られた縁談だ。


 だからこそ、俺は何の気兼ねもなく、この縁談をぶち壊すことができる。


 俺の雰囲気の変化を感じ取ったのか、スキラ公爵がナイフを動かしながらいぶかし気な視線を向けてきた。俺は構わず言い放った。


「リナは、もうすでに孕むことができるのか」


 空気が凍り付くのを感じた。美味しい料理で和んだ雰囲気が崩れていく。


 スキラ公爵はナイフとフォークを置いた。


「どういう意味でしょうか?」

「簡単な話だ。子供を作れる体なのか聞いている」


 動揺しているらしい。スキラ公爵は、目を泳がせている。


「なぜ、突然そのようなことを? 一般的にはもう何年か待っていただいたほうがよろしいかと存じますが」


 ふん、と鼻で笑い、足を組む。ふんぞり返りながら、俺は言う。


「リナが何才だろうが、俺はすでに15だ。俺の年齢に近い兄弟は、すでに婚約を結んでいる。あいつらは自分の年と近い年齢の女を選んでいるから、あと数年もすれば子供を作り始めるだろう。リナがあいつらの婚約者の年齢になるまで待っていたら俺だけで遅れることになる。縁談が成立し次第、俺は毎晩こいつと子作りに励むつもりだ」


 王妃がテーブルの下で足を踏みつけてくるが、気にしない。


「それで、どうなんだ? 子供を作れる体なのか?」

「き、急にそんなことをおっしゃられても……。し、しかし殿下がお望みであれば」

「お前はどうなんだ、リナ」


 それまで黙り込んでいたリナは、俺の言葉に一切の動揺を見せていなかった。むしろ、そう言われることも予想していたのではないかとすら思える。


 冷たい目だ。あきらめているような、達観しているような、感情の乏しい瞳。


「殿下のお心の赴くままに」


 つまらない答えだ。しかし、スキラ公爵は、その言葉に安堵したようだった。


「そ、そうですね……! 殿下にもいろいろ事情はおありでしょう。リナもこのように言っていますので、殿下の望まれるとおりにしていただければと」

「そうか」


 ちら、と王妃を見ると、何かを考えこんでいるようだった。さすがに今の反応を見て、違和感を覚えたらしい。こんなことを言われてもなお、俺とくっつけようとする意図はいったい何なのか。俺は王子だが、将来のない王子だ。家柄を目当てにするにしても、ここまで必死になって取り入る相手ではない。


 王妃は顔を上げ、スキラ公爵のほうを見た。


「少し話したいことがありますの。よろしいかしら」

「え、ええ」

「こちらへ」


 別の場所に移りたいようだ。しかし、スキラ公爵はリナを置いていくことに抵抗を感じているらしい。なかなか席を立とうとしない。


 スキラ公爵がリナを見た。リナは、小さくうなずく。


「承知しました。話を伺いましょう」


 そして、そのまま二人は、食堂から立ち去る。


 その場には、俺とリナと侍女だけが残された。俺たちから少し離れたところに立つ侍女の表情には、困惑が浮かんでいた。これがムースだったら、俺の言葉やスキラ公爵の態度に怒りをあらわにしていたのかもしれない。ドン引きだけで済むのはまだ楽だ。


 俺は、こわばる表情のリナを見つめる。


 リナは、作りものの微笑みをこちらに向けていた。


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