126話 煌めく運河と一条の涙
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
ロランはエイブラハム魔法大学の図書館で読書にふけっていた。
エイブラハム魔法大学の図書館はカント魔法大学を上回る書物を所蔵し、1階から5階までがすり鉢状の構造になっている。
図書館の形状は楕円形であり、書物がびっしり詰まった本棚の前は通路となっており天窓や柱に設置されたライトボールの光により読書に最適な採光が保たれ、現代で言えば図書が所蔵された天井のあるドームといえた。
ロランのお気に入りの場所は一階フロアの中心にある小型の世界樹を思わせる木が植えられた近くに設置された流線形のデスク群と地下階であった。
地下階は専用の緩いカーブの螺旋階段を降りていく。
地下階の天井部の一部と側面は厚いガラスで覆われ水路構造となっており、そこに運河を引き込みライトアップすることで多くの色鮮やかな淡水魚を鑑賞しながら読書をすることができた。
ロランがリンデンス帝国に拠点を移しパルム公国の首都であるハイネローレの邸に移ってから3週間が経過し大学は夏季休暇となっていた。
『つい時間があると来てしまうな…それにこの国は居心地がいい…』
パルム公国における国民の多くの者が商人や建築家、音楽家といった芸術家であり国を守る騎士団の9割を諸外国の傭兵で構成している商業国家であり交渉第一主義であることから外国の英雄に関する関心度は低くロランを知る者はほとんどいなかった。
「バン…バンバン…」
読書に集中していると運河内を泳ぐ人魚が尾でガラスを叩き自分達の存在をアピールしてきた。
ロランは顔を上げ手を振って人魚達に応えると人魚達はその場を離れていった。
『人魚といっても想像していた者とは違うな…』
『上半身は人間で下半身は魚までは一致しているけど顔の7割が魚寄りなんだ…』
現在、ロランの肩書はリンデンス帝国の公爵であり帝国議会副議長でエイブラハム魔法大学の3年生のみであり、人魚の顔の感想を考えられるほど時間に余裕を持てていた。
時間に余裕を持てるのは、世界は平和となり時を惜しんで行動する必要がなく、リンデンス帝国における帝国議会においてロランが出席しなければならない日数は僅かに10日であること、さらに言えばエイブラハム魔法大学が夏季休暇中であるからであった。
ロランはこの日のスケジュールは午前中は読書をし、午後はクリスフォードに今後について相談するいうものであった。
午後になるとロランは図書館から少し離れた魔法学教授の控室に向かう。
「教授、ロラン様がお越しになりました…」
「モーリス今手を離すことができない。すまないが公爵を部屋に通してくれないか…」
クリスフォード・ド・モンパーニュはロランの推薦によりリンデンス帝国で伯爵の爵位を与えられ、現在はエイブラハム魔法大学における魔法学の名誉教授となっていた。
「公爵のおかげで竜剛皮化は止まっています…ただ週に一度浸潤を止めるために一部残った竜剛皮の周辺に30本の注射を行うことが苦痛ですがね…」
クリスフォードはロランに自信の体調は問題なく維持できていることを伝える。
「それは良かった…痛みが酷いようならブリジットに鎮痛剤を作るよう依頼するよ…」
「ブリジットには西クリシュナ帝国で立ち上げた製薬企業の舵取りを任せているからね…」
ロランは西クリシュナ帝国の経済再建のため、アトス湖における湖水真珠の養殖と鑑賞用と食用の花き栽培を行う事業のスポンサーとなっており、さらに再建を加速させるため遺伝子操作に卓越した技術者の雇用先として製薬企業の立ち上げ、その責任者としてブリジットをつかせていた。
「西クリシュナ帝国はキメラ実験を行い培った遺伝子操作の知識をクリシュナ帝国時代から引き継いでいますから製薬企業は一気に根幹事業となるでしょうな…」
「それにピロメラ様をリンデンス帝国の大使としてケトム王国に駐在させたことも適任かと。あの方は才能があり穏和に物事を取りまとめてくれますから…」
「それはそうと公爵、フォルテアの邸と地下通路への処理はお済ですか…」
ロランは拠点を移すにあたり、フォルテア王国の邸を荒らされないようオールトベルト平原にプロストライン帝国からの進行を防ぐために植えた食人植物と同様の食人植物を邸周辺に植えるとともに、魔導列車を走行させるために使用していた地下通路を全て塞いでいた。
