【九十五人目】 問題は君にあるんだと思って婚約破棄をしたけれどそれは俺の間違いだと認めるよ
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「なあ、今日は何をしてたんだ?」
「ん? 今日? 仕事をしてたよ?」
「昼は誰といたんだよ?」
「お友達とランチをしてたよ?」
「女の子の友達なのか?」
「うん。そうだけど、どうしたの?」
俺の婚約者はたった今、嘘をついた。
俺は知っている。
彼女は男とランチをしていた。
それも楽しそうに。
俺は彼女が嘘をついたことで、婚約破棄をすることに決めた。
嘘をつく相手と結婚なんて、できる訳がない。
次の日の朝、彼女と一緒に住んでいる家を出た。
手紙をテーブルの上に置いて。
婚約はなかったことにしてもらう事と、嘘をつかれたことにショックを受けたことも書いた。
夕方、彼女から電話がきた。
しかし俺は出なかった。
彼女に謝られたら許してしまいそうだったから。
前に一度、彼女とケンカをしたことがあった。
彼女とはそれ以降はケンカをしたことがない。
そんな最初で最後の彼女とのケンカ。
俺はケンカで彼女に負けた。
◇
あれは付き合い始めて、まだ日が浅い頃だった。
「どうして今日は遅刻をしたの?」
彼女は怒りながら言う。
「ちょっと寝坊してしまって、、、」
「それなら、起きてすぐに私に連絡してもいいでしょう?」
「それが、デートのことも忘れていたんだよ」
「何それ? 私ってあなたの何?」
「何って、言わなきゃ分からない訳?」
「あなたってそんな人だったの?」
「だって俺達は、まだ付き合いだしたばかりだから、知らないことはたくさんあると思うよ?」
「そうね。私達はこれから知っていくのよね? あなたの恋人に対する態度もね」
彼女は俺を睨みながら、皮肉たっぷりに言った。
「えっ、あっ、そうだね」
「気を付けた方がいいわよ。私は恋人に対する態度が雑な人には、優しくなれないからね」
彼女はそう言って一人でさっさと歩き出した。
デートのはずが、彼女は一人で歩き、俺を置いていく。
俺はそれが嫌で、彼女の後を追った。
俺は彼女の迫力に負け、遅刻したことを謝った。
それに、俺が悪いのだということは分かっているから。
それから彼女が嫌がることはしないし、彼女が怒らないように気を付けた。
でも俺はそれが嫌だと思ったことはない。
彼女の為なら何でもできた。
俺は本当に彼女が好きだった。
いいや、、、今もまだ好きなんだ。
◇
「最近、彼女と一緒にいるのを見ないよね?」
俺と彼女と二人でよく行く居酒屋に来て、店主に声をかけられた。
この店は、二人で住んでいる家の近くで、たまに彼女と来ていた。
店は小さく客が十人も入らない。
でもいつも大盛況だ。
それは店主が明るく楽しい人だからだと思う。
お客さんの質が良いのも理由だと思う。
サラリーマンが一人で飲むことが多く、悩みや会社の愚痴なんかを吐き出し、みんなが仲良くなって帰っていく。
俺も最初は一人で訪れていたが、彼女を一度この店に連れて行くと彼女が店を気に入ったので、それからは彼女と一緒に訪れていた。
「彼女とは別れたんです」
「えっ、あんな良い子を手離したのかい?」
「手離したというか、手離されたというか、、、」
「愛想をつかれたのかな?」
「どうして俺が悪いってことになってるんですか?」
「だって、彼女は君を何よりも大切に想っていたからだよ」
「彼女がですか?」
「そう。彼女は君の体や明日の仕事のことを考えて君の食べる物や飲む物を選んでいたじゃないか?」
「えっ、そうなんですか?」
「君は気付いていなかったみたいだね。まあ、君を見ていれば気付いていないのも分かっていたけどね」
店主は苦笑いで言った。
「それなら教えてくださいよ」
「それは、君が自分で気付かないといけないことなんだよ。どれだけ彼女が君のサポートをしてくれていたのかを。それじゃないと、心からの感謝もできないからね」
店主は彼女のことを何でも分かっているように言っているが最後に、でも色んなお客さんを見てきているから分かることなんだよと付け足した。
まるで気付かない俺が仕方がないかのように言った。
よく考えれば、次の日に影響がない量のお酒を飲んでいたかもしれない。
体重が増えたり、減ったりもしなかったかもしれない。
彼女の存在が俺にとって必要だったと、今頃気がついた。
そんな彼女が何故、嘘をついてまでも男と会ったりしていたんだ?
