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6 白い炎と、甘い贈り物


 身動きひとつせず、岩場の上で座っているフィニス。手に持つ木の棒がピクリと動いた瞬間……


「うぉりゃ〜!!」


 気合の入った声と共に、勢いよく木の棒を持ち上げる。


ピチピチピチ


 木の棒の先に括り付けられた糸の先。フィニスの広げた両掌よりも大きな魚が、岩場の上でピチピチと身体を動かしていた。

 大きな魚を釣り上げたフィニスは、ニヤリとニティアの方に目を向ける。

 ドヤ顔のフィニスには目もくれず、ニティアは集中した顔でじっと川面を見つめていた。


 しばらくすると、ふと川の上へと浮かび上がり、微弱な電撃魔法を川に向かって放ち始めた。


「そんなんじゃ魚は取れねーぞ!」


 挑発するようにニティアへ向かって大声を上げるフィニス。しかし、ニティアは「これでいいのよ」と言わんばかり、小さく笑いながらそのまま微弱な電流を流し続けている。

 そして、大きく杖を振りかぶった次の瞬間……


ザバァ〜……


 川から大きな水の塊を上空に引き上げ、その塊を陸地で解き放つ。


バシャーン!


 水が地面で弾ける。

 そして、その場所の中心には……


ペチンペチンペチン!!


 ニティアの両腕ほどもある魚が勢いよく跳ねていた。


「で……そんなんじゃなんだって?」


 フィニスに向かって勝ち誇った顔をするニティア。


「今回は私の勝ちね!」

「くっそ!そんなのありかよ!」

「よわぁ〜い電流で魚を追い込んで……ちょっと水を持ち上げただけ。ちゃ〜んと制限範囲内の魔法よ?やだ、フィニスったら……負け惜しみ?」

「がぁぁぁぁぁぁ!!」


 大きい魚を獲った方の勝ち。久々に勝利したニティアは、今までの鬱憤を晴らすかのようにフィニスを煽り倒し、勝利の余韻に浸っていた。



 家に帰り、獲ってきた魚を食糧庫へ運ぶ2人。フィニスは改めてニティアが獲った大きな魚を見る。勝負で負けた悔しさもあるが、この大きさの魚をどうやって食べるかを考えていた。


 塩焼き……確かに間違いないが、この大きさの魚を均一に焼くのは難しい。

 スープ……せっかくの新鮮な魚。もう少し素材の味も楽しみたい。


 香草の包み焼き……これなら素材の味も楽しめるし、蒸し焼きの形になるので中までしっかり火が通る。


 今日は香草の包み焼きにしようと思いながら2人で食糧庫を出ると、丁度ジャヌスが出かけるところであった。


「2人とも、お疲れ様です」

「ジャヌスさん、どこか行かれるんですか?」


 首を傾げながらニティアが問いかける。


「えぇ。少し近くの村まで用事がありまして。夕食までには帰ります」


 そう言い、フィニスの方を見るジャヌス。


「あと、今香草がきれていますので、使うなら獲ってきてくださいね」

「…………」


 くすりと笑った後、ジャヌスはその場から離れていった。


「先生ってさ……絶対に人の心とか、行動が読めてるよな……」


 つい先ほど考えていた献立を一瞬で見抜かれ、つい思ったことが口に出てしまったフィニス。


「いや、さすがに無いでしょ……。………ね?」


 ないとは思いつつも、思い当たる節が無いわけでもなく、自信なさげに答えるニティアであった。



 森の奥で香草を集めている2人。明日の勝負はどうするかを話し合っていたところ……


……ゾクリ


 背筋に嫌な何かを感じたニティア。


「どうかしたか?」


 フィニスの声が聞こえなかったのか、急に空高く飛び上がるニティアに、フィニスが再び声をかける。


「おーい!」


 久々に感じたこの悪寒。これは……


 そう思い、嫌な感じがする方向を凝視すると……


「やっぱり……魔物……しかも1匹じゃない……」


 小さく呟くニティア。そしてさらにその魔物をじっと見ていると。


「……!!」


 その先に行商人らしい、荷車を押している人がいた。


「フィニス!あっち!人が魔物に囲まれてる!」

「……は?!」


 そう言い放ち、そのまま指差した方へ飛んでいくニティア。


「おい待てって!!」


 フィニスはそう声を上げ、ニティアが飛んでいった方へ全速力で走っていった。



(こんなところに魔物……狼型……?最近は全然見かけなかったのに!)


 魔物……魔女の魔力に当てられ、凶暴化・変化したものや、魔女が作り出したもの。魔女が作り出したものは魔族と言われることもあり、人に近い形態をしていることが多い。

 魔力が枯渇、もしくは魔力を供給しているコアが破壊されると、黒炎に包まれ消滅する。


 術式を構築しながら魔物の元へと急ぐニティア。魔法が届く範囲まで近づくや否や、杖を光らせ魔物の方へ振りかざす。


『ガルルルル………』

「ひ、ひぃ……!こ、来ないでくれ……!」


 魔物に囲まれた行商人。逃げ場は無く、ただ震えることしかできなかった。

 魔物が飛びかかろうとしたその瞬間……


 空気中の水分が集まりだし、魔物の周りを漂い始めた。


「……?!」


 行商人がその事に気づいた瞬間……その水は魔物の足元へ付着し、凍り始めた。


ピキピキ


 身動きが取れなくなる魔物。そこへ、息を切らしたニティアが到着する。


「間に合った……」


 そう言い、再び杖をかざすニティア。行商人の前でもがいている魔物に向かって炎の矢が放たれ、正確に額に輝くコアを撃ち抜いた。


 白い炎に包まれて消滅する魔物。


(白い炎……?)