「手は打ってある…それとツュマの領地であるヴィントハイデ領は僕が公爵の爵位を剥奪されることを同意する条件としてリンデンスの海外領土とすることを認めさせている…」
「それに僕の領土であるクレアシオンのオルトベルト平原区はRedMaceやSilentSpecter、RedBulletの訓練場で住民もなく、黒曜の丸屋根区は僕しか立ち入ることはできない…」
「加えてアトス湖の北部領域は僕が拠点を移したことを知った西クリシュナ帝国に既に奪還されているからね…」
クリスフォードは左手で頬を摩り少し考えながら話を続けた。
「公爵は悪いお人だ…拠点を移した後に他の者が邸と元領土を利用できなくするとは…」
「クリスフォード。邸は王国から与えられたものではなく僕が土地と建物を購入している…当然の措置だと思うけど…」
クリスフォードはロランの気持ちを察し本題に入ることを促した。
「そろそろ本題に移ってはいかがかな公爵…」
クリスフォードのこの一言で和やかな雰囲気が冷め一気にピリピリした雰囲気となった。
次の瞬間、ロランはカルキーズとの戦闘についてクリスフォードに意見を求めた。
「公爵が拠点をリンデンスに移す直前に中央戦闘指揮所にて司令官達に向かいカルキーズの話をした際、皆がどのような反応をしたか公爵はお忘れか…」
「あのジェルドやツュマでさえ顔をしかめた…」
「司令官の中で平然としていた者はRedMaceを率いるアーク、SilentSpecterを率いるルディス、特殊な固有魔法を使用するグリーンアイズ部隊を率いるスティオンにRedBulletを率いるバークスだけでしたぞ…」
ロランはクリスフォードに結論を急がせる。
「結論から言えばカルキーズが次元障壁を超えた時点で戦わずに別の惑星へ向かうことが最善の策です…カルキーズとの戦闘になれば地上の大半が灰燼と化すでしょう…」
「加えて言うならば、レイルロード様率いるエクスシア軍やクロス様にアルジュ様率いる魔人や魔物の軍団、それとポルトン様率いる妖精達が参戦となればこの惑星エアストテラは消滅しますな…」
「カルキーズも自分達に対抗できる者がいないと分かれば戦闘を行わない選択をするかもしれず、結果としてこの世界における生存者が多くなる可能性が高い」
困惑するロランを諭すようにクリスフォードは話を続ける。
「公爵は今まで世界を平和にするため、命や魔力と霊力をあらん限り燃え上がらせて戦ってきた…」
「もう十分でしょう…」
「公爵がこれ以上、魂を削る必要はないのです…」
ロランはクリスフォードの話から自分が今まで行ってきたことは結局無駄な事だと早合点した。
「結局、僕のしてきた事はこの世界の人々にかりそめの平和を与えただけに過ぎなかった…それに最愛のエミリアも僕の元を去ってしまった…」
項垂れるロランにクリスフォードは想いのこもった言葉をかけた。
「確かに無駄なことが多かったかもしれません。だが、公爵が命をかけて行ってきたことは決して無駄ではなかったことは今夜の運河を見れば理解できるはず…」
「公爵が救ったこの世界の煌めきを、この世界の人々の命の煌めきを…」
「公爵、肩の力を抜いて異なった視点から世界を見つめさない…」
19時となった今、ロランはクリスフォードとの会話を思い出しながら運河を眺め、いつものテラス席でレイチェルとディナーをしている。
すると急にその光景がロランの目に入ってきた。
腐敗神殿調査でケトム王国の密林を横断した際に見た発光する昆虫と思われる発光生物が数千万匹放たれ運河がライトアップされる。
今宵はパルム公国の夏の風物詩となっている感謝祭であった。
運河沿いの石積みの運河岸や運河岸沿いのウッドデッキに発光生物がとどまり、蒼や紫の光をベースに赤、橙、黄といった光を発光し幻想的な光景を作り上げた。
「ロラン様、美しいですね…」
「レイチェルの言う通りだね。本当に美しい…」
ロランは発光生物によりライトアップされた運河とその光景を見て笑顔となる人々を高鳴る想いを抑え見つめ続けた。
『あぁ…僕の行動も全てが無駄ではなかったということか…』
ロランは煌めく運河と人々を見つめながら知らぬまに一条の涙をこぼすのであった。