5話 創造の剣
地鳴りが止まらない。
巨大な岩の化け物が、一歩踏み出すたびに、地面が波のようにうねる。空が黒くひび割れ、さっきまでの青空は、まるで嘘だったみたいに崩れ落ちていく。
「逃げよう、まる! 早く元の世界に戻らないと!」
春は叫び、まるの腕をつかんだ。
だが、まるは困ったように首をかしげる。
「……ごめん。うっかりしてた。あの世界に、鍵を忘れてきちゃったみたい」
「はぁ!? 今そんな冗談言ってる場合かよ!」
「ほんとにごめん。でも、ここは春の世界。君が“想えば”何でも作れるでしょ?」
まるはそう言って、白い髪をふわりとかきあげた。
化け物の唸り声が空気を裂く。風が刃のように頬を切った。
「何でも……作れる?」
「うん。ただし、この世界を壊すような“願い”はだめ。君自身が壊れるから」
春は息を呑む。
頭の中で、何かが閃いた。
――なら、俺が“戦う力”を作る。
心の中でそう呟いた瞬間、空気が震えた。
光が集まり、春の右手に一本の剣が生まれる。銀色に輝くその刃は、光の粒をまとうように淡く揺れていた。
「おお……召喚した!? もしかして、中二病再発?」
「うるさいっ!」
春は照れ隠しのように叫び、剣を構える。
巨大な岩の化け物が吠えた。口の奥で光が集まり、灼熱のようなエネルギーが渦を巻く。
「まずい、来る!」
咆哮と同時に、黒い衝撃波が放たれた。
春は反射的に空へ飛んだ――そう、“飛んだ”のだ。
現実の重力がないこの世界で、彼の意思が空を支配していた。
「すげぇ……!」
恐怖よりも、わずかな高揚感が胸を満たす。
春は剣を振り下ろした。光が閃き、岩の表面が砕け散る。
だが、化け物はすぐに再生した。
砕けた岩の破片が空中で渦を巻き、再び巨大な腕となって襲いかかる。
「なんで……倒せない!?」
「春、それは“ただ壊す”だけの願いだから」
まるの声が響く。
その言葉の意味を理解する前に、岩の腕が春を弾き飛ばした。空がぐるぐると回る。地面に叩きつけられ、肺の空気が一瞬で抜けた。
「うっ……!」
視界の端に、まるが見える。彼女は静かに手を合わせ、何かを感じ取ろうとしていた。
「このモンスター……ただの敵じゃない。春、感じてみて。この世界は君の心の鏡。なら、この化け物も……君の中の何かなんだよ」
「俺の……?」
春は目を閉じた。
耳を澄ませる。
化け物の咆哮の奥に、確かに何かが聞こえた。
苦しむような、泣くような声。
――やめてくれ。もう傷つきたくない。
――誰にも、見られたくなかったのに。
「……これ、俺の“声”か?」
胸が締め付けられる。
忘れていた記憶がよみがえる。
家で怒鳴り合う父と母。
泣いても誰も助けてくれなかった夜。
そのとき感じた“恐れ”と“孤独”が、この化け物の正体だった。
「まる、あいつを倒すことはできない。だって、あれは俺なんだ……!」
まるは静かに頷いた。
化け物が再び咆哮を上げ、黒い風が吹き荒れる。
「でも、逃げることもできないよ。君が受け入れない限り、何度でも蘇る」
春は剣を見つめた。
戦うためじゃなく、“向き合うため”の剣。
その意味が、少しだけわかった気がした。
彼は剣を地面に突き立て、両手を広げた。
「もう、戦わない。俺は……お前を否定しない!」
その声が届いたのか、化け物の動きが一瞬止まる。
だが次の瞬間、黒い光が全身を包み、さらに巨大化した。
怒りと悲しみが混ざり合い、世界そのものを飲み込もうとする。
「だめっ、春!」
まるが走る。
だが、化け物の腕が春を掴み上げた。
岩の指が食い込み、息ができない。目の前で、まるの姿が小さくなる。
「ま……る……!」
叫びは届かない。
口を開いた化け物の喉奥には、深い闇が渦巻いていた。
そこへ、春の身体がゆっくりと引きずり込まれていく。
「まる……! 俺、まだ……!」
白い世界が、完全に闇に塗りつぶされた。
春の姿はその中に消えた。まるの手が、わずかに光を放ちながら‥
——そして、世界は闇と静寂に包まれた。
つづく。




