4 泣かなくてもいいように
「ニティア見てみろよ!灰の魔女を倒した勇者が使ってた爪切りだってよ!すげぇ!!」
露店に並ぶ爪切りを見て、一人テンションが上がっているフィニス。
「いや、普通に考えて……そんな昔の勇者の爪切りが、そんな綺麗な状態で売ってるわけないでしょ……」
爪切りを舐めるように見ているフィニスの腕を引っ張り、ため息をつきながら次の露店の前で足が止まった。
そこに並ぶのは、指輪やピアスといったアクセサリー。その中でも赤く輝く小さな宝石が埋め込まれたネックレスが目に入ったニティア。
ニティアも女の子。しかも、お洒落に気を使い始める年頃だ。
今まで身につけたことのない、キラキラ輝くアクセサリー。特に赤いガーネットのネックレスから目が離せなくなっていた。
「なに、これ欲しいの?」
珍しい光景に、つい口が出てしまったフィニス。
「あ、いや、別に。ちょっと見てただけだよ」
ネックレスから視線を外すニティア。しかし、またちらっと視線がネックレスの方へ向かっていた。
「ふ〜ん。おっちゃん、これちょうだ………って高!ちょっとまけてよ!」
フィニスの言葉にびっくりするニティア。
「え?!いいよ!高いし!これ買ったらまた使いすぎだってジャヌスさんに怒られちゃうって!」
そう言いながら腕を引っ張るニティア。しかし、フィニスはその場から微動だにせず、ニティアの方へ顔を向けるとニカっと笑って見せた。
「へーきへーき!まけてもらえればヘソクリで買えるから(笑)」
そういうと、再び店主と交渉をし始めるフィニス。
しばらくやり取りをした後……
「ちくしょう!にーちゃん!これで嬢ちゃんを泣かせたらただじゃ済まさねーぞ!!」
涙目の店主。フィニスは定価のほぼ半分の値段でそのネックレスを購入していた。
そして、手にしたネックレスを……
「ほらよ」
ニティアに手渡した。
「あ、えっと……その…………」
「ん?何か言うことがあるんじゃない?」
「……ありがと」
顔が真っ赤で俯くニティア。その反応を見て、優しく微笑むと……
「それじゃ、そろそろ帰りますかね」
いつもの調子で歩き始めるフィニス。
「う、うん」
そう言いながらネックレスを首にかけ、フィニスの後に続くニティアであった。
⸻
「それにしてもすごいよな」
ニティアの魔法で空を飛びながら、フィニスがニティアの方へ身体を向ける。
「何が?」
「いや、こんな簡単に誰も使えない魔法を使えてるからさ」
その言葉に、ニティアは少しだけ眉間に皺を寄せ、ため息をついた。少しだけ睨むようにフィニスへ視線を向ける。
「そんな簡単じゃないよ」
「ん?」
「誰かが作って広まっている魔法は、術式も最適化されてることが多いの。だから、術式の構築も楽だし、魔力の消費も少なくてすむ」
「ふむ」
「でも、新しい魔法を作るのってね、術式の構築が大変で、魔力の消費も半端ないの」
魔法はおろか、魔力を一切持たないフィニスからしたら、想像もつかない話である。
「なるほど。全くわからん」
少し考えて、フィニスにも分かる説明はできないか……一瞬考えて、ゆっくりとニティアは口を開いた。
「答えのわかっている迷路は、真っ直ぐ出口に行けるでしょ?だから体力消費も少ない。じゃ〜……答えのわからない、距離も分からない迷路の場合はどうなる?」
「まぁ迷うし疲れるわな」
予想通りの回答にニティアはにやりと笑った。
「それと同じで、新しい魔法を作るっていうことは迷いまくって魔力を大量に消費しちゃうってことなんだよ。使い続けて慣れてくれば、また消費魔力も違ってくるけどね」
「なるほどねぇ……まぁ、それでもその魔法を使えるニティアはすごいって事に変わりはないだろ?」
分かっているのか分かっていないのか……
しかし、それでも自分を褒めてくれるフィニスに対し、内心嬉しくなっていることに気づいたニティアは、視線を逸らしながら首につけたネックレスに手を当てていた。
⸻
「おい、あれ」
しばらく飛んでいると、フィニスが下の山道あたりを指差した。
フィニスが指差した方向をじっと目を凝らしてみると……1人の男性が数人の野盗に囲まれていた。
「大変!助けないと!」
そのことに気がついたニティアは、1人速度を上げて山道の方へ飛んでいく。
「おい!」
ニティアの魔力で飛んでいるフィニスは、自分では速度を上げることもできず、そのままの速度でニティアの後ろを飛んでいった。
⸻
「お、おまえら!裏切るのか!?」
身体を震わせながら、ゆっくりと後退りする男性。
「金の切れ目が縁の切れ目ってな」
「お前もう金にならねぇだろ」
ゆっくりと男性に近づく野盗たち。手に持っている刃こぼれの酷いサーベルを大きく振りかぶった瞬間……
「待ちなさい!」
空からニティアがゆっくりと降りてきた。
「……は?」
視線を上に向けた男性と野盗たち。遠くから影がもう一つ迫ってきていた。
「あーもう勝手に行くなよ!バレたらやばいって言ったのお前だろ!」
そう言いながらフィニスも降りてきた。
「な、なんだコイツら!空から…?魔族か?!」
「お前の差金か!」
「し、知らないこんな奴ら!」
