【八十七人目】 引き寄せたのは一輪の花~婚約破棄をされた俺が美女と出会った~
婚約破棄。
それは結婚を約束した相手と結婚をしないこと。
それが俺にやってきた。
いきなりだった。
彼女が結婚はまだ早いと泣きながら言ってきた。
彼女はまだ二十代前半だ。
俺は三十代前半だから、彼女がそう言ったのは何故か納得はできた。
俺も二十代前半は遊びたい盛りだった。
彼女から結婚をしたいと言い出したから、俺は婚約という形にして、彼女の気持ちが変わらないか少し時間を置いた。
やはり彼女にはまだ早かった。
彼女が悪い訳ではない。
だから泣かないでくれ。
俺は分かっているから。
俺は彼女に婚約破棄をされた。
でも俺は悲しいなんて思わなかった。
だって婚約がなくなっても、彼女とは変わらないから。
結婚が少し遠くなっただけだ。
俺は待てるよ。
そう思っていたのに、、、。
彼女は俺の目の前から消えた。
えっ?
何で?
彼女が消える前に書いた手紙が机の上にあった。
読むことができなくて、机の上に置いたままにしていた。
そして少し心を落ち着かせる為に散歩に出た。
春がそこまでやってきている。
気持ちの良いそよ風。
花の香り。
鳥の声。
もう、春はやってきているのかもしれない。
そう思えるほど日差しはポカポカだ。
堤防沿いの草むらに寝転んで空を見上げた。
雲一つない青空。
目を閉じて全ての音を聞いてみる。
子供が遊びながら叫ぶ声。
ランニングしている人の苦しそうな息使い。
鳥のさえずり。
色んな人の足音。
カップルが愛を囁いている声。
「うっそ。何でそんな所で寝てるのよ。寝るなら家で寝なさいよ」
女性の罵声。
罵声?
「ねぇ、聞いているの?」
そして女性は俺を揺すった。
俺は目を開けて驚いた。
目の前に天使がいる。
天使の輪っかも天使の羽もないけれど天使だ。
ふわっふわのカールの長い髪からシャンプーのいい香りがする。
大きな目は二重で心まで見透かれそうだ。
綺麗な白い肌。
触れたくなる程だ。
「ねぇ、早くどいてよ!」
そんな可愛い天使のような彼女は、そう言って乱暴に俺の肩を押す。
「何、すんだよ」
「何って、あなたのその場所にはあの子がいるのよ」
「はあ?」
俺は仕方なく起き上がる。
「あっ」
彼女は俺が寝ていた場所で何かを見つけた。
「ちょっと見なさいよ。あなたのせいで元気がないじゃない」
彼女はそう言いながら何かを指差していた。
それは小さな紫色の花だった。
「花?」
「そうよ。この子は、私のおばあちゃんからの贈り物なの」
「それなら家で育てれば良かったじゃん」
「おばあちゃんはこの場所が好きだったの。だからここに私はこの花を植えたの」
「それなら何か柵か何かを作らないと、俺みたいな奴が踏んでいくよ?」
「そうね。あなたみたいに、何も確認しないで寝転ぶ人がいるものね」
彼女は嫌味を言うように俺を見ながら言った。
「これは君も悪いんだよ。今すぐ柵を作ったほうがいいよ」
「そうなんだけど、どうすればいいのか分からなくて、、」
「柵を買ってきて周りを囲めばいいじゃん」
「そんな簡単に言わないでよ。柵ってどんな柵? どうやって柵をここに取り付けるの? よく分からなくて困っているのよ」
「それなら俺が手伝おうか?」
「えっ、いいの?」
彼女は嬉しそうに言った。
「いいよ。今日はまだ家に帰りたくはないし」
「それは、今日は暇だってことなのよね?」
「そう」
「それじゃあまずは園芸屋さんへ行こうよ」
彼女はそう言って、座っていた俺の手を持ち引っ張った。
「おいっ、いきなり引っ張るなよ。時間はたくさんあるんだから、そんなに焦らなくてもいいじゃん」
「だって、おばあちゃんに早く見せてあげたいの」
「そうだな」
俺は彼女に引っ張られながら立ち上がった。
立ち上がった俺を見て彼女が、案外身長が高いのねって驚いて言った。
繋いでいた手はすぐに離れていき、二人で並んで柵を買いに行く。
彼女の手が離れていき、寂しくなった右手を俺は握りしめた。
柵を作る為に必要な物を買って、またあの堤防沿いへ戻る。
紫色の花はまだ元気がないようだ。
ごめんよ、花とそして彼女のおばあちゃん。
俺はそう思いながら柵を作る。
「しかし、こんな所に勝手に花を植えていいのかな?」
「いいわよ。花は酸素を作ってくれているんだから、いいに決まっているわよ」
彼女は偉そうに言った。
その自信は何処からくるんだよ。
「できたよ」
俺は小さな紫色の花の周りを囲むように小さい柵を置いて、できたことを彼女に伝えた。
「ここにこの子だけの花壇ができたみたいね」
彼女は嬉しそうに笑って花を見ていた。
「おばあちゃんを呼んできたら? 君はおばあちゃんに見せたかったんでしょう?」
