125話 英雄のカルマ ~ブラッドウォール~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
コルチェリの創業者であるブラム・レシティとの会食まで時間があるため、ロランはレイチェルと継続して食事を愉しむことにした。
「レイチェル、例の進捗状況を送ってくれるかな…」
「少々お待ちください…」
レイチェルはテーブルに置いていたサングラスをかけるとフレームの電源ボタンを入れタッチパッドになっている箇所を操作し空間上にディスプレイを表示し対象ファイルをスクロールで検索していく。
空間上に表示されるディスプレイのスクロールは指に連動しスムーズに操作できた。
これは高性能スマートグラスより射出する赤外線で指を追尾し空間上の位置を把握しているからであった。
レイチェルは対象のファイルを選択するとサングラス型のスマートグラスから脳内の脳波通信インプラントにデータを送り、ロランの脳内通信インプラントにデータを転送した。
当然、レイチェルは脳内通信インプラント使用し時空観測Laboのデータベースにアクセスすることで対象ファイルを取得することもできたが、メッサッリアやトロイトに傍受されるリスクを軽減するため、必要なファイルは100テラバイト格納できるスマートグラスに保存し使用していた。
ロランは脳内通信インプラントでデータを受信すると脳内投影インプラントでファイルを開き進捗状況を確認した。
例の件とはエレボスを宇宙空間で推進させるための高性能プラズマ推進器と複数の大型ロケットエンジンの開発、ワープや次元航法を可能とする超大型アルクビエレ・ドライブ装置と兵器で使用する超小型アルクビエレ・ドライブ装置の開発における進捗状況であった。
ロランは確認が終わると脳内通信インプラントで会話を行った。
""…ロケットエンジンの開発は後回しにしよう。最悪、エレボスは僕の冥王の力で重力を操作し静止軌道上まで浮上させることにするから…""
""…それと兵器として使用する超小型アルクビエレ・ドライブ装置の開発も後回しよう。カルキーズとの戦闘は極力行わないつもりだから…""
レイチェルは不機嫌にロランに返事をする。
""…畏まりました。ただ、現状のエレボスの強度では宇宙での航行や大気圏を抜ける衝撃に耐えることはできません。崩壊を防ぐため強化する必要があります…""
""…エレボスの強化は土属性魔法に特化しているエクロプスとundergrouder(アンダーグランダ―)の一族が適任かと…""
""…それと秘匿情報については邸で行いませんか。今は肉声でロラン様と会話をしたいのです…""
『僕はつくづく女性に対する気遣いができないな…』
ロランは直ぐに脳内通信インプラントでの会話を終了し肉声で会話を行い始めた。
「レイチェルすまない。今日はレイチェルとゆっくり食事をするという約束だったね…」
「ロラン様。世界は平和になったのです。ゆっくり休息をとることも重要なことですよ…」
レイチェル・ロンド・冷泉は西暦3051年7月1日生まれの遺伝子操作されたデザイナーベビーであり地球連邦政府 時空管理局【エフギャツァブ】の隊員である。
時空間航行船の航行中、事故によりこの世界に辿り着いていた。
年代や世界線に違いはあれど共通の地球に関する歴史観を持っていることからロランとレイチェルはハイネローレの街並みがベネチアに似ているなどの話題で盛り上がるのだった。
暫くすると20m先のテラス席で若い女性2人がパルム公国の騎士団と思われる3人に絡まれる声が聞こえてきた。
「「「俺達…うぃっく。騎士団と一緒に飲もうではあるまいか。さぁさぁ…」」」
「「どうかお許しを…」」
ロランは実は女性達の方が強いことを分かっていたため気にしていなかったが、2人きりの貴重な時間を邪魔されたレイチェルは苛立ちを募らせていた。
「ロラン様、ほんの少しばかり席を空けます…」
レイチェルはロランに席を空けることを告げるとサングラスを席に置きスッと立ち上がった。
レザージャケットに白のタートルネック、ロングパンツに黒のブーツ姿のクールな美女であるレイチェルが颯爽とテラス席の間を通り抜け騎士団へと向かっていく。
レイチェルと騎士団との距離が3mになった瞬間、誰もが目を見張った。
レイチェルはフル・シュリケン・スワイプを繰り出し着地する足で騎士団の頭頂部を蹴り落すと続けざまに360度キックであるアルマーダ・コン・マルテロで別の騎士団の顎を粉砕し、最後の一人はパウメイラケブラーダで頭頂部を蹴り落した。
「暴力で女性に迫るのは最も卑劣な行為です。恥を知りなさい…」
『時空管理局はカポエラとトリッキングを格闘術に取り入れているんだ…だけど、レイチェルいきなり頭蓋骨陥没に顎粉砕はやり過ぎかな…』
ロランは席を立つと騎士団の方向に振り向いた。
次の瞬間、ロランはレイチェルの真横に現れる。
ロランは縮地ではなく冥界の王の能力で自分と騎士団との間に強力な重力を発生させ空間を歪め距離を短くすることで移動を行っていた。
