56:前途多難すぎるだろっ!?
「いっ!? おっ!?? あぁあっ!?!? たっ、助けてグレコおぉぉっ!!!!!」
断末魔の叫び声をあげる俺。
「モッモ!? 掴まってぇっ!!!」
奈落の底へ落ち行く俺を、グレコの白い手が掴んだ。
「もぎゃっ!?!!?」
変な声が出てしまったのは、グレコが掴んだのが俺の尻尾だったからだ。
ぷらぷらぷらと、空中で左右に揺れながら、激しい水の流れを目にする俺。
ひぃいぃぃっ!?
こぉっ! 怖いぃいっ!!
落ちるうぅぅうっ!??
どうにかならないかと辺りを見回すも、手が届きそうな場所もなければ物もないっ!
今の俺にできる事といえば……、グレコが俺を引き上げてくれる事を、ただただ祈るのみっ!!
が、しかし……
「きゃっ!? やだっ!!? ちょっとぉ〜……、わあぁっ!?!?」
頭上から聞こえたグレコの声。
俺の目が捉えたのは、こちらに落ちてくるグレコの姿。
「え? 嘘っ!? だぁあぁぁぁっ!??」
「きゃあぁぁぁぁっ!!!」
俺とグレコは、仲良く一緒に、崖から転落。
眼下に広がる巨大な河へと、飲み込まれていった……
「うぇほっ! うぇほっ!! うっ……、げぼっほぉっ!!! はぁ、はぁ、はぁ……」
し、しにゅ……、死ぬかと思ったぁ~……
生まれて初めて、足がつかないような深い河に入った俺は、文字通り死に物狂いで泳ぎ、なんとか河べりへと辿り着いた。
全身水浸しだし、大量の水を飲んでむせてはいるが、とにかく……
「い……、生きて、る……? 良かった……、うへぇ〜」
大きめの独り言をはき、なんとか生き延びた事に安堵した。
呼吸を整え、立ち上がり、辺りを見渡す。
周りには、見た事の無い種類の巨大な木々が生い茂り、地面にはびっしりと草が生えている。
つまりは、どうやらクロノス山脈を越えられたらしい。
ここは恐らく、山脈の北側……
未開の地と称される幻獣の森、その外側へと、俺は足を踏み入れたのだった。
目の前を流れる河は、かなり幅が広く、流れが急で、向こう岸まで泳いで渡る事など到底不可能だろう。
俺が今生きている事が不思議なくらいに、水の勢いが激しく、あまりにも豪快で雄大なその姿は、俺に畏怖の念を抱かせた。
キョロキョロと、辺りを見渡し続ける俺。
しかし、どこに視線を向けようとも、グレコの姿がない。
もっと遠くに流されたか、それとも……
「グレコ〜! グレコ、どこぉ〜!? う……、うぅっ……、グレコ〜!! どこにいるのぉ~!!?」
泣き出しそうになりながら、しばらく叫んでみたものの、グレコが現れる気配はない。
「うぅぅ……、うえぇ……、うっ、うっ、……ううぅんっ!!!」
涙を必死に堪えて、俺は立ち上がる。
泣いている場合ではないっ!
グレコを探さねばっ!!
幸い、身に着けていた物は全てあるし、何も無くしてはいなさそうだ。
おもむろに、首から下げたコンパスを取り出す。
銀色の針は北を指し、金色の針は俺の望む物を指してくれる、その名も望みの羅針盤。
「お願い、グレコを探してっ!」
別に、声に出して言う必要はないと思うが……、自然と出てしまっていた。
金色の針は、銀色の針と同じく、真北を指している。
推測するに、やはりグレコは、もっと河の先に流されていってしまったようだ。
よしっ! 河に沿って歩いて行こうっ!!
服の裾に溜まった水をギュッと絞り落として、俺は歩き始めた。
「おぉ~い、グレコやぁ~い! 迷子のグレコやぁ~い!! いたら返事してぇ~!!!」
かれこれ数時間、こうやって探し続けているが、グレコは一向に見つからない。
だいぶ下ってきたはずだが……、河はまだまだ先へと続いている。
はぁ……、どうしよう……
旅が始まった途端にこんな事になるなんて……、前途多難すぎるだろっ!?
途方に暮れた俺は、河べりに座り込んでしまう。
どうしてこんな事になったのだろう……?
全部あいつが悪いんだ!
あんのぉ〜、害虫めぇっ!!
俺は、諸悪の根源である奴の事を思い返していた。
意気揚々と、俺とグレコがテトーンの村を旅立ったのは今朝のこと。
導きの腕輪を使った俺たちは、北の山々、エルフの隠れ里では時なしの山と呼ばれる、クロノス山脈へとテレポートした。
着いた先は神の聖地、最初に俺と神様が出会ったあの場所だ。
俺は勝手に、聖地は山の頂上にあると思っていたのだが、実際は山の中腹よりちょっと上の位置だった。
そこから、山の北側へと回ってみたわけだが……
目の前に広がる光景に、俺とグレコは唖然とした。
予想だにしていなかった険しい山岳地帯が、どこまでもどこまでも続いていたのだ。
しかし、先に進む以外に選択肢はないと、俺たちは意を決して進み始めた。
地面から大きく突出する、無数の白い岩の間を縫って、俺たちは歩いた。
二人とも体が小さいから良かったけれど、ガディスのような大きな生き物では、絶対にあの山道を歩けないだろう。
足場は悪いが、斜面の角度はそれほど急ではない。
しかし、急ではないという事は、まだしばらくこの山岳地帯が続く事を意味していた。
歩くこと数十分。
俺のよく聞こえる耳が、妙な音を感じ取った。
どこかで流れる水の音に混じって、ガジガジガジと、何か固いものと固いものが擦れる音が聞こえてきたのだ。
何か生き物でもいるのだろうかと辺りを見回すも、そこには何もいない。
気のせいかとも思ったが、音は大きくなる一方で……
「グレコ……、なんか、様子がおかしいよ……」
俺がそう言った、まさにその時だった。
すぐ後ろの白い岩で、ガリリッ! という大きな鈍い音が聞こえた。
振り返るとそこには……
「キシャアッ!!」
「ひぃっ!? 虫ぃっ!??」
「なっ!? 魔物っ!??」
超巨大な、きっもちわっるい、虫型の魔物がすぐそこまで迫っていた!
俺の十倍はあるだろう長い体には、下半身に節くれだった無数の足、上半身には大きな二本の鎌手を持ち、顔には虫特有のレンズのような目と強靭な顎があった。
その姿形は、まるでカマキリ。
いや、カマキリをすっごく気持ち悪くした感じだった。
悲鳴を上げながら、逃げ惑う俺とグレコ。
しかし、鎌手の虫型魔物は、どんどんと距離を縮めてくる。
無数の足で器用に岩肌を掴み、巨大な体を自在に操って、岩と岩の間を造作も無くすり抜けてくるのだ。
そして最終的には、突如として現れた崖まで追い詰められてしまった。
逃げ場をなくした俺たちは立ち止まり、グレコが弓で応戦しようとした……、次の瞬間!
なんと、グレコの後ろでただ応援していただけの俺が、足を踏み外して崖の下へ真っ逆さま。
間一髪でグレコが助けてくれたものの、後方から迫る鎌手の虫型魔物に、グレコは押されてしまい……
俺たち二人は、崖の下に流れる、巨大な河へと落ちていったのだった。




