62話 閑話 ルディス ~ ポーカーフェイスの戦術家 ~
『はぁ、ロラン様も情報収集に特化した能力者をスカウトして、諜報員として訓練した後、同盟国や敵国で生活させ情報を収集する責任者に、私を指名するなんて…』
『だいたい、私の『周囲と完全に同化する能力』は固有のスキルであって、他の者に教えることはできない。なぜなら、この能力は私の皮膚細胞のように、通常の人族の100分の1の大きさである200nmで光の波長より短い大きさが必要だから…』
『周囲と同化する際は、光の波長より小さい皮膚細胞の一つ一つを魔法により、どの方向の光に対しても同じに作用するよう一定のパターンに変形させ、『負の屈折率』を持つメタマテリアルと同じ効果を生み出すことで周囲と同化しているから、先ずこの皮膚がないとね…』
『それに、私は皮膚細胞を一定のパターンに並び替えなくてもカメレオン同様、皮膚に『ナノ結晶』を持っており、この『ナノ結晶』同士の間隔を変化させることで色を変えることもできるが、通常の人族は『ナノ結晶』は持ってないからな…』
『もぉーっ!1人で考えていても、全く纏まらない。あまり気は進まないが、ロラン坊っちゃんも言っていたことだし、アルジュさんの力を借りるか』
とルディスは部屋を出るとリビングに行き、アルジュを呼んだ。
「何かご用ですか?ルディスさん。今、ダーリンとの妄想デートでいい所でしたのに…」
『あぁ、アルジュさんのこういう所とルミールさんが顕現されてから年齢を8歳ぐらい若返らせた所も好きではないんだが…』と思いつつ、ルディスは
「情報収集に特化した能力者のスカウトについて、ご相談したのですが…」
ルディスの話を聞くとアルジュは急に鋭い目付きとなり、ルディスを自分の手前のソファーに座らせる。
傍から見ると27歳の男性が17歳の女性に指導されているようであり、かなり不自然な光景である。
「その相談。もっと早くにすべきとは思わなくて。ルディス…」
「……」
「まぁ、いいわ。その事についてはダーリンから貴方から相談があった際、該当人物の特徴や居場所についてアドバイスをするよう言われているから…宜しくて…」
「…どうぞ…」
「ダーリンも、貴方のような『周囲と完全に同化できる』人間はいないと言っていたわ。その代わりではないけれど、『気配や殺気』を極力消せる能力があり、語学が堪能で、暗号を解読できる素養があり、諜報員を長期的に続けていく精神力を持ち、一定の戦闘力がある者がスカウトすべき対象であると…」
「…なるほど…」
とルディスはアルジュに相槌を打っていたが、内心では『そこまでスカウトする者に対する具体的な要求があるなら最初から言って欲しいよな』と突っ込みを入れていた。
「そのような人物に該当するタイプは2つ。『王国に対する愛国心が強い者』もしくは『祖国に恨みのある難民の2世か3世』。」
「よって、近衛隊に入れなかった者が通う騎士幹部候補生学校、もしくは1等市民や2等市民とも認められない流民街の教師やニコラス・ブルナー率いるバロア商会の闇の者から、スカウトすれば良いのではないかと言ってましたよ…」
「分かりました。ありがとうございます…では早速…」
「ちょっと待った!ルディス貴方、安易にバロア商会に頼もうと思っています。本来なら、私や『バルトス、マルコ、クロス、フェネク、ルミール、ポルトン、ランド、ピロメラ』の使い魔や精霊達を使えば貴方達は不要なのよ…でもダーリンは」
「『人の可能性を信じている』でしょ、アルジュさん。分かってます。私はそんなに馬鹿ではないし、ロラン坊ちゃんに恩義を感じている。LVSISメンバーとしての誇りもある!」
「私も言い過ぎたわ。ごめんなさい。ただ、ダーリンは自分と境遇が近い貴方に少し甘い傾向があるから。でも、私達はそうではないから。能力を示さない者はいらない。私も同行するから、行先決めてね…先行くわよ…」
