128話 空中黄金郷
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
コロシアムを思わせる地下格闘場の中心では極薄手のカーバイン製グローブをはめたバークスと両手に大型のサバイバルナイフを持ち幾重にも巻き上がった長い角を持つエランド似の獣人による激闘が繰り広げられていた。
エランド似の獣人はバークスを困惑させるため高速で左右に飛び跳ねるトリッキーな動きをし、大型のサバイバルナイフと頭部に生えた2本の角を使ったヒットアンドアウェイの攻撃を幾度となく仕掛けた。
一方、バークスはボクシングのピーカブ―スタイルに似た構えを取り、肩と肩甲骨を揺らしながら相手の攻撃をぎりぎりの間合いでかわし、可動域を広げた肩甲骨を起点に肩、肘、拳へと力を伝達させスピードにのった破壊力のある拳を顎目掛けて繰り出す攻撃で応戦する。
開始から15分、両者は魔法を使わず一撃入れば意識を刈り取る空気をヒリつかせる肉弾戦を行ったため、観客は雄たけびを上げながら盛り上がる。
「「「「「ウォー…」」」」」
しびれを切らしたエランド似の獣人は膠着状態を打破し一気に攻勢に転じようと得意の土属性魔法を使用する。
「サンドブラスト…」
サンドブラストは強烈な圧縮空気中に砂を混ぜ相手に吹き付ける攻撃魔法であり、僅かでも接触すれば肉だけでなく骨もこそぎ取る強烈な攻撃であった。
バークスは獣人によるサンドブラストの連続攻撃をスウェーを使用しぎりぎりの間合いで回避しながら、どう相手を仕留めようか考えていた。
『これだけ多くの観客の前では奥の手である六番指の攻撃を出すわけにはいかない…』
『かといって蠍を召喚すれば素性が分かってしまう…』
『はぁ、しょうがない。あれでいこう…』
バークスは一見すると六番目の指に見えるが実際は毒針である針の先端に神経毒と空気に触れると硬質化する毒を混ぜて溜め、観客に見えないように毒の弾丸を生成する。
獣人が再度サンドブラストを放とうした瞬間。
バークスは両の掌を近づけ掌の間に風属性魔法の突風を収束させながら発生させ、毒の弾丸に高速回転を与えると古傷がある左肩目掛けて一気に射出した。
「毒指弾…」
バークスが放った毒指弾は最短距離の直線軌道で獣人の左肩を貫いた。
数秒後、神経毒により獣人が呼吸困難を引き起こすと、バークスは瞬時に距離をつめフック系アッパーであるスマッシュを容赦なく獣人の顎に叩き込み決着をつけるのだった。
「勝者、グレーの瞳を持つ男…レノ・エリック…」
レノ・エリックとはバークスがケトム王国で使用している偽名である。
バークスは地下格闘家をヘッドハントするブローカーや闇の者達から『赤い薬と青い薬』に繋がる手掛かりをつかむため、勝ち続け報奨金は莫大な額となった。
バークスの予想通り報奨金が増加するごとに、上手い話しを手土産にくる者達の数は増え、その中で『空中に浮かぶ黄金郷から来た男』の話に興味を持つのだった。
この地下格闘場に集まる者は一攫千金が目当であるため、金の匂いとロマンに満ち溢れた空中に浮かぶ黄金郷の話は都市伝説となっていた。
バークスはノエル・クロードという偽名を使いケトム王国に潜入したが自分は頭脳派だからという理由で格闘は行わないスティオンを連れ『空中に浮かぶ黄金郷から来た男』がいると噂される酒場へと向かった。
酒場に着くとバークスとスティオンはシュバルツ酒を手に噂の男と思われる男が飲んでいるテーブル席に行き話かけた。
「よぉ、爺さん。あんたが空中に浮かぶ黄金郷から来た男か…」
「シュバルツ酒を奢るからその黄金郷の話を聞かせてくれないか…」
黄金郷から来た男は顔を上げてバークスとスティオンを見るが直ぐに下を向き再び酒を飲み始め、バークスの誘いに一切の興味を示さない。
今度はスティオンがリルガ硬貨がたんまり入った袋をテーブルに置き話しかけた。
「お爺さん。私はノエル・クロードといいます。黄金郷の話をしていただけたら、このお金を差し上げます。如何ですか…」
黄金郷から来た男は酒をぐっと飲み干すと話し始めた。
「それにしても珍しい組み合わせだな…」
「グレーの瞳のお前はトロイト訛りでグリーンの瞳のお前はプロストライン訛り。いったいどこの国の諜報員だ…」
「まぁそんなことはどうでもいい…俺は黄金郷で冒険ジャーナリストをしていた…」
「スクープをつかむため一年に一度空中に出現する『緑の王国』を取材するため空中浮遊艇を使用して突っ込んできたら、このざまだ…」
「それで全てだぁ。金は貰うぞ…」
バークスとスティオンはお互いを見合い、赤い薬と青い薬に繋がる人物に出会えたと確信した。
「よぉ。爺さん。俺達なら爺さんを元の世界に連れていけるが興味はあるかい…」