空から人が飛んでくる。そのあり得ない光景に混乱する男性と野盗たち。
「あーもうしゃらくせぇ!てめぇを殺してあいつらも殺す!金目の物は死体から漁ればいいだろ!」
後ろにいたひとまわり大きな野盗が声を荒げて叫ぶ。その声で我に返った野盗たちが再び男性に向けてサーベルを振りあげようとしたが……
次々と野盗たちが転げ回りはじめた。
「な、なんだこれ!」
「う、動けねぇ!!」
透明な液体が体に巻き付き、野盗たちを拘束している。
「ひぃ!」
殺されそうになったからなのか、それとも見たことのない魔法を見たからなのか……男性は声を震わせて尻餅をついていた。
「ふっふーん♪この間開発したばかり♪アクアリバインド……ってところかな♪」
そう言いながら、拘束された野盗のボスらしき人物の目の前に歩を進めるニティア。
「ずっとわちゃわちゃしてくれたおかげで術式構築する時間もできて助かったよ」
「お、何これ。水でできた紐?蛇?すげーな」
野盗に絡みついている水でできたロープらしきものをつんつんするフィニス。
「それじゃおやすみなさい♪」
バチバチ!という音と共に気絶する野盗たち。全員の意識がなくなったことを確認すると、ニティアはゆっくりと男性の元へ近づいていく。
「大丈夫でしたか?」
ゆっくり手を差し伸べると……
「近寄るな!化け物!!」
男性は手を払いのけた。
視線は、差し出された手ではなく、ニティアの背後で蠢く水の拘束魔法に釘付けになっている。
「な、な、な、なんだその見たこともない魔法は……そ、空を飛んできたのか?この魔族め!殺したければ殺せ!!」
「っ!!!」
その言葉に立ち尽くすニティアに対し、男性は手元にあった石を投げつけた。
パシッ!
ニティアにあたる直前に手で受け止めるフィニス。そのままゆっくりと男性に近づいた。
「ひっ!」
ボゴッ!!
そのまま男性の顔面を殴る。
「やめてフィニス!!」
その光景を見て止めようとするニティア。
「おっさん。助けてもらっといてそれはねーだろ」
ポケットから硬貨の入った袋を取り出し、男性に投げつける。
「殴って悪かったな。行こうぜニティア」
そう言い放つと、フィニスは男性に背を向けてそのまま森の方へと歩いていった。
「ま、待ってよ!」
ニティアは男性に身体を向けお辞儀をした後、急いでフィニスの後を追いかけていった。
⸻
森の中で立ち止まっているフィニスに追いついたニティア。それに気づいたフィニスが振り返って口を開く。
「悪いな、殴っちまったし……今日の儲けも無くなっちまった」
そう言って笑っていた。
「ほんとだよ。それに……本当のことだもん。あんな見たことのない魔法ばっかり。そりゃ怖いし、魔法を知っている人からしたら気持ち悪いよね……」
涙目になりながら視線を落とすニティアの頭に、やさしく手を乗せるフィニス。
「俺は魔法のことよくわからないけど……野盗に傷をつけないように、あの魔法使ったんだろ?」
「……うん」
くすりと笑うフィニス。
「野盗たちに傷ひとつつけずに、しかもおっさんまで助けた」
ゆっくりと頭を撫でるフィニス。
「それにあんな水のヘビ?みたいなかっこいい魔法出せるなんて、ニティアはすげーよ」
こういう経験も一度や二度ではない。
もちろん、人助けをしたら感謝されることの方が多いのだが……とっさの時には、つい自身のオリジナル魔法で対処をしてしまい、心無い罵倒をされることも少なくはない。
化け物。
気持ち悪い。
魔女。
そんな言葉を向けられることは、一度や二度ではなかった。
その度にいつもフィニスはニティアを助け、褒めてくれた。
溢れないように必死に堪えようとしていたもの。
俯いているニティアの目からは涙が溢れていた。
もっと強くなろう。
もう、泣かなくてもいいように。
そう思い、首元のネックレスを強く握りしめた。
「髪の毛ぐしゃぐしゃになるからやめて……」
そう言って、先に宙を舞うニティア。
自分が飛んでからフィニスの身体にも魔力をまとわせる。
そうして二人は、顔を合わせないまま帰路についた。
⸻
フィニスが家のドアを開ける。
すると、そこにはちょうど2つのカップに紅茶を入れているジャヌスの姿があった。
「ジャヌスさん、ごめんなさ」
「先生悪い!灰の魔女を倒した勇者の爪切りを買っちゃって、売上金全部使っちゃった」
ニティアの言葉を遮り、ジャヌスに頭を下げるフィニス。
前回の紅色パンツの時は、三日三晩素振りをさせられただけに、足が少し震えていた。
ジャヌスがフィニスに近づき、ゆっくりと手を上げる。
ビクッ!
ゆっくりとした動作であっても身体が反応してしまうフィニス。ニティアも反射的に目をきつく閉じてしまう。
しかし、次の瞬間……
ぽんぽん
フィニスの頭の上に優しく手を乗せるジャヌス。
「お疲れ様でした」
そう言い、優しく笑っていた。
ふぅ……と全身の力が抜ける2人。
そしていつも思っていた疑問をジャヌスに問いかけるフィニス。
「先生さ……絶対に何か見えてるよね」
「さぁ……何のことですかね?」
そう言って、ジャヌスは2人に紅茶を差し出した。




