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復讐のベアリーパー  作者: Pのりお
第一章 二人の出会い
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2話 家庭教師

 白い煙が細い布のように揺れている。


 充満するのは、暖炉の臭いを濃くしたような悪臭だ。葉巻にもいろいろな種類の臭いが存在するが、今漂っている臭いは、甘さなどかけらもない。


 目の前の男は、葉巻を口にくわえ、ポケットに手を突っ込み、足を組んでいた。


 俺は叫んだ。


「くっっさ!」


 男はこちらを向いた。髪の毛やひげはなく、陶器のようなつるりとした顔立ちだ。


「別にいいだろ、むしろいい匂いだろ」


「くっさいものはくっさいんだよ!」


 俺は、今、自分の部屋にいた。

 なぜか、椅子に背もたれごとしばりつけられている。テーブルをはさんだ反対側のソファにハゲが座っていて、俺を見ている。


 彼の名前は、リンク・アメストリ。俺の家庭教師である。


「いちいち拘束してんじゃねえよ! 王子にすることじゃねえだろ!」


 ち、と舌打ちされる。これまた王子に対する態度ではない。


「おめえの物覚えが悪いからだろ。昨日の試験の点数言ってみろ」

「覚えてないね」

「覚えられねえわけねえだろ。全教科0点だ。見事なもんだな」


 テーブルの上に、昨日行った試験の答案用紙が投げられる。見事に真っ赤だった。


「王国きってのバカ王子と言われるだけのことはある。口は悪いわ、頭も悪いわ、葉巻の良さもわからねえわ、ほんとにセンスがない」


「センスのないやつにセンスがないと言われることほど光栄なことはないね」


「ほざけ。センスがねえのはどう考えてもお前のほうだ」


 葉巻を口から離し、大きく息を吐く、ただでさえ臭いのに、近くで息を吐かれたせいでついむせてしまう。何の嫌がらせだ。


「酒は好きなくせに、葉巻の良さがなんでわからないんだ。ワインと葉巻は二つで一つだろう。酒の味と葉巻の匂いが合わさるとめちゃめちゃおいしく感じられるだろ。あれだけ毎日ワインを飲みまくってるくせになんで葉巻は嫌がるんだ」


「ワインの匂いってわかる? ワインの味はワインの匂いと楽しむものなの」


「ガキだねえ」


 なにがガキだ。普通はワインだけで楽しむものだろう。


「それより、いいかげん解放してくれ。俺にこんなことしていいと思ってんの? 家庭教師のくせに調子乗ってんの? そこらへんのやつに言いつけるぞ」


 ふん、とリンクが鼻で笑う。


「王妃殿下から縛るなり押さえつけるなりしていいと言われている。てめえごときが反論したところで痛くもかゆくもねえな」


 くそ。あのクソババア、余計なこと言いやがって!


「でも残念だったな。俺は、一週間前に15になったんだよ。家庭教師とつまらない勉強をする日々は終わりなんだ」


 この国では、15歳の誕生日を迎えたときに、一人前の大人としてみなされる。そして、家庭教師をつけているのであれば、その日にお役御免となるのが通例だ。あくまで家庭教師の役割は、大人になる前に必要な知識を身に着けさせることにある。


「リンク。お前は家庭教師になって1か月程度だったな。条件のいい仕事だったろうが、終わりは終わりだ。いくら縛り付けておこうが、今日で会うのは最後だろう。成果が出せなくてもったいなかったな。俺みたいな問題児を更生させられていたら、家庭教師として引く手数多だったろうにな」


 俺は、拘束された両足をテーブルの上に叩きつけた。試験の答案は、俺の靴に踏みつけられる。


 リンクは、くつくつと笑い出した。しだいに笑い声が大きくなり、部屋全体にくそやかましい声が、葉巻の臭いと合わせて充満する。


「はっはっ。バカじゃねえのか、ほんとに。おまえは、さっき俺が『ガキ』と言った意味がまるで分かっていないようだな」


「あ?」


 葉巻の火を俺のほうに向ける。


「おまえがいくら15になろうが、関係ない。王妃殿下からは、『十分と認められるほどの学力を得るまで』という契約を結んでいる。おまえは、今まで家庭教師を何人もやめさせてきたらしいな。そして、俺が勉強させようとしても、自由気ままにどこかに逃げてしまう。そんなことではいけないと、王妃殿下様も同意してくれたよ」


 顔が青くなるのを感じた。おいおい冗談だろう。


「これからは毎日しばりつけたうえで授業を行う。そして、試験が合格点に達するまで解放しない。解放してほしくば、真面目に授業を聞き、ない頭を回して解答を作るんだ。その根性から叩き直すから覚悟するんだな」


 俺は意識が遠くなるのを感じた。このくそゴリラ、いつか覚えてろ。ていうか、


「くっせえんだよ! はやくその葉巻どうにかしろ!」


 しかし、リンクは無視して、機嫌よさそうに葉巻をくわえつづける。


 俺は、あきらめて、体から力を抜いた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   



「この国の歴史のおさらいだ」


 俺はしばりつけられたまま、授業を聞いていた。リンクはソファにふんぞり返りながら、資料をテーブルに投げる。


「トリトロンという国はいつごろできたか覚えているか?」


 俺は迷わず答える。


「およそ150年前だ。シルフィン大王が建国した」


「ち、その通りだ」


 正答だったのに、舌打ちすんな。


「シルフィン大王は、人望のある方だった。一般市民の家庭で生まれた彼は、もともと普通の少年だった。しかし、頭がよく、わずか13歳のときにあるものを発明した。その名は、<アクチュエータ>。魔力とは、その属性魔法にしか使えないというのが常識だったが、その常識をひっくり返した。魔力を装置にこめれば動力に変わる変換装置。大王は一躍有名になった。アクチュエータで稼いだお金で商店を開き、さまざまなアクチュエータを店頭に並べた。おもちゃ同然の物ばかりだったが、売れに売れ、店は大きくなり、他国からも注文が殺到するほどになった。そして、大繁盛のまま40を迎えたころ、事件が起きる」