「レイチェル、少しやり過ぎたようだね…」
ロランは言い終わると治癒魔法で3人の騎士団を回復させた。
愚かなことに回復した1人の騎士団が不用意な発言をしてしまう。
「騎士団にこんな攻撃をしてただで済むと思うなよ。この国の騎士団は皆他国の傭兵なんだよ…」
「俺は傭兵として戦場で多くの敵をヴァルハラに送ってきた英雄だ…」
「お前達が安穏とこの国で暮らせているのは俺達のおかげなんだ…分かっているのか小僧…」
その瞬間、空気がピーンと張り詰め、快晴であった空が雲で覆われ辺りは暗くなる。
ロランは自分の逆鱗に触れたこの男を許すことができなかった。
「お前は何も分かっていない…人をヴァルハラに送って英雄になれるわけがなかろう…」
「お前が背負っているものを見せてやろう…ネクタル…」
ロランの両目が赤く染まり3人の騎士団を照らした。
赤い閃光を受けた騎士団は手や足に自分達が今までヴァルハラに送ってきた者達が取りついている光景を目の当たりにし恐怖で震え上がった。
ロランは騎士団に自分を見るよう促した。
ロランを見た騎士団達はあまりの恐怖に正気を失った。
ある者は一瞬で白髪となり、ある者は心が壊れた。
騎士団達がロランの背後に見たものは幅は数キロ、高さは天にまで届きそうな血の壁であり、その壁をよく見ると悲痛な表情を浮かべた多くの人の顔で構成されていたからであった。
『このままでは、ロラン様はエクサリスで起こした惨劇を起こしてしまう…』
かつてロランは盟友であるアルベルトを牢より救出した際、白き世界を使用し二度とアルべルトを裏切らないようエクサリスの市民に恐怖を植え付けていたのだ。
「ロラン様…罪のない者達を巻き添えにするのですか…」
レイチェルの言葉に正気を取り戻したロランはレイチェルと共に静かにテラス席へと戻った。
周囲の人々は急に空気が張り詰め一瞬空が雲で覆われ、その後何故か騎士団が正気を失っていたという認識しか出来ずにいた。
ロランとレイチェルがテラス席で気まずい状態でいると近衛兵団を引き連れた1人の優男が近づいてきた。
ロランは近づいてくる者が誰かが数キロ先から把握できていたのでシャンパンを追加していた。
「お久しぶりですね公爵。それに私の頭の中にある装置を開発したレイチェル殿でしたかな…」
「先ずは我が国の騎士団の無礼、お許し願いたい…」
「それと騎士団は公国の貴重な人財、できれば治癒魔法で回復していただきたいのですが…」
ロランはマンパシエに席に座るよう促した。
「お久しぶりですねマンパシエ卿…残念ですが治癒魔法では精神までは治癒できないのですよ…」
ロランが懐かしむマンパシエとはパルム公国の外相であるアレッサンド・ド・マンパシエ・ツー・ロマーノであり、かつて友と思っていた人物であった。
しかし、マンパシエが事あるごとに策略を巡らし敵対したことからロランはレイチェルが作成した起爆装置付き超小型GPSインプラントをマンパシエの脳内に設置し監視し続けていた。
マンパシエはロランが用意したシャンパンを飲みながら話を続けた。
「公爵…恐ろしい光景を見せすぎです。あの者達はただの傭兵なのですよ…」
「それにしてもアルベルトさえあそこまでのカルマは背負っていませんでした…やはり貴方は恐ろしい方だ…」
ロランはマンパシエがどのような方法で血の壁を見たのかが気になったが構わず話を続けた。
「マンパシエ卿はどうしてこちらに…」
「私は公爵とブラム・レシティ氏との会食に参加するために近くで待機していたのです。ですが何やら騎士団が襲撃されたとの報告を受けたもので、もしかしてと思いまして…」
「まぁ私の予感は確かでしたね。それと嬉しいことに状況は一変した。公爵がリンデンス帝国を選択したように我がパルム公国はリンデンスと運命を共にすることを選択します…」
「つまり、今は味方同士ということになります。私も公爵を封じ込むために策を弄する手間がなくなり安堵しております…」
ロランはふっと笑顔をもらす。
「相変わらず饒舌ですね…さすが稀代のペテン師たるマンパシエ卿だ…だが、正直貴方と味方になれたことは嬉しいです…」
「私もですよ公爵。それと公爵は正常な考えをお持ちのようで安心しました。英雄と呼ばれる者の手は必ず多くの血で染まっている…」
「その者が正義を語るなどあってはならない事…」
ロランは何故マンパシエに魅かれるのか理解した。
『マンパシエ、君は自分自身は見えていないようだ…君の足元には血の沼が広がり幾つもの白骨化した腕が引きづり込もうとしているのに…』
一方、マンパシエはロランが持つスカーフと施された紋章を見て思う。
『リンデフォースを引き継いだ公爵家のカラーは赤、盟友アルベルトは別名がメッサッリアの赤き剣…どうして私の周りは赤ばかりなのか…』
夕日がハイネローレを包み込み運河はそれぞれも想いを溶かしながら今日も静かに流れていくのだった。
2021.01.19 取り入れているだ→取り入れているんだ