黄金郷から来た男は少し考えてから元の世界に戻ることを拒絶した。
「お爺さん。ご苦労なされたようですね。辛い想い出を語らせてしまってすいません。このお金はあなたのものだ…」
そういうとスティオンはリルガ硬貨がたんまり入った袋を老人の手元に移動させ心を開かせたところで追加の質問をした。
「もう一つだけ教えてくれませんか。あなたの世界では人を小さくしたり大きくしたりする技術は確立されていましたか…」
黄金郷から来た男はニヤリと笑いスティオンの問いに答える。
「俺はジャーナリストだと言ったよな…」
「俺のいた世界では別の惑星から送られてきた装置を解析し人を小型化することに成功していた…」
「確かだよ。何せその記事を書いたのは俺だからな…」
バークスとスティオンは酒場を去ると人気のない路地に向かい現状を報告する。
""こちらスティオン。レイチェル応答願います…""
""こちらレイチェル。用件は何かしら…""
""こちらバークス。とっておきの情報を手に入れた俺達をすぐに転送してくれ…""
""……""
""レイチェル忙しいところ済まない。私とバークスの位置をスキャンしてリンデンスに新設された全方位型転送ルームに転送してもらえるかな…""
""…了解ですスティオン。お二人を転送します…""
レイチェルはパルム公国の邸からリンデンスの地下に新設された時空観測Laboにアクセスし全方位型転送ルームに設置された転送装置を2台作動させた後、脳内通信インプラントを使用しロランに連絡を行うのだった。
""…ロラン様。スティオンとバークスが【赤い薬と青い薬】の手掛かりを見つけました…""
""…レイチェルありがとう。僕もスティオンの脳内通信を聞いていた…""
""…本来であれば探査機を黄金郷に送り込み大気組成や重力、黄金郷の世界とこの世界の時間の流れに乖離があるかなど色々調査したいところだが一年に一度のチャンスを逃すわけにはいかない…""
""…僕とアーク、スティオン、バークス、ファビアンで黄金郷に行く…""
""…レイチェル。済まないが次に黄金郷がケトム上空に出現する日時の推定とKnight Ravenの機能向上を至急行って欲しい…""
""…仰せのままに…""
その後ロランは瘴気と暗黒物質で満ち溢れるエレボスで巨大な魔力駆動のジェット推進装置を数千の魔人を使用し建造しているクロスとアルジュ、帝国軍の軍外元帥として組織強化を行っているジェルド、ヴィントハイデ領でアペキシテ一族に囲まれ休息しているツュマに対し『声なき声』を使用し脳内にダイレクトに思いを伝えた。
「皆聞いてくれ。近いうちに僕は黄金郷に行く…」
「しばらく冒険をしてくるから、その間のことは頼んだよ…」
続けてロランは巨大組織となったSilentSpecterを指揮するルディス、人造湖作りで指揮を執るリプシフター、エレボスで土壌強化を指揮するエクロプス、千里眼部隊Argosを率いて世界を監視するオムに日頃思っている感謝の言葉を伝える。
「ルディス、リプシフター、エクロプス、オム…」
「古参の皆にはいつも地味で労力のいる任務ばかり任せてしまっている…」
「いつもありがとう…」
次にロランは西クリシュナ帝国でメガファーマの立ち上げを指揮しているブリジットに届けとばかりに雷魔法最上級の魔法である『ケラウノス』を数百柱、天空に発生させた。
「見えるかいブリジット…」
「君が西クリシュナで薬開発の指揮を執ってくれたおかげで回復魔法を受けられない多くの人々が助かっている。本当にありがとう…」
ロランはエミリアの護衛をときブリジットの護衛に就かせているバレンティナ、スプリウスにも声をかけた。
「バレンティナ、スプリウス。ブリジットの護衛を頼むよ…」
ケラウノスによる明るさが治まるころ、ロランは今度は天空に恒星の戦車を放ち、空を赤く染めロベルトに話しかける。
「ロベルト。暫くの間、僕はこの世界を留守にする…」
「君が行うありとあらゆる行為を僕は容認する。BLOOD Squallの名に恥じぬよう君の全てをかけてアリーチェを守ってくれ…」
最後にロランはアリーチェと皆に話かけた。
「アリーチェ。僕は暫く黄金郷に行く…」
「僕の不在時は君が皆を統べてくれ。アリーチェ、君なら必ず出来る…」
「皆、僕の不在時はアリーチェの指示に従うように…」
ロランは真の最後に古に封印された光属性魔法最上級の白き世界を発動させるとその白き世界にレクトリオンを招き入れ、誰にも会話を聞かれない環境で密談を交わした。
『空中に浮かぶ黄金郷か…』
ロランは製紙工場建設で開拓しているタイガの地面に横たわると夜空を埋め尽くす満点の星々を見つめ想いを巡らせるのであった。