「あっ」
「どうしたの?」
「私のおばあちゃんは一週間前に、、、」
彼女は最後まで言葉を言わなかった。
だって彼女は泣きたいのに我慢をしていたから。
目にたくさん涙を溜めて我慢をしていたから。
「どうして泣かないの? おばあちゃんのことを思い出すと涙が出るんだろう?」
「だって、私が泣いたらおばあちゃんが心配をするからね」
「泣きたい時は泣いていいと思うけど?」
「それならあなたは泣きたい時は泣いているの?」
彼女の質問にドキッとした。
俺は泣くなんてこと大人になって一度もない。
泣きたい時はあったのに、泣くなんて負けだと思って泣いていなかった。
それを彼女に見破られた気がした。
大きくてまん丸な瞳に、見透かされた気がしたんだ。
「俺、婚約破棄をされて、彼女が荷物をまとめて出ていったんだ」
「えっ」
「彼女からの手紙が机の上にあったけど、まだ読めていないんだ」
「どうして?」
「さっきまで分からなかったんだその理由が。でも分かったよ。俺は彼女がいなくなって悲しいんだ。婚約破棄は仕方がないと思っていたけど、本当はそんな簡単に納得なんてできないんだ」
「まずはその手紙を読めばいいのよ」
「そうだね。彼女がいなくなったことを受け入れなくてはいけないね」
「あなたなら大丈夫よ。私の心を救ってくれた優しい人だから」
彼女は俺に笑いかけてくれた。
天使の笑顔は俺の心を温かくしてくれた。
◇
家に帰って手紙を読んだ。
彼女はずっと手紙の中で謝っていた。
最後に書かれていた言葉は俺の心を救ってくれた。
『あなたと毎日過ごした日々はとても楽しかったよ。だからどうか、私のような自分勝手な子供じゃなくて、あなたを包み込むような優しい人と幸せになって欲しいです』
俺を包み込む優しい人。
その文を読んだらあの場所に行きたくなった。
「やっぱり来た」
彼女は天使のような笑顔で俺に言った。
「手紙を読んできたよ」
「そう」
「手紙の中で彼女はずっと俺に謝っていた」
「そう」
「彼女は俺の幸せを願ってくれていたよ」
「そう」
「君はさっきからどうして、、、」
俺は、彼女がさっきから一言返事をするだけだったから気になって、彼女に訊こうとして彼女を見て言うのをやめた。
だって彼女は、涙を流しながら夕日を見ていたから。
「君は優しいね」
「えっ」
俺は隣に座る彼女の頭を撫でながら言うと、彼女は首を傾げながら言った。
「俺の為に泣いてくれているんだろう?」
「どうして?」
「俺の為に泣いているなら、おばあちゃんは君を心配なんてしないよ。優しい子に育って嬉しいだろうね」
「う、、、ん」
彼女の涙は止まらないようだ。
おばあちゃんにはちゃんと分かっているばず。
彼女が我慢をしていたこと。
彼女が無理をしていたこと。
「泣いていいんだよ。俺の為に」
彼女は泣きながら小さく頷いた。
俺の為に泣いていないのは分かっている。
でも彼女にそう言えば泣けるのならそう言おう。
彼女が我慢しないで無理しないでいられるのなら。
◇
夕日はもうなくなって星が輝いていた。
暗闇に包まれているのに。
怖くない。
寂しくない。
寒くない。
それは彼女が隣にいるからかもしれない。
泣き止んだ彼女はずっと星空を見ていた。
「こんなに暗くなったら、おばあちゃんには私は見えないかな?」
「どうだろうね?」
「それだったらいいな」
「えっ、どうして?」
「だって、、、」
彼女は途中で話すのをやめ、俺に抱き付いてきた。
違う。
俺を抱き締めたんだ。
「どうしたんだよ?」
「ん? あなたを包み込んでいるの」
「君は俺より小さいからほとんどできていないよ」
俺はクスクスと笑いながら言った。
「包み込んでいるよ。私の愛で」
「えっ」
「なんて、嘘」
「心臓に悪い嘘だなあ」
「ドキドキしたの?」
「当たり前だろう?」
「ねぇ、また明日もここに来てくれる?」
「いいよ。明日も家に帰りたくはないと思うだろうし」
「それって暇だってこと?」
「違うよ」
「えっ」
「君と一緒にいて、帰りたくなくなるんだ」
「何それ? 私は今も、まだ帰りたくないよ」
彼女はそう言って、天使のような笑顔を見せてくれた。
俺の目の前には天使がいる。
そして明日も明後日もこれから先も、天使は俺から離れないと思う。
だって、俺が離さないから。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
次のお話は、大学生になりルームシェアを探していた主人公の物語。
男二人のルームシェアだと思っていたら、彼は可愛い女の子のようだった。
彼の秘密を知って主人公はどうするのか?




