140話 ある諜報員の物語
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
「ロラン様とこのように紅茶を飲みながらゆっくり過ごせるなんて何だか皆に申し訳ない気がします」
ブリジットがこの時思い浮かべた皆とはクロエ、ルミール、アルジュ、レイチェルである。
ロランは今、パルム公国の首都であるハイネローレのカフェでブリジットと束の間の休息を愉しんでいる。
「ブリジットはとても頑張ってもらったからね。それと西クリシュナの製薬企業は信頼できる部下に任せてここパルム公国でまた製薬企業を立ち上げてもらいたいんだ」
ブリジットは間髪入れずに了解の返事をすると満面の笑みでロランを見つめた。
それもそのはずである。
現在、ロランはエイブラハム魔法大学を休校しているが公国にある邸で過ごしており、西クリシュナ帝国にいるよりも頻繁にロランに会えると思ったからであった。
「ブリジット。御誕生日おめでとう」
ロランはブリジットに50カラットのピンクサファイアのネックスをプレゼントする。
ロランがブリジットにプレゼントしたネックレスにの一部にはレイチェルが開発した超小型通信装置を取り付けていた。
ロランはブリジットの体の特性上、脳波通信インプラントを脳内に設置出来ないことから、脳波通信インプラントに通信できるツールとして活用するようにと説明しようとした矢先にブリジットが歓喜したため、この目論見を言いそびれてしまう。
『ブリジットが予想以上に喜んでいるからあとで説明しよう』
『トロイトとメッサッリアの諜報員はテレパスも傍受するから暗号化できていないテレパスは使用方法を考えなくてはいけないな』
ロランとブリジットの会話を盗聴していた各国の諜報員達はロラン配下のブリジットが拠点を西クリシュナからパルム公国に移すことで西クリシュナ帝国の防衛能力が低下したことを本国に伝えた。
メッサッリアの諜報員が大事な情報をこのようなオープンな場で話しているロランは愚か者だと本国に伝えた直後、元SilentSpecterの諜報員であり現RedSilentSpecterの諜報員の一人によってヴァルハラ送りにされた。
ヴァルハラ送りにした諜報員のバディが何故メッサッリアの諜報員をヴァルハラ送りにしたのか指を相手の太ももに置き振動暗号で尋ねた。
""何故、この者をヴァルハラに送った""
""ロラン様を侮辱するとともに必要以上の情報を本国に送ろうとしたからだ""
""それに俺がしなくてもリンデフォースに配置された蝙蝠と蜘蛛の部隊がこの者をヴァルハラ送りにする。俺はその手間を省いただけだ""
コードネーム「オース」はバディのコードネーム「アウリス」に振動暗号で答える。
ロランは冥界からの帰還後、白兵戦部隊RedMaceの特殊工作部隊としていた"蜘蛛"と"蝙蝠"をリンデンス帝国の国軍であるリンデフォース軍に第999特殊工作部隊として組み込んでいた。
調子にのったオースはバディのアウリスに対して余計な情報を伝え始めた。
""それに蝙蝠と蜘蛛が手を下さなくとも敵国の諜報活動や我らの諜報活動はオム司令官率いるRedArgosの千里眼部隊と時空観測Laboのレイチェル司令が監視衛星を使用し監視している""
""一線を越えたと判断すれば別の部隊が手を下す""
ロランは私有軍と国軍であるリンデフォースを明確に分かつため、私有軍には部隊名に『Red』をつけることとしたためルディス率いる諜報機関SilentSpecterはRedSilentSpecterに、オム率いる千里眼部隊ArgosはRedArgosに部隊名を変更していた。
バディであるアウリスはオースに振動暗号で警告をする。
""これ以上余計なことは伝えるな""
だがこの時のオースは何かに取りつかれたように余計な情報を伝え続ける,
""ロラン様は本当に情報を隠匿させたい場合は邸で話を行う""
""そもそもこの場における他国の諜報員の監視に意味はあるのか""
""極秘裏に行っていた黎明会議も半年に一度アヴニール国家連合に属する主要5カ国が持ち回りで各国の首都で行うA5という会議にし表舞台で国家間の課題を話し合うように形を変えてしまったので我らの任務外となってしまった""
現在、アヴニール国家連合には神聖ティモール教国とケトム王国も加わりエランディア大陸からガリア大陸に渡る一大勢力となり、A5と呼ぶ主要5カ国はリンデンス帝国、メッサッリア共和国、トロイト連邦共和国、パルム王国、フォルテア王国の5カ国で構成していた。
アウリスはバディであるオースを何とかして止めようと警告を続ける。
""オース。これ以上情報を伝えるのは辞めて、貴方自身が狙われるわ""
オースは両手を軽く広げおどけて見せると一線を越えてしまった。
""心配ないさアウリス。誰も振動暗号で話している内容は気づかないさ""
""これは噂なんだが俺達を監視し一線を越えた者をヴァルハラに送るアニマヴィルテという部隊があるらしいぞ""
アニマヴィルテという言葉をオースが伝えた瞬間、アウリスはダガーを使用し肋骨の間から心臓を突き刺した。
""何するんだアウリス。俺達来月結婚する予定だろ""
""…""
アウリスは振動暗号を使用せず無言を貫く。
『貴方が悪いのよ。私は何度も警告したのに』
『私はルディス司令が裏切者の諜報員を狩るために創設したアニマヴィルテの一員なの』
ブリジットと食事を愉しんでいるロランの元にルディスから一部の者しか使用できないホットラインの脳波通信が入る。
""ロラン様。お聞きになっておられましたか""
""アウリスはいかがいたしましょう""
ロランはブリジットの喜びで溢れている表情を見ると少し考えルディスに命令する。
""アウリスは不問とする。ただし別の諜報員に監視させよ""
""御意のままに""
ルディスはロランの命令で恍惚の表情を浮かべる。
『この非情さ。これこそがロラン様だ。支配者はこうでなければならない』
様々な笑顔と悲しみを抱きながら、それでも世界は進んでいく。