50:真面目なガディス
「たっだいまぁ~!」
なんとか体のゾクゾクが治まった俺は、グレコと共に、意気揚々とテトーンの樹の村へと戻った。
「おっ! モッモ!! お帰りぃっ!!!」
「みんなぁっ! モッモが帰って来たぞぉっ!!」
「わ~い! モッモ~!!」
あっという間に、村中のピグモルたちがニコニコ笑顔で集まってきて、囲まれる俺とグレコ。
お~お~、いいねぇ~、この歓迎ムード♪
やっぱり故郷の村が一番だな!
しかしながら、チラリと視線を向けると……、畑はやはり、駄目そうだ。
植え直したとはいえ、一度引っこ抜かれて踏みちゃちゃくられたせいか、野菜の苗は土の上に横たわったままで、完全に萎びてしまっていた。
「モッモ! よくぞ帰った!!」
少々出遅れつつも、長老までもが出迎えてくれた。
俺はこの村のヒーローだなっ!
えっへんっ!!
「それで、どうだった!?」
「エルフの住む場所はどんな所だったの〜?」
「食料は!? 分けてもらえたのか!!?」
「岩塩はっ!?!?」
口々に尋ねてくるピグモル達。
「長老、みんな……。実は、エルフの隠れ里で……」
わざと俯き、不安気な空気を漂わせ、溜める俺。
まさか、そんな!? という表情で、固唾をのんで見守るピグモルたち。
「……ふふっ。食糧の援助を、してもらえましたぁっ!!!」
両手を大きく広げて、声高らかに俺は発表した。
「わぁぁぁっ!」
「やったぁぁぁっ!!」
「これで冬を乗り越えられるぞぉっ!!!」
「岩塩〜〜〜!!!!!」
万歳をしながら、小躍りで喜ぶピグモルたち。
俺は、鞄から次々に食糧を取り出して、みんなに説明を始めた。
どんな野菜なのか、どんな果物なのか、どういう調理方法で食べれば美味しいのか、などなど。
あと、みんなが心待ちにしていた岩塩も貰えたのだが……、何も言わずに渡せば、みんなのことだ、馬鹿みたいになんでも塩をふりかけて食べてしまうに違いない。
そうなればきっと、高血圧とかで体調を崩す奴が急増してしまう!
という事で、岩塩は美味しいけれど、一日に食べていい量を守らなければ死に至る、という事を伝えておいた。
みんな驚愕して青褪めていたから、過度に摂取することはしないだろう。
一通り食料の説明を終えてから、今度は分けてもらった野菜の種や果物の苗などを取り出して、みんなで畑に植えた。
今の時期に植えてちゃんと育つものを貰って来たので、しばらく経てばまた、しっかりと自給自足の生活ができるだろう。
エルフに教わった世話の仕方も、きっちりとみんなに伝えた。
みんなは時折、俺に質問したりしながら、ちゃんと真剣に話を聞いてくれていた。
この調子なら、俺が旅に出てしばらく村に帰れなくても、なんとか大丈夫そうだ。
そんな俺たちを見つめながら、少し離れた場所で、グレコは優しく微笑んでいた。
「モッモよ、少し良いか……?」
「ん? おぉっ!? ガディス、いたのっ!??」
自らがテトーンの樹を薙ぎ倒してできた獣道に、フェンリルのガディスがちょこんと座っていた。
「おぉ! ガディス様!! 先日はタイニーボアーの肉を届けてくださり、まことにありがとうございました!!!」
ガディスの姿を発見したピグモルたちは、みんなで頭を垂れて感謝の意を述べる。
先日はって……、俺がエルフの隠れ里に旅立ってから、まだ五日しか経ってないのに、もう肉を与えたのか?
ガディスはなかなかピグモルたちに甘いな。
「良い。皆の喜びは、我の幸せだ」
ガディスが答える。
「なんというお優しいお心! さすがは我らの守護神様!!」
「守護神ガディス様! 万歳っ!!」
わいわいと、ガディスを褒め称えるピグモルたち。
嬉しそうに、飼い犬の様に尻尾を小さく振るガディス。
……ん? あれ??
