【十八人目】 嫌って言われても俺には婚約者である君の気持ちが分かるから婚約破棄はしない
「嫌って言ってるでしょう」
彼女は電信柱に掴まって離れない。
彼女は俺の幼馴染みで婚約者だ。
もうすぐ籍を入れる予定で一緒に住んでいる。
「ダメだよ。毎回、嫌って言っても意味がないのは、分かっているだろう?」
俺は彼女の体を電信柱から剥がす。
「やだ~」
彼女はそう言いながら俺に手を引かれ、ある場所へ向かう。
ある場所とは病院だ。
そして待合室で彼女と手を繋いだまま座る。
彼女は小さい頃から体が弱く、入院をよくしていた。
今は体も強くなり、月一回の診察でよくなっている。
彼女はその月一回の診察を毎回、嫌がる。
俺も病院は嫌いだが、彼女は本当に嫌みたいだ。
それも仕方ない。
きつい治療をしてきた彼女には、戻りたくない場所だ。
「俺がいるんだから大丈夫だろう?」
「嫌だ」
「ずっと隣にいるから」
「ん~。それならいいよ」
彼女は笑ってそう言った。
いつもそう言って笑顔を見せる彼女。
俺のことが本当に好きみたいだ。
しかし、俺も彼女に負けないくらい彼女が好きだ。
「今日も嫌がったの?」
担当医である、女医さんが俺に聞いてくる。
「はい。今日は電信柱に掴まってました」
「本当? この前は玄関のドアノブを離さなかったのよね?」
「はい。あの時も大変でした」
「そんなに元気なら今回も検査で悪い所は出ないわね」
「そうですね。俺よりも元気ですからね」
俺は毎月のように先生と彼女の話をする。
先生は俺の話を聞いて、彼女の体の状態を知ろうとしてるんだと思う。
「また先生と仲良く話をしてるのね?」
彼女は頬を膨らましながら怒って言った。
「先生は仕事をしているだけだよ」
「それでもあなたは楽しそうに話をしてるもん」
俺が言うと彼女は俺を睨んで言った。
「ここでケンカは止めてよ。診察は終わりよ。ケンカは家でしてね」
「私達はケンカしないもん」
先生が言った後、彼女は診察室を出る前にそう言った。
「ねえ、彼女をちゃんと守ってね」
俺も彼女の後を追いかけるように出ようとした時、先生に言われた。
「何か気になることでもあったんですか?」
「うん。少し血圧が高いの」
「えっ」
「検査の結果を見なければ分からないから、それまで彼女はあなたが守ってよ」
「はい」
俺はそう言って診察室を出た。
「遅いよ。早く帰ろう」
彼女は機嫌が悪い。
仕方ない。
早く、この嫌いな病院から出たいのだろう。
「今日のご褒美は、君の好きなチョコタルトだよ」
「本当? やったぁ」
彼女は子供のように喜んでいる。
ご褒美とは、病院へ行った日の、夜ご飯の後に食べるデザートのことだ。
彼女はそれを楽しみにしている。
◇
「美味しい。幸せ」
彼女はデザートのチョコタルトを食べて、笑顔を見せている。
「俺も幸せだよ」
「あなたは食べてないじゃない。甘い物は苦手だからね」
「君の美味しそうな顔を見ていると幸せになるんだよ」
「もう。恥ずかしいよ」
「そんな顔も好きだよ」
俺はそう彼女に言って、彼女の口の端についたチョコを人差し指で拭い、その指を舐める。
「甘い」
「当たり前でしょう?」
「コーヒーでなくなるよ」
俺はブラックコーヒーを飲んで甘いチョコを喉へ流し込む。
「こんなに美味しいのに、あなたは損しているわよ?」
「それなら君はこの美味しいコーヒーを飲まないのは損してるよ? こんなに良い香りと、この苦味を一緒に味わえることが、どんなに美味しいのかをね」
「コーヒーは好きよ。でも苦いのは嫌。お薬みたいなんだもん」
「そうだね。君はコーヒーの香りを楽しんでくれればいいよ」
「私もブラックコーヒーを飲んでみるよ」
彼女はそう言って、俺のコーヒーカップに口をつけて飲んだ。
彼女の顔は苦いというように顔が歪む。
「無理しなくていいよ」
「無理はしてないわ。これであなたも私の好きなスイーツを食べてくれるでしょう?」
彼女はニコニコと笑いながら俺に言った。
「あなたは私のことが好きだから断れないでしょう?」
「そうだよ。俺は君の為なら何でもできるよ」
俺が恥ずかしがらずに言ったことに、彼女は驚くのではなく照れた。
俺の言葉を予想していなかったんだろう。
◇◇
彼女と検査へ行った一週間後に、病院から電話があった。
「先生? どうしたんですか?」
「彼女のことで話があるの」
「えっ、もしかして検査の結果が悪かったんですか?」
「悪くはないのよ。でも君には話しておいた方がいいと思ってね」
「何ですか? 悪くないのに、俺に話って何だか怖いんですけど?」
「そんなに怯えることじゃないのよ」
「良かった」
「落ち着いて聞いてね」
「はい」
「あのね、それが、、、」
俺は先生の話を聞いて何も考えられなくなった。
「ねえ、聞いてるの? 彼女には落ち着くまでは、秘密にしててよ」
「あっ、はい」
そして先生と電話を終わらせた。
俺はその後、先生の言葉を頭の中で繰り返した。
どうしよう。
どうすればいい?