 一瞬疑問に思いながらも、今度は行商人の後ろにいる魔物の対処をしようと振り返ると……


『ヴゥゥゥゥゥッ!』


 氷の拘束を力ずくで解いたのだろう。1匹の大きな魔物が行商人の後ろから飛びかかっていた。


「ひぃ!!」


(ダメ!間に合わない!!)


 さっき使った魔法は全て共通魔法である。


 術式構築の速いフレイムアロー……ダメだ。射線上に行商人がいる。

 水と氷のミストリファーナとフロストバイト……これは今から術式を構築していたら間に合わない。

 この位置から攻撃ができる魔法……オリジナル魔法は当然、高度な共通魔法では術式構築が間に合わない。


 今この人を助けられる魔法は……普段からよく使うこの魔法……


 杖に魔力を込める。


 魔物の鋭い爪が、行商人を切り裂こうと振り下ろされる。


ザシュッ!


 切り裂かれたのは……地面。目の前から行商人が消え、一瞬戸惑う魔物。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 少し離れたところにある荷車の上からフィニスが飛び上がり、魔物のコアを一刀両断。残った魔物も同じように全て一振りで倒していった。


 白い炎に包まれて消滅する魔物たち。「ふぅ」と一息ついたフィニスが上を見上げると……


「へ……?……浮いてる……??」


 頭を抑えながらフワフワと浮いている行商人がいた。


「フィニス……」


 フィニスが来てくれた事で安心したのか、肩の力が抜けるニティア。杖の魔力を弱め、行商人をゆっくりと自分の近くの地面に下ろした。


 助ける為とはいえ、一瞬では無い。長い時間相手を浮かせるオリジナルの飛行魔法を使用してしまった。


 近寄るな!化け物!


 先日の言葉を思い出し、胸がズキリと痛むニティア。行商人がゆっくりとニティアの方に顔を向ける……


「あ、ありがとうございます!本当に助かりました!」


 そう言ってニティアの手を取る行商人。


「へ……」


 予想外の反応に思わず気の抜けた声が出るニティア。恐る恐る行商人に尋ねてみる。


「あ、あの……怖くなかったですか……?私の魔法……」


 ニティアのセリフに首を傾げる行商人。


「え?……あぁ!あの空を飛んだやつ!確かに、私は高所恐怖症なので、少しだけ下腹部がソワソワしましたが……貴重な体験でした(笑)」


 笑顔で答える行商人は話を続ける。


「それに……命を助けていただけたのです。怖いも何もありませんよ!」


 フィニスがニティアの元へと近づき、頭の上にポンと手を置き、優しく微笑む。

 ニティアも自然と笑顔になっていた。



「本当に申し訳ございません!」


 何度も2人に頭を下げる行商人。


「命を助けていただいたのにも関わらず……何もお礼ができずに……。本来であればこの荷車の品でもお渡ししたいのですが……。」


 そう言いながら荷車の中を見せる行商人。中には大量の小さな箱が入っていた。


「王国から村へ……今流行りの商品を運んでいるのです。納品の数も決まっているため……ここからお礼で渡すことができなくて……」


 申し訳なさそうに俯く行商人。


「いいっていいって!別に見返りが欲しくて助けたわけじゃないし。なぁニティア?」

「そうですよ。怪我もなくて本当に良かった……」


 そう言って笑っている2人の手を取る行商人。ぎゅっと取った手に力を込める。


「次、お会いしたときには……必ずお礼をさせてください!本当にありがとうございました!」


 もう一度深々と頭を下げると、行商人は荷車を押し、村の方まで歩いていった。


「良かったじゃん」

「……うん」


 行商人が見えなくなるまで、ずっと見守り続けた2人であった。



 虫の声が鳴り響き、薄闇に包まれ始めた森の中。そこにある一軒の家の煙突からは、黙々と煙が立ち上がっていた。


 焼けた魚と香草のいい匂いが家中に漂う。上機嫌にお皿をテーブルに並べているニティア。

 そんな匂いにお腹を鳴らしているフィニスが椅子に座って待っていると……


ガチャ


 ジャヌスが戻ってきた。


「ただいま戻りました」

「先生おかえり!」

「良かった!ちょうど夕食ができたところだったんですよ!」


 ジャヌスが微笑みながら、カバンの中から小さな箱を取り出し、テーブルの上に置いた。


「これは、今王国で流行っていると言う、貴重なお菓子のようです」


 見覚えのある箱。


「今日は村でこれが売られると言う話を聞き、買いに行っていたんですよ」


 そう言って箱を開けると、魚の香ばしい匂いとは別の甘い匂いが漂い始める。中には色とりどりの小さなスポンジのようなものが入っていた。


 ニティアとフィニスが目を合わせて笑った後、一つずつ手に取り、口の中へ放り込んだ。


「甘ぁぁい♪しかも口の中で溶けたよ!何これ!」

「うぉ、なんだこれ!」


 食べたことのないお菓子にテンションが上がる2人。口に入れたお菓子を飲み込んだフィニスが口を開いた。


「先生ってさ……未来でも見えてんの?」


 その問いに反応するニティア。


「今回ばかりは私も……ちょっとそう思った」


 くすりと笑い、箱の中から白い塊を一つ取り出し、口の中へ入れるジャヌス。


「さぁ……なんのことですか?」


 その白いお菓子は、ジャヌスの口の中で、ゆっくりと解けていった。

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