言葉が通じている???
「ねぇガディス。言葉、通じないんじゃなかったっけ?」
そう、ガディスもグレコ同様に、ピグモル達の言葉を理解出来なかったはず……、なのに……?
「うむ。しばし皆を観察し、必要最低限の言葉を覚えたのだ。これから先、守護神としてピグモル達を守る為には、是が非でも言葉を解する必要があると思うてな。難しい言葉はまだ使えぬが……、まぁそこは、追々な」
なんとまぁっ!
なんって勉強熱心な守護神様だことっ!!
「そして、この道の先に、我の新たな住処を作った。いついかなる時、いかなる敵からも、ピグモル達を守る為にな」
獣道の先を、鼻で指すガディス。
なんとまぁっ!
お引越しされてきたのねっ!!
そこまでしてくれるなんて……、守護神の鏡ですなっ!!!
「ガディスって、本当にピグモルが好きなのね」
クスッと笑ったのはグレコだ。
「む? お主もいたか。お主もピグモルの言葉を覚えるがよい。幾度となくここへ足を運ぶのならな。言葉とは即ち、思いを伝えるもの。皆と心を通わせ、更なる親密を求めるのならば、言葉は必要不可欠であるぞ」
ドヤ顔で、ガディスはそう言い切った。
なんていうか……、とても真面目だったのですね、ガディス様。
「時にモッモよ、お主、この衣服に見覚えがあるか?」
そう言って、ガディスは何やらオレンジ色の派手な帽子を口に咥えて、俺に渡した。
……はて? どこかで見た事があるぞ、このトルコ帽。
「あ~、これは……、もしかして、ドワーフの物じゃない? ほらここ、この刺繍の模様、本で見た事があるわ。ドワーフが衣服や家具に使う模様にとても似ているわね。ガディス、どうしてこんなもの持っているの?」
グレコが、帽子に刺繍された幾何学模様を指さし、ガディスに尋ねた。
ドワーフ? ドワーフってあの……、あっ!?
そうかこれっ!!?
「テッチャのだ! ドワーフのテッチャの帽子だよこれっ!! でも……、どうしてガディスが?」
テッチャは、つい先日、エルフの隠れ里の地下牢にて出会ったドワーフ族だ。
俺の記憶が正しければ、別れ際にテッチャは、こんな帽子を被っていたはず……
「ふむ、あの輩の言っていたことは真であったか。悪い事をした……」
申し訳なさそうな顔をするガディス。
「え? 悪い事って……、何かあったの??」
「うむ、実は……。モッモをセシリアの森へ送り届けた数日後、怪しい奴がこの村の近くをうろうろしておったのだ。見慣れぬ種族故、我は警戒した。捕まえて話を聞くと、訳の分からぬ事を話したが故……、少し離れた場所に埋めたのだ」
……はっ!? えっ!?? なんてっ!!??
「えっ? なっ!? う……、埋めたっ!??」
埋めたって何っ!?
なんで埋めたのっ!!?
「うむ。なんでも、エルフ共の地下牢で……、モッモ、お主に助けられたとか。あと、小川の宝石がどうとかぬかしておってな。怪しい匂いがぷんぷんだったのだが……、そうか、本当に知り合いだったとは……」
えっ!? ちょっ!??
何その残念そうな顔っ!!??
ガディスは、とてもとても残念そうな……、取り返しのつかない事をしてしまったかのような表情で、フーッとため息をつく。
「今どこにっ!? テッチャはどこにいるのっ!??」
ドキドキと、俺の心臓の鼓動が速くなっていく。
「……こちらだ、案内しよう」
立ち上がり、背を向けて歩き出すガディス。
その歩幅は大きく、ただ歩いているだけなのに、どんどん遠ざかっていく。
……どうしよう。
テッチャ、埋められちゃった?
もしかして……、死んじゃった??
ドキドキドキドキドキドキドキドキ
「モッモ……。とにかくついて行きましょう」
グレコに優しく諭されて、動揺を隠し切れない俺は、ただ頷くだけで精一杯だった。