彼女には話せない。
俺はどうしたい?
「ただいま」
彼女が仕事から帰ってきた。
彼女にはバレてはいけない。
「お腹すいた。早く食べたいなぁ」
「お帰り。手を洗ってきてよ」
「は~い」
彼女は手を洗いに行った。
今はしっかりしなければいけない。
俺は作っておいた夜ご飯を温める。
「最近、体調が悪いなんて思ったことはある?」
「ん? いつもと一緒だよ」
「それならいいんだ」
「でも最近、食欲旺盛かも」
「えっ」
「仕事が大変だからだと思うけど」
「そうなんだね。たくさん食べることはいいことだよ」
「そうだよね? それならたくさん食べようかなぁ」
「でも栄養は考えて食べるんだよ?」
「うん。分かってるよ」
彼女は笑顔を俺に見せてくれた。
何を迷っていたんだろう。
俺は彼女のこの笑顔を守らないといけないのに。
大丈夫。
俺達なら大丈夫なんだ。
◇◇◇
「なあ、明日のご褒美は何がいい?」
俺は夜、ベッドの中に入ってすぐに彼女に聞いた。
「ん? 明日はいらないよ」
「どうして?」
「最近、食欲がなくてね」
「えっ、この前は食欲旺盛だって言ってたのに?」
「うん。甘い物はいらないよ」
「大丈夫?」
「うん。もう、眠いの」
「そっか。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女からすぐに寝息が聞こえた。
疲れているのだろう。
ちゃんと彼女を守ってあげなければいけない。
俺はそう思いながら彼女を抱き締めて眠った。
次の日の朝、彼女は病院へ行くことを嫌がらなかった。
いつもと違う彼女のことが心配になった。
病院に着いても嫌がらない。
いつものように診察が終わる。
俺は彼女に来なくていいと言われ、待合室で待っていた。
彼女は診察を終わらせ俺の元へ戻ってくる。
彼女の顔は暗い。
何か悪いことを考えているようだった。
しかし彼女は何も言わず、俺は彼女の後を追いかけるように家への道を帰った。
「私達の婚約はなかったことにしてくれる?」
「えっ」
家へ帰って、リビングのソファに二人で座って、彼女がいきなり言った。
「やっぱりあなたと結婚は無理だよ」
「どうして?」
「無理だから」
「理由を教えてよ」
「私はあなたといると苦しいの。あなたのことを好きなのか分からなくなったの」
「俺は君と離れないよ。一生、君を守るって決めたんだ」
「そんなあなたの言葉が私を苦しくするの。私はあなたに守られる為にここにいるんじゃないのよ?」
彼女は今にも泣きそうだ。
そんな顔をさせたくないのに。
彼女にはいつも笑っていてほしいのに。
それでも俺は彼女から離れない。
俺は彼女から離れたらダメなんだよ
「俺は君から離れないよ。君が俺を嫌いでもね」
「バカ。そんなあなたなんて嫌いよ」
彼女はそう言って顔を両手で隠した。
彼女は泣いている。
俺は彼女を抱き締めた。
彼女の気持ちは分かるから。
自分が、俺のお荷物になっているんだって思っているんだ。
違うよって俺は言うように抱き締めた。
「俺は君がどんなに俺を嫌いって言っても分かってるよ。本気じゃないってことをね」
「嫌いよ」
彼女は泣きながらそう言った。
◇◇◇◇
彼女は、俺に嫌いと言った日から、何でも一人でするようになった。
まるで俺なんていらないと言うように。
彼女は変わったんだ。
そしてもう一つ変わったことがある。
彼女の体調も最近はあまり良くない。
顔色が悪い日もある。
心配で仕方ない。
そんな日が続いていて、また検査の日がやってきた。
「今日もあなたは待合室で待っててね」
「うん」
彼女は病院を嫌がらなくなった。
嫌がっていたあの頃が懐かしく思えた。