嘘をつかずに本当のことを言ってくれれば、俺は傷付いたりしないのに。
俺のことを大切に想うなら、嘘なんてついてほしくはなかったよ。
◇
「なあ、お前の彼女は明日、暇か?」
会社でいきなり、同期で仲の良い同僚に彼女のことを訊かれた。
「何で?」
「俺の娘が会いたがっているんだよ」
「へぇ~、お前に全然似ていない可愛い天使の娘ちゃんが?」
「そうだよ。俺にそっくりな可愛い天使の娘だよ」
同僚は、俺の嫌味を気にもせず、ただ訂正した。
それが俺達だ。
「俺は彼女のことはもう、知らないんだ」
「はあ?」
「彼女とは別れたからね」
「はあ? 婚約破棄か? お前も残念だな。婚約破棄をされるなんて」
「おいっ、誰が婚約破棄をされたって言ったんだよ?」
「えっ、違うのか?」
「俺からしたんだよ」
「あんないい女性はどこを探してもいないと思うけどな?」
「なんでお前まで俺が悪いと決めつけるんだよ?」
「だって彼女は、お前が隣にいるだけで嬉しそうに笑っていたからな」
同僚は当たり前のように言った。
「彼女が?」
「そうだよ。それにお前と仲の良い俺にまで優しくてくれて、彼女こそ聖女だ女神だ仏様なんだよ」
「結局、彼女はどれなんだよ?」
「それはお前が決めることだよ。お前にとって彼女はどんな人なんだよ?」
「俺にとって、、、」
そして俺は考える。
「俺の嫁は天使を産んでくれた、一生感謝してもしきれない相手だよ。天国へ逝ってしまったけれど、天使を産んで天使を守ってくれた嫁には、ありがとうを何度言っても足りないんだ」
こいつの奥さんは可愛い天使の娘ちゃんを産んで天国へと逝った。
もう、五年は経つ。
それでも奥さんへの愛は変わらず残っており、感謝の気持ちも変わらない。
俺もいつかは、彼女が俺達の可愛い天使を産むかもしれないと思ったら、すごくワクワクして楽しみで仕方がなかった。
こいつのように、いつまでも彼女に感謝の気持ちを忘れないようにしようと思ったりもした。
「彼女と何があったのかは知らないけど、お前のことをちゃんと分かっている彼女なら、絶対に悪いのはお前だよ」
「どう考えても俺は悪くないと思うんだよな?」
「お前は子供なんだよ。もっと大人目線で考えてみろよな」
「大人目線で考えているつもりなんだけどなあ?」
「お前は彼女と結婚しなかったら不幸になるぞ」
「それは俺に浮気を黙認しろと?」
「浮気をしたのか? お前が?」
「だから、何で俺なんだよ。彼女がだよ」
「彼女が浮気なんてあり得ない」
「でも彼女が男の前で嬉しそうに笑っていたんだ。俺の好きな笑顔で、、、」
あの日の彼女の笑顔は忘れられないほど可愛く、美しく、見惚れてしまうほどだった。
そんな彼女の笑顔を浮気相手も見たのなら、俺と同じ想いになったはず。
そして手離したくないと思ったはず。
彼女はそんな笑顔を俺以外の男に見せたんだ。
俺のモノなのに。
「彼女は何て言っているんだよ?」
「分からない。着信はきてるけど出てないんだ」
「それって彼女の想いを聞いていないのか?」
「だって、聞いたら彼女を許してしまいそうで。嘘つかれたことがショックなのに」
「お前は子供かよ」
「立派な大人だよ」
「何処が立派なんだよ。お前は逃げてるだけだろう? 嫌なことは知りたくないと自分勝手に耳を塞いでいるんだよ」
「自分勝手? 彼女の話を聞く必要があるのか? 浮気をした事実は変わらないんだよ」
「お前は彼女が他の男の人と話をしているだけで浮気と思うのか? 彼女が仕事場の上司と話をしていても浮気なのか?」
「あっ」
そうなんだ。
俺から見たら浮気に見えても、本当は友達だったり、仕事関係の人だったりするかもしれない。
俺は決めつけていた。
彼女が悪い。
彼女が俺を裏切った、、、、、のか?
