5.あっけない幕切れ
翌日、は深酒のせいで起きられず、翌々日になって勝浦までやってきたオレは、海沿いの漁師料理店でウマイ飯を食ってから小田の自宅へと向かった。
ここでどんな手がかりが得られるのかわからないが、夜には帰らないと宿代がかかっちまう。ママに言われたように今回の成功報酬は全て家賃に消えて現金はビタイチもらえないわけで余分な出費は禁物である。
やつは副校長にまでなった男、きっと蓄えもしっかりあったのだろう。訪問したときには自宅にいた。
もちろんどこのだ誰かわからん男が急に押しかけてきたのだからビビっただろうが、ママからの手紙を渡した後は話を聞いてくれる雰囲気に見える。
「それでわざわざこんなところまで何を聞きに来たんです?」
「そんな大したことじゃないんだ。ちょっと人探しをしていてね。アンタが○○小にいたころの生徒で、卒業前の五年で突然引越したガキを覚えていないか――」
「知りません、そのことのことは覚えていません。お引取ください」『バタン』
オレは突然追い返されてしまった。だが会話拒否と言うことは何も覚えていないのではなく話したくないことを証明している。
つまり矢口孝の顛末を知っていることと、その内容があまりいいものではないということを表していた。
だがオレもこんなところまで刺身定食を食いに来たわけじゃない。黙って帰ってなるものかと食い下がる。
「ええっと小田さんよ? もし話したくないならそれでも構わねえがちょいと聞いてくれ。アンタは引っ越した矢口って子のことを知っている。この態度が何よりの証拠になっちまってるんだ」
『帰ってくれ、なにも話すことは無い』
「それなら聞くだけでいいよ。オレは当時の同級生のお嬢ちゃんと知り合いでな。十何年もたっているのに夢に出て来たから気になったと言われ探しているんだ」
『た、矢口君は元気にしている。それで十分だろ。もう帰ってくれ』
「わかった。信じよう。別にオレはアンタをどうこうしようというわけじゃない。気が向いたらママに連絡してやってくれよ。元気なのか気にしてたからな」
◇◇◇
どうにも歯切れの悪い終わり方ではあったが、小田の言葉を信じるなら矢口孝は元気だということになる。
ここまでの顛末を調査結果としてまとめたオレは、コンビニへ行って報告書を印刷してきた。
「さてと、まったくなんでこんなことしないといけねえんだろうねえ」
『ウミーン、ググ、ググググ、――ピー』
一服の代わりに飴玉を口へと放り込む。タバコなら一本吸えば大体五分だが飴玉だとさっぱりわからない。もっと長いことは確かだろう。
飴玉が小さくなり溶けきったかどうかと言うころ、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。どうやら依頼人がお出でなすったようだ。
「――っと!? これホントなの!? 小田先生に会って来たって!」
「おいおい、第一声がそれかよ。矢口孝は元気にしていると言ってただけで構わないのか?」
「うん、大丈夫。これで全部繋がっちゃったんだもの!」
ルナはずいぶんと興奮しているがオレにはさっぱりわからない。
「できればオレの仕事が無駄じゃなかったことを教えてもらえると助かるんだが?」
「そりゃわからないよね。実は小田先生もこの年で退職しちゃってたの。教師をやめて引っ越したって」
「なるほど。今は田舎だからか結構広い家に住んで悠々自適って雰囲気だったな」
「んで六年生の時に噂になったんだけど、前の年まで矢口君がやけに副校長へ相談したり勉強教えてもらいに行ったりしていたことが――」
「ちょっと待ってくれ、オレはあんまりそっち方面の話が好きじゃねえんだ。気持ち悪いって言うか嫌悪感と言ったほうがいいか……」
「え…… ――なんでそんな変なこと考えるのよっ! バカっ! ヘンタイ!」
「え…… じゃねえよ。ヘンタイはどっちだってんだ」
「おかしなこと言わないで話は最後まで聞いてよね。その噂の中で矢口君とお母さんと副校長の三人が川崎のアゼリアで仲良くショッピングしてたんだって」
「つまり不倫か…… どっちにしろシモの話じゃねえかよ」
「なんですぐそっちへ結びつけるわけ? どちらも独身ですから! でもさすがに教師と在校生の母親の交際はまずいと思って退職したのかも。それで今は千葉に住んでると」
「じゃあそうやって説明してくれれば良かったのに、なんでオレは追い返されなきゃいけなかったんだよ。やましいことは無いしそもそも十年以上前の話じゃねえか」
「それでも知られたくなかったんじゃない? まじめでいい先生だったからね」
「いい先生が生徒の母親に手を出すかねえ」
「きっと今も仲良くやってるんだわ。はあ良かった。これでひと安心ね」
これで一安心の気持ちはわからねえが依頼人が満足しているなら今回の調査も成功と言うことだ。
だが一つどうしてもわからねえことがあった。
「なあ、最後にひとつ聞いていいか?」
「なによ、報酬は家賃の滞納分から引いておくわよ?」
「それはいいんだが、なんでオマエさんはファックスにこだわるんだ? メールでピっとやれば済むじゃねえか」
「なんだそんなこと? 私って大学で文学専攻だったんだけど自分の名がラテン語だから当然そっちに興味持つじゃない?」
「たしか月って意味だな? 親父さんから聞いたぜ」
「それでローマの詩人の言葉で『アエテルナ・ファクス』ってのがあって響きが気にいってるの」
「ちょっと待て、まさかそれって『あえてルナはファックスを使う』なんてダジャレのつもりなのか!?」
「大正解、さすが探偵さんは勘が鋭い! そのアエテルナ・ファクスってラテン語で『永遠のたいまつ』って意味、つまり太陽を表してるのよ? ステキな言い回しよね」
「ふむ、確かに詩人じゃなきゃ思い浮かばんかもしれねえ。だが一つ間違ってることがあるぜ?」
「なによ、なにかケチつけるの?」
「ケチじゃねえよ。『永遠のたいまつ』な、そりゃ日本語だろ?」
どうだ文学部、参ったかとばかりにオレはニヤリと勝ち誇った。
するとルナはニッコリと強張った笑いとともにオレの頬へ手形をつけてから帰っていった。
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