『はぁ――本当にイライラする。カメレオンの舌には骨があり重力加速度の264倍、0.01秒で時速90㎞を超えられる。この距離なら貴方の首を地面に転がり落とすことも可能だ』と思いながら、ルディスはアルジュを連れて街の中心部へと向かった。
騎士幹部候補生学校で、近衛隊に入れなかったが優秀な成績と身体能力を持っている生徒、流民街の教師、奴隷商、バロア商会の闇の者、難民の居住区を一つ一つ時間をかけて見て回り、2人のスカウトに成功した。
その後はルディスが1人で街に行き、3週間をかけて13名のスカウトに成功した。予定の半分であるが能力不足の者を隊員としても意味がないと判断し、ルディスは正直にロランに対し報告を行う。
「ロラン様、30名の予定でしたが諜報員としての能力に達した者が15名しかいなかったため、当初は15名で訓練を行いたいと思います。大変、申し訳ございません。」
「ルディスどうして謝るの。確かに30名と言ったけど数字はあくまで目安だから、ルディスがそう判断したなら、それが正しい…」
「…それはどういうことでしょうか…」
「皆は、僕が自分の境遇とルディスの境遇が似ているから、ルディスに対して甘い態度をしていると思っているのだろうが、それは見当はずれもいい所だ。僕はルディスの『人を見る目』を信じているからね。誰が何を言っても気にしないで欲しい…できればだが…」
「お任せを…」
「ルディス、必要な物を言ってくれ…」
「そうですね。高さ2mの壁、ほふく前進を行う為の低い鉄条網、深さ2mの壕などがある訓練コースと射撃場、ならびに外国語と暗号を教える教師が必要です。」
「装備としましては、ロラン様がツュマやリプシフター達に支給している暗視スコープ付きヘルメット、軽量ボデーアーマー、ケブラーとアラミド繊維製の戦闘服、防護靴、肘当て、膝当て付き脛当て、拳銃に鉄条網を切断する為の鉄ばさみ、閃光弾、私を含めテレパス送信の為の黒猫16匹が必要です。それと…」
「それと…何?」
「壁をよじ登る為に必要な装置です。私はカメレオンだけでなくヤモリの能力もあります。このように…」
と言うと、ルディスはロランに一見すると吸盤のような手を見せた。
ロランは『理力眼』によりルディスの手は吸盤ではなく細く細かい毛がびっしり生えており、さらにその繊毛の先に剛毛が数本生えていることを確認し、その毛が生み出す『ファンデルワールス力』により、壁に『吸着』できる事を理解した。
「ルディス、壁をよじ登る装置の原理は思いついたから任せておいてくれ。取り合えず、訓練コースと射撃場は巨人族のティタニアスとその一族に頼んで2日で作る。その間、マルコから必要な黒猫を借りて、ジェルドから暗視スコープ付きヘルメットと軽量ボデーアーマー等の装備を、ミネルバから必要な拳銃と鉄ばさみ、閃光弾を受け取り、分解とメンテナンスの仕方を指導して欲しい。」
「はっ」
「それと黒猫は大切に扱うように、これは厳守!それと15名の宿舎は新設した使用人宿舎を使用するように。期待しています。ルディス!」
「ありがとうございます。ロラン様…」
ロランに対する報告を終えたルディスは帰り際、
『ロラン坊ちゃんのああいう人たらしな所に、皆魅かれるんだな。かくいう私もか…』
と少し口角を上げて微笑んだ。
ルディスが手塩にかけて鍛え上げた15名を皮切りに、ルディス率いる諜報工作部隊は数年後、この世界で最高と言われる諜報部隊…
トロイト連邦共和国情報保安局<Troit Federal Republic Information Security Service>、通称『TFRISS<トフリス>』の諜報工作部隊と双璧を成すと言われるまでに名を轟かせることとなる。
次回は・・・『63話 プロムナード ~全ての想いを時間に溶かして~』です