「まあ、彼女と仲直りをしたら、すぐに連絡してくれ。俺の可愛い天使が待ってるからな」
「分かったよ。仲直りしなかったら永遠に連絡しないからな」
「お前の不幸が俺にまで影響したら困るからそれでいいよ」
「俺達って友達だよな?」
「彼女と結婚をしなかったら友達じゃないんだよ」
「友達になる条件に彼女との結婚が必要なのかよ?」
「それほどお前には彼女が必要なんだよ。自分で分かるだろう?」
彼女が必要なのは分かっている。
彼女とどれだけ一緒にいたと思っているんだ?
俺にとって彼女がいない生活が、もう考えられないんだ。
「そうだな」
「それなら、まずは彼女から話をちゃんと聞けよ」
「分かった」
「彼女に俺の可愛い天使が会いたがっていると伝えてくれよ」
「うん」
まずは彼女の話を聞かなければ。
彼女を本当に失うのが怖いんだ。
彼女の心を失うのが、、、、。
◇
今日の夜も電話が鳴る。
彼女からだ。
二人の家から出て、毎日夜に電話が鳴る。
俺は、彼女の心が俺に向いていないことを聞くのが怖くて出られなかった。
でも、今日は違う。
決心はついた。
彼女の想いをちゃんと聞く。
彼女の想いをちゃんと受け止めると決めた。
「はい」
「あっ、やっと出てくれた」
俺は彼女からかかってきた電話に出た。
彼女の声を久し振りに聞くと何故か心がホッとした。
彼女の声は俺の心を温めてくれる。
「ごめん」
「いきなり何?」
「だって、電話に出ないのは卑怯だと思ったからね」
「そうね。あなたは私の気持ちも知らないまま別れるところだったからね」
「そうだね。君の気持ちを聞いて次に生かすよ」
「あなたならできるわよ」
彼女の言葉が俺の心に刺さる。
彼女の言葉は、あなたなら次の恋愛で生かせるわよ、そう俺には聞こえた。
「それで? 君は俺に何を知ってほしい訳?」
「電話で話すことじゃないと思うの」
「それって、会って話すってことだよな?」
「そうよ。だから、あなたの忘れ物もあるし、家に来てくれないかしら?」
「忘れ物? 忘れ物はないと思うんだけどな?」
「思い出せないなら一度、見てみてよ」
「分かった。今から行くよ」
「うん、待ってるね」
俺は電話を切って、二人で住んでいた家へ向かう。
その途中に昔を思い出した。
あの日は雷が鳴り、滝のように雨が降っていた。
◇
「雨がすごく降っていて帰れないから、今日のデートはまた今度にしようか?」
彼女は電話でそう言った。
二人ともずっと忙しく、一週間ほど会えていなかった。
やっと会えるのに。
「雨くらい大丈夫だよ」
「無理よ。会社から家に帰るのも、雷の音が怖くて帰れないのに」
「怖いのか?」
「あっ、うん」
知らなかった。
彼女に怖いものがあるなんて。
しっかりしていて、俺をちゃんと正しい道へ引っ張ってくれる彼女に。
「そっちに行こうか?」
「そんなのいいよ。あなたの会社と私の会社は遠いでしょう?」
「でも君が怖がっているのに、君の隣にいられないなんて俺が嫌なんだ」
「でも、、、」
「君は俺の大切な恋人なんだよ?」
「そうだね」
「今から行くよ」
「うん、待ってるね」
その後、彼女の元へ足が濡れるのも気にせず向かったんだ。
早く彼女に会いたくて。
◇
今の俺のように、走って向かったんだ。
そして彼女が待っている家へ着いた。
あの日の彼女は俺が来た時にどんな顔をしていたかな?
雷に怯えた顔だったかな?