少しして診察室へ入っていった彼女。
俺はそんな彼女の背中を、見えなくなるまで見ていた。
彼女はどんなにきつくても俺には何も言わない。
まるで俺から卒業しようとしている。
俺から離れようとしている。
俺は彼女と離れないと決めたが、彼女がどんどん遠くにいっている。
離れないように手を繋いで離したくないのに。
それさえ彼女はさせてくれない。
診察が終わったのか、彼女が俺の所へ急いで戻ってきた。
「どうしてもっと早く言わないの?」
「えっ」
彼女は俺に怒っているようだった。
「こんな大事なことを、あなただけに背負わせて、私がどう思うか考えたの?」
「えっ、あの、どうして怒っているんだよ?」
「怒るわよ。私とあなたのことなのよ?」
彼女はどうやら先生からあの話を聞いたみたいだ。
俺は彼女を落ち着かせ、家で話そうと言った。
その後、彼女は無言で俺の後をついてきて、家へ入った。
「君が怒るのは仕方ないけど、先生に言われてたから言えなかったんだ」
「でも、私はあなたから離れようとしていたのよ?」
「それでもこのことは言えなかったんだよ」
「あなたって本当にバカ。私に嫌いって言われても離れないで側にいて、私を見守るなんて」
「俺はあのことを知って君から離れないことを誓ったから」
「私でいいの? 体は完璧に丈夫じゃないし、いつかあなたを悲しませることになるかもしれないよ?」
彼女は悲しそうに俺を見る。
伝えなければ。
俺は君の全てを愛しているんだって。
「そんなの最初から分かって君を選んだんだよ? 君はそれを知らないの?」
「分かってるよ。それでも私は、あなたのお荷物にはなりたくなかったの」
「君がそんな風に思うのも分かっていたよ。でも俺は、君の全てを受け止める覚悟で、君の隣にいるんだよ。だから君は安心して俺の隣にいてよ」
「うん。私達をちゃんと守ってよ」
「そうだね。君に似た子が一人、増えるんだからね」
「あなたに似ている子かもよ?」
彼女はそう言って笑った。
彼女の最近の体調不良は。
そう。
妊娠していたからだ。
彼女には、少し落ち着いてから話すと先生に言われ、俺は黙っていた。
◇◇◇◇◇
母親になると分かった日から彼女は強くなった。
心も。
体も。
俺への愛情も。
そしてお腹の子への愛情も。
「あっ、お腹を蹴ったよ」
「本当? もうすぐ会えるんだね?」
「楽しみだよね」
彼女は嬉しそうに笑った。
「ねぇ」
「ん? 何?」
彼女は俺を見つめて何かを言いたそうな顔をした。
「あなたと出会えて良かったよ」
「俺も君と出会えて良かったよ」
俺達はキスをした。
「痛っ」
「えっ」
「陣痛が始まったかも」
「嘘だろう?」
俺は焦りながらどうすればいいのか分からず、まずは電話だと思い携帯電話を探す。
「落ち着いて。あなたはもうすぐパパになるんだよ?」
「あっ」
彼女の言葉で落ち着いていく。
大丈夫。
彼女がいれば何も心配することはない。
彼女は強くなったんだ。
それから病院へ行って彼女は元気な女の子を産んだ。
彼女も元気だった。
俺は初めて赤ちゃんを抱いた。
軽くて驚いてしまった。
そして赤ちゃんにずっと言いたかった言葉を言った。
「生まれてきてくれてありがとう」
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
ブックマーク登録や評価などありがとうございます。
次のお話は、嘘がつけない幼馴染みに主人公の彼が、彼のことを好きなのか聞いてみたという物語です。
彼女は友達として好きで幼馴染みとして好きと言うが、恋人として好きなのかどうか聞くと黙ってしまう。