 顎でしゃくられたので、仕方なく答える。


「イリエナ事件だ。トリトロンの領土を支配していた、ネブロの王族が国民を奴隷として輸出する商人と手を組んでいたことが明らかになった。多くの国民が憤り、国に対するクーデターが起こった」


 リンクはうなずく。


「そうだ。しかし、最初、反乱勢力は苦戦していた。なぜなら、ネブロは島国であるために戦争が少なく、一般市民はろくな武器を持っていなかったからだ。国王軍は、すぐさまクーデターをおさえつけた。すぐに内乱は収まると思われた……」


 しかしそうはならなかった。リンクは、足を組み替える。


「シルフィン大王は、反乱軍の肩を持っていた。そして、何か力になれないかと考え、作業室にこもった。開発したのは軍事用のアクチュエータ。炎魔法のように戦いで役に立つ魔法を持っていなくても、魔力を装置にこめれば武器として機能する変換装置。そして、その装置は複数名以上で使用できた。数の多さで優っていた反乱勢力は、その装置を用いることで、強力な国王軍に対抗することができた」


 葉巻を灰皿の縁に叩き、灰を落とす。


「それでも、すぐさま優勢になったわけではない。あくまで武力が対等になっただけだ。それに、国王軍には経験を積んだ指揮官が大勢いた。そのままでは負けだったろうが……シルフィン大王が様々な人に後押しされ、反乱勢力のリーダーとなると戦況が大きく動いた。優秀な彼は、意表を突く作戦を連発し、しだいに国王軍を追い詰めていった。そして、最終的に彼の功績により、国をひっくり返すことに成功した」


 何度も聞いた話である。子守歌と同じような頻度で子供に言い聞かせられてきた昔話だ。


「新しく成立した国は、シルフィンのファミリーネームをとってトリトロンと名付けられた。新しく国王として擁立されたシルフィン大王は、勝利は喜ぶべきだが、このような争いを二度と繰り返してはならないと宣言し、トリトロンの王族に3か条の誓約を与えた。すなわち、心と知識と言葉。国王に戦力たる魔力を求めないのもこの時に決まった」


 今日すでに母様からも聞いたよ、と内心毒づく。


「国の歴史に関する復習は以上だ。何か質問はあるか?」


 俺は、首を横に振る。もうすでに30分以上話を聞いていた。集中力が切れそうなので、早く終わってほしかった。


「ったく、真面目に聞いていたと思ったら、すぐにしんどそうな顔しやがって。言っておくけど、授業はまだまだ終わりじゃないぞ」


「は?」


 俺は凍りついた。


「今までできていなかった分を取り戻す必要があるんだ。一日中勉強しないととてもじゃないが追いつかん。次は、魔法学の授業、その次は政治学の授業だ。寝る前まで続くと思え」


 嘘だろ……。俺は、泣きそうになりながらその宣告を聞いていた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   



 魔法学も政治学も聞いたことある内容ばかりだった。


 魔法の属性が、光・闇・水・火の4種類なのは5歳のころから知っているし、貴族階級が公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵の順なのも理解している。すでに分かっている内容を、こちらがわかっていないものとして一から説明されるのは苦行だった。しかも縛られた腕は痛いし、足はしびれてくるし、トイレもなかなか行かせてもらえず地獄のようだった。そして、質問されて誤った答えを言ったときに、葉巻を吸った息を鼻に吹きつけられるのが一番きつかった。


 俺の意識が魂となって口の端からこぼれそうになったとき、ようやく授業が終わった。


 日は沈みかけていた。侍女たちがランタンに火を入れてくれたのか、壁中のランタンにほのかに明かりがともっている。久々に腕と足が解放された瞬間、俺は前のめりに倒れこみ、おでこをテーブルに思い切りぶつけた。


「言っておくが、自業自得だ。今までさぼってきたツケが回ってきたんだ」


 あれだけ長い間説明していたくせに、ケロリとした顔でリンクが言う。こいつの体力は無尽蔵なのか。途中でソファに寝転がりながら話していたとはいえ、正直異常だ。


「それから、これが、明日からの予定表だ。よく目を通しておけ」


 顔の近くに書類がたたきつけられたので、テーブルに頬を擦りつけながら読む。

 って、おい!


「明日も明後日も明々後日も。休みなく、朝から晩までみっちりじゃねえか!」


「当たり前だろう。今日だけなわけがない」


 書類をつかんだ手が震える。おいおい、何を好き好んでハゲ頭のおっさんと二人きりでつまらない授業を葉巻の臭いをかぎながら聞かなくてはならないのだ。


「王妃殿下からの命令だ。従ったほうが身のためだぞ」


 まったくばかばかしい。今日は、蔵にあるだけのワインを飲みつくして、ゲロ吐きながら泥のように眠ってやる。そしてそのままさぼってやる。


「それと言い忘れたが」


 リンクは部屋から出る間際、こちらに振り返った。


「予定表ともう一枚、宿題を用意した。それを明日までにやるように」


 そして、有無を言わせぬまま出ていった。俺はカーペットに寝転がる。そして、言われたようにもう一枚書類があることに気づき、その内容を確認した。


 問題が50問ほど載っている。合格点は6割以上とでっかく一番上に書かれていた。


 しゃーない。6割ぴったりになるように解いておこう。

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