合鍵を持っているから鍵を開けて中に入る。
ドアを開けると、彼女が音に気付きリビングから走ってきた。
嬉しそうな顔をして。
そうだ。
あの日の彼女も嬉しそうな顔をしていたんだ。
俺を見つけると、怯えていた顔はすぐに何処かへ消えたんだ。
俺はそんな彼女にもっと惚れたんだ。
その日俺は、彼女を悲しませる全てのモノから彼女を守るって決めたんだ。
今だってそれは変わらない。
「それで俺の忘れ物は?」
「忘れ物の前に私の話を聞いてくれる?」
「いいよ。リビングで話そうか?」
そして俺達は向かい合うように座った。
「あなたの置き手紙の意味が分からないの」
「えっ」
「あなたは私が嘘をついたと書いているけど、私は嘘なんてついていないわよ?」
「君は女の子とランチをしたと言ったけど、俺は君が男と話をしているところを見たんだよ」
「男?」
彼女は訳が分からないと首をかしげる。
「君のお気に入りのカフェで、君は仕事場の制服姿だったけど相手の男はスーツだっただろう?」
「スーツ? あっ、ふふっ」
「何で笑うんだよ?」
「やっぱり私は嘘なんてついていないよ?」
「だって男と一緒にいただろう?」
「だって彼女は男じゃないもん」
「彼女?」
「そうだよ。彼女は仕事の為に、男の人の気持ちになって一日を過ごそうとしていたの」
「どんな仕事だよ?」
「彼女は男性雑誌の編集者なの。男の人が何に興味を持つのか調べていたみたいなの」
それでスーツ姿だったのか?
嘘みたいな話だな?
本当なのか?
「それで何でスーツなんだよ?」
「スーツを着て何か不便なことがあるのか調査をしていたのよ」
「証拠は?」
「証拠って、私は信用されていないのね?」
彼女は傷付いた顔をしながら言った。
「違うんだ。信用というより、君が大事すぎて、誰にも渡したくなくて、俺のモノだという証拠がほしいんだ」
「そっちの証拠なの?」
「そうだよ。本当はそっちの証拠がほしいんだ」
「ふふっ。分かったわよ。まずは、スーツを着た彼女との写真があるから見せるわね」
彼女は小さく笑って、スマホの画面を俺に見せてきた。
そこには彼女と、何度が見たことのある彼女の友達が男性用のスーツを着て、ピースをしている写真があった。
「女性だね。すごく似合ってるよ」
「そうね。彼女は綺麗な顔をしているからね」
「君ほどではないけどね」
「もう」
彼女は俺の言葉に照れたのか、少し顔を赤くして言った。
「それと、もう一つの証拠だよね?」
「あっ、うん」
彼女は俺を見つめて言ってきたから、俺はドキッとして焦ったように言ってしまった。
すると彼女は椅子から立ち上がり俺の横に立った。
「あなたの忘れ物は私よ」
彼女は顔を赤くして俺とは目を合わせず、恥ずかしそうに言った。
「それが証拠ってどういう意味なの?」
本当は理由は分かっているが、恥ずかしそうにしている彼女が可愛くて、少しだけ意地悪を言いたくなった。
「私はあなたのモノなの。だから私はあなたの忘れ物なの」
「他に証拠は?」
「ほっ、他にってこれが一番の証拠よ」
彼女は他に考えていなかったようで、焦りながら他を考えている。
そんな彼女も可愛い。
「他の証拠は俺が教えてあげる」
「えっ」
彼女がうつむいていた顔を上げたのを確認して俺は彼女の頬にキスをした。
「これが証拠だよ」
「キスが証拠?」
「誓いのキス」
「誓いのキス?」
彼女は俺の言いたいことが分からないようで首をかしげながら言う。
「君を一生、守り続ける誓いのキスだよ」
「それなら、、、」
彼女はニッコリと笑って言った後、俺の頬にキスをした。
「えっ」
「一生あなたの傍にいるっていう、誓いのキスよ」
彼女は顔を赤くしながら俺の大好きな笑顔を見せてくれた。
そんな彼女の薬指と俺の薬指にはエンゲージリングが光っていた。
読んでいただき誠にありがとうございます。
楽しく読んでいただければ幸いです。
次のお話は、新月の夜に現れる闇夜を怖がる可愛い幼馴染みのために、何ができるのか悩む主人公の物語。
幼馴染みが何故、闇夜を怖がるのか理由を知った主人公がとった行動とは?




