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27:作戦開始だっ!

『あたし、男らしいのは大好きよ♪ じゃあね、モッモちゃん、キャハ♪』


 風の精霊シルフのリーシェは、何故か上機嫌になって、空へと消えて行った。


「えっとぉ~……、何? こんな、まさか…‥、瞬きするほどの一瞬の間に、移動したっていうの?? じゃあ、さっきのあれは……、あの地獄は、なんだったわけ???」


 グレコが、口元をひくひくさせる。

 同様に、表情が強張っているだろう俺には、返す言葉もない。

 怒りや疑問よりも、まさかリーシェにこんな事ができるだなんて思ってもみなかったから、驚き過ぎて……


「リーシェって実は、結構凄い精霊だったり……、はっ!? 隠れてっ!!」


「ふぎゅんっ!?」


 突然、グレコに頭を押さえ付けられて、変な声が出てしまう俺。


 何っ!?

 なになになにっ!??

 何が起きたのっ!!??


 身をかがめて、茂みに紛れるようにして息を潜めるグレコ。

 そんなグレコに押さえ付けられたままな為に、無様にも地面に突っ伏している俺。

 すると、俺のよく聞こえる耳に、荒い獣の息遣いが聞こえてきた。

 ハッハッハッ、という、犬が走った後にするような息遣いだ。


 なんとか頭の上にあるグレコの手をどけて、グレコが注視している方向を見る。

 そして……

 

「ひっ!? ま……、ま、さか……? あっ、あいつが!??」


 驚きつつも、声を押し殺しながら、俺は問い掛けた。


 少し離れた場所で、四本の足でのっしのっしと歩くそいつは、真っ黒な狼だ。

 想像していたよりも、その体はずっとでかい。

 体長およそ10メートル……、長い尻尾を足すと15メートル近いんじゃなかろうか。

 テトーンの樹を薙ぎ倒すほどのその巨体は、タイニーボアーの十倍、……いや、二十倍はあるかも知れない。

 なるほど、タイニーボアーがタイニーと言われるわけだ。

 あれこそまさに、ビッグだ!


「間違いない。あの姿……、書物の中にあったヘルハウンドにそっくりだわ。あいつが闇の魔獣よ」


 グレコの言葉に俺は、ごくりと息を飲む。


 巨体を覆う、艶のある漆黒の体毛。

 フサフサの尻尾に、ピンと立った三角の耳。

 そして、収まり切らないのであろう、肉食獣特有の鋭い牙が覗く、裂けたかのように獰猛でデカい口。

 その口元にあるものは……


「あっ!? 妹達だっ!」


 闇の魔獣の口からはみ出た牙には、何かが引っかかっている。

 それは見覚えのある揺り籠。

 小さい頃、俺もお世話になっていた、赤ちゃん用の揺り籠である。

 持ち手が闇の魔獣の牙に引っかかり、ユラユラと揺れるその中から、キャッキャッと遊んでいる妹達の小さな手が見えた。

 何度も聞いた事のある可愛らしい声に、俺は思わず涙ぐむ。


 良かった! 生きてたっ!!


「無事みたいね、良かった……」


 安堵の息を吐くグレコの言葉に、俺はコクコクと頷く。


「早く助け出さなくちゃ! 行こうっ!!」


 そっと茂みから抜け出た俺とグレコは、闇の魔獣に気付かれぬ様、静かに後をついて行った。


 闇の魔獣は、森の中をのっしのっしと歩き、しばらくすると突然、ドスンッ! と地面に腰を下ろした。

 俺とグレコは、近くの茂みにサッと身を隠す。


「どうして止まったのかしら?」


 コソコソと、闇の魔獣の様子を探る俺とグレコ。

 よく見ると、闇の魔獣が座るその場所は、森の中にぽっかりと穴が空いているかのような、木の生えていない小さな原っぱだ。

 太陽の光が優しく差し込むその場所で、妹達が入ったままの揺り籠をそっと地面に下ろし、闇の魔獣は「くあぁ~」と声を上げて欠伸をしたかと思うと、伏せのポーズで寛ぎ始めたではないか。

 

「もしかして……。ここが、闇の魔獣の住処……、なのかしら?」


「えっ!? そうなのっ!?? だとしたら、ちょっと……、僕の想像とは違うな。もっとこう、暗い洞窟とか、トゲトゲの茂みとか……、地面に骨がいっぱい転がっているような、気味の悪い場所を想像してたよ」


「私もよ」


 そんな事を言い合いながら、俺とグレコは互いに視線を交わす。

 あそこは日当たりもいいし、風通しも良さそうで、闇の魔獣の住処としてはなんかこう……、っぽくないのだ。


「とりあえず、妹さん達の無事は確認出来たから……。ここでチャンスを待ちましょう」


「そうだね。なんだかあいつ、眠そうだし……。寝るのを待って、それから妹達を奪還しようっ!」


 俺とグレコは大きく頷き合い、時が経つのを待った。









 日が暮れ始める頃、闇の魔獣は深い眠りについていた。

 今か今かと息を潜めていた俺とグレコは、行動に出る。


 妹達は、未だ揺り籠の中にいるようだ。

 先ほどまではキャッキャッと遊んでいる声が聞こえてきていたのだが、いつしか声が聞こえなくなって……

 恐らくだけど、遊び疲れて眠ってしまったらしい。

(一瞬、目を離した隙に食べられてしまったのかとヒヤヒヤしたけど、悲鳴が聞こえてないから大丈夫、とグレコが言った)


「じゃあ僕は、隠れ身のローブで身を隠しながら、奴にそっと近付いて、妹達を助けるから、グレコは少し離れた場所で援護してね。もし魔獣が起きちゃったら……、その時はお願いっ! 助けてねっ!!」


 お願いグレコ!

 俺はまだ、死にたくないんだっ!!


「了解! 安心してモッモ。万が一にも闇の魔獣が目を覚ましたら、この弓矢で両目を貫いてやるわ!!」


 既に背から弓を下ろし、魔獣に向かって矢を構えるグレコ。

 なんと頼もしい!

 しかし、誤射だけはしないでくれよなっ!!


「よし……、作戦開始だっ!」


 隠れ身のローブを裏返して着用し、周りの景色に同化した俺は、コソッと茂みを抜け出した。

 グレコは、援護しやすい場所へと、そろりそろりと移動を始める。


 ゆっくり、ゆっくりと、少しずつ、魔獣へと近付いていく俺。

 その距離が縮まるほどに、なんとも言えない獣臭が鼻を襲う。

 タイニーボアーよりは臭くないが、なんというかこう、古びた匂いがするのだ。

 そして、近付くほどに、魔獣のその巨大さが顕著になり、足が震え始める。


 うぅ~……、こ、怖いっ!

 魔獣の前足ですら、俺の体よりでかいぞっ!?

 あんなので踏まれた日にゃもう、即死もいいとこだっ!!?


 足音を消し、息を殺し、気付かれないように、ゆっくり、ゆっくりと、近付く。

 そしてついに、手を伸ばせば揺り籠に届く! そう思った時だった。


「そこにおるのは誰だ?」


 今の今まで閉じていたはずの、魔獣の恐ろしく大きな目が、パッチリと開いたではないか。

 ギョロギョロと、獲物を探すが如く左右に動く鋭い瞳。


 ……おっ!? お目覚めですかぁっ!??


 俺は恐怖のあまり、その場で固まってしまった。


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