1.月に一度の依頼人
着信音が一瞬だけ鳴る。今どきワンギリは珍しくない。しかしこの着信は詐欺電話ではない。
『ウィーン、シャコッ、スススー、グググ、ググ――』
まったく今どきファックスで依頼が届くなんてウチくらいじゃなかろうか。もちろんメールを送受信することなんてたやすいし、それはオレだけじゃなく依頼人のほとんどもそうだろう。
しかしこの依頼人だけは違った。
ファックスからモーター音が鳴り紙が吸い込まれていく。それからゆっくりとじっくりと、まるでじらしているようにノロノロと現れる依頼書――
「さて、今回はどんなお戯れですかね。御令嬢の道楽にも困ったもんだ」
自分一人しかいない事務所で独り言をつぶやいてしまうのは悪い癖だ。まあ人の出入りが少ないからこそできる痴れ事とも言える。
つまりこのオレの城であるX探偵事務所はそれほど暇だと言うことだ。ざっと一年の半分以上は一人で過ごしているように思う。
残りの半分のうちの半分は呑みに出ているか競艇へ行っているか、もしくは食いつなぐためのアルバイトをしていて不在であるかのどれかだ。
つまり仕事で留守にするのは一年のうち九十日程度と言うことになるのか。なんだ、思っていたよりもちゃんと働いているじゃないか。
「くくっ、オレとしたことがこんな風に暇を持て余せてるばかりじゃいけねえなんて考えちまうところだったぜ。九十日も働いているなら十分じゃないか。バイトも入れたらもっとだからな」
またまた独り言をつぶやくと、電子音とともに終わりを告げるファックスへ視線を移す。ちょうど受信が終わり紙を吐き出すところだったのですばやく駆け寄り依頼書を掴んだ。
誰がどういう意図でこういう設計にしたのか知らないが、背中から入った紙が印刷を経て前から排出され、そのまま床へ落ちていくなんて馬鹿げている。
こうして居るときはいいが不在の時には床に紙がばらまかれていることもあっておかしくない。
だが幸いにもファックスで依頼をよこすのは一人だけ。そしてそいつはオレの在宅時を狙って送ってくるため、依頼書が床に落ちていることは今まで一度もなかった。
「さてと―― ふむ、今回はこう来たか。色恋沙汰とは珍しいがこれもれっきとした依頼だ、引きうけよう」
「相変わらずカッコつけ方だけは一流なんだから。それと言っておくけど色恋沙汰なんかじゃないんだからね? 夢見が悪いから探してほしいだけ」
「昔の知り合いが夢に出てくることなんざ珍しくもないだろう? それをわざわざ探すんだから深い仲だったんじゃねえのか?」
「あのね…… 小学生に深い仲なんてあるわけないでしょ。ただのクラスメートの一人よ。名前だけは奇跡的に覚えてたけど情報はそれだけしかないの。探せる?」
「ふっ、オレを誰だと思ってるんだ。この界隈でちったあ名の通った探偵だぜ?」
「そうよね。家賃がなかなか払えなくて飲み屋ではツケ、たまにボートで大穴当てたときは派手に騒いで二日酔いって誰でも知ってるもん」
まったくこの小娘には遠慮とか配慮ってもんがねえのか? 大家の娘で依頼人だからって何言ってもいいってこたあねえだろうに。
だがその小娘に依頼を貰って家賃の足しにしている立場ではなにも言えまい。それがこいつの趣味なのか温情なのか。
依頼人の名は太田ルナ。父親はこの蒲田で電気屋を始め、そこから手広く商売を成功させ一代でのし上がったたたき上げの凄腕だ。
その娘であるルナがこの自社ビルの管理を任されるようになって数か月たったある日、突然俺のところへやってきた。
正確には突然ではなく取り立てに来たのだがそれはともかく、代わりに依頼を持ってきたのだ。
それは逃げてしまった友人のネコ探しという難しい依頼だったが、さびしい懐の代わりに家賃の滞納分を少しだけ埋めてくれた。
それからというもの、月に一度はこうして依頼を持ってくるようになっている。いくら生活に困ってないからと言ってやりたい放題のルナである。
こんな調子だからオレのところだけでなくほかの店子からちゃんと家賃を取っているのか心配だ。
だがオレはそんなことをおくびにも出さず、今はあくまで探偵と依頼人としてこの娘に向き合っていた。
「名前は矢口孝か。どこにでもいそうなごく普通の名だな。他に特徴や手がかりはあるのか?」
「ないから頼んでるんだけど? 小学校の頃ずっと同じクラスだったんだけど、六年生になる直前に引っ越しちゃったんだよね。そんなの珍しくない?」
「確かにちとかわいそうな気もするな。だがなにか事情があったのかもしれん。たとえば――」
「親の―― 離婚とか? あるあるだけどさ。春休み中に引っ越しちゃってたから誰もお別れしてないのよ。だから手掛かりなんてなにもなし」
「ふむ、それじゃさっそく調査に行ってみるか。通ってた小学校はすぐそばのあそこだろ?」
「うん、先生はもう全員変わっちゃってると思うけどね。学校で教えてくれたら元の住所くらいはわかるのかなあ」
「いまどき個人情報保護とか言ってなにも教えてくれねえから口を滑らせる誰かに期待だな」
オレはそう言って煙草の代わりに飴玉を口へ放り込んだ。
「おっ、ちゃんと禁煙続けてるのね。えらいえらい。やっぱスマートな探偵さんはそうでなくっちゃ。ただでさえモテないんだし」
「ったく余計なお世話だぜ。唯一の手がかりはこの卒業アルバムってわけか。だが当人は写ってないんじゃねえのか?」
「五年生までの学校行事で写ってる写真があったから付箋貼っておいたよ。でも顔なんて面影あったとしてもきっとわからないよね。えっと―― うん年前だから――」
「おい、うん年前じゃわからねえぞ? お前は今いくつになったんだ?」
「レディーに歳なんて聞くもんじゃないでしょ! 勝手に調べなさいよ! じゃあね」
まったく気まぐれレディーにも困ったもんだ。しかし卒業アルバムにはちゃんと○○年度卒業と入っている。
オレは椅子に腰かけてからゆっくりとページをめくっていった。




