124話 新天地 ~平和な世界に要らぬ者~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
「レイチェル、午後の予定を教えてくれるかな…」
ロランはレイチェルとパルム公国の首都ハイネローレにあるカフェで美しい街並みを見ながら食事をしている。
ロランは6月の終わりにハイネローレにあるエイブラハム魔法大学に編入し、レイチェルには今後の開発計画を綿密にするため秘書業務を兼ねさせながら身近で任務を行わせていた。
「本日は18時よりコルチェリの創業者であるブラム・レシティ氏との会食が入っております…」
コルチェリとはこの世界における最大手の機械式腕時計メーカーであり、洗練されたフォルムからパルム公国のみならずフォルテア王国、リンデンス帝国やメッサッリア共和国にトロイト連邦共和国など多くの国々に愛好家を持つ巨大メーカーである。
「ロラン様、ブラム氏との会食にはカティス・ブリアン商会のヨナス・キンケル氏を同席させなくて宜しいのですか…」
機械式時計の内部部品には耐摩耗性に優れたルビーを使用されていた。
ロランはこの世界で精巧な腕時計を作り上げたブラムに興味を抱いたと共に、リンデフォース領で産出されるルビーの販売先とすることで新たな人脈を作りたいと考えて会食の予定を入れていた。
「ヨナス会頭には話が固まってからご参加いただくことにしようと思っている…」
カティス・ブリアン商会は商会連合の中で最大の宝石商であり、既に各国に対し独自の宝石販売ルートを確立していた。
ロランとレイチェルがいるテラス席はローレンス川の水を人工的に引き込み造り上げられた運河の直ぐ隣にあり、光り輝く水面と洗練された建物や食器に囲まれるという優雅な空間の中で緩やかな時を過ごしていた。
ワインに酔ったふりをしたレイチェルはサングラスを外すと以前から気になっていた質問をロランにぶつけた。
「そういえばロラン様。西クリシュナ帝国のダーシャ・クリシュナ皇帝が近くご出産されるそうです。父君はどなたなのでしょう…」
「この世界の科学レベルでは処女受胎は無理なはずですので…」
レイチェルは話し終えると正面に座るロランの息使い、体温変化、心拍数、発汗、声の周波数の変化から真実を話しているかどうかを見極めるため、ロランを正視した。
ロランはやれやれという仕草を交えながら質問に答えた。
「レイチェル。僕ではないよ…」
「レイチェルも知っているだろう。僕やレイチェルが外出している際はトイレやシャワーなどのプライベート時間を除き、襲撃に備えてオム率いるArgos部隊が監視していることを…」
レイチェルは自身の皮膚に施してある高機能生体感受性インクを用いたスマートタトゥと体内に埋め込んでいるマイクロチップ・インプラント、視覚を駆使し息使い、体温変化、心拍数、発汗、声の周波数などの情報を取得し、額のバイオコンピュータで分析を行った。
『どうやらロラン様は嘘は言っていないようね…』
『でも、時空観測Laboで取得した胎児の魔力波動は確かにロラン様の波動と酷似していたのに…』
レイチェルは疑問は残るもののロランと二人きりでいられるこの時間を愉しむことにした。
ロランがエミリアと別れてから5ヶ月の歳月が経過していた。
ロランはエミリアの記憶を消去し馬車で送らせた直後、全世界の人々の記憶を書き換えるため、アルジュに精神操作を可能とする魔曲【月光神の巫女】を歌わせ、自身はフォース・ドラゴンの翼のみを具現化させた竜現体の姿となり【声なき声】にて脳内にアクセスし新たな記憶を定着させた。
新たな記憶は自分とエミリアは婚約をしていないというものであり、敵国の諜報機関がエミリアを対象にしないようにとの配慮であった。
この記憶の書き換えは、残念な事に非常に魔力量が高い者や国家元首や将軍など精神力が強固な者には効き目はなかったがその人数は僅かであるため、人々の脳を損傷させないようロランはそれ以上の対策は取らなかった。
だが、この記憶の書き換えがロランを取り巻く環境を激変させることになる。
ロラン達の奮闘により、アヴニール国家連合とプロストライン帝国、東夏殷帝国の3勢力によるパワーバランスは強固となり、国家規模の紛争のない平和な世界となった。
平和な世界になった事で強大な軍事力と経済力を持つロランの存在は、国王であるレスターや宰相であるワグナー公爵、外務大臣であるリックストン公爵、内務大臣であるトーニエ=スティワート公爵の三大公爵家にとって突出した脅威となってしまった。
記憶を書き換える以前であればロランはエミリアの婚約者であったことから、リックストン公爵がロラン擁護に徹し足並みが揃わなかったはずであるが、その要素が欠如したことでロラン排除の包囲網が容易に確立された。
包囲網が確立した後は反ロラン勢力の勢いが増し続け、アゼスヴィクラム暦740年6月、国王の命を狙ったとする国家反逆罪の濡れ衣を着せられ、ロランは公爵の爵位をはく奪されるに至ったのだった。
ロランはアンチ勢力が行った情報操作を初期段階で把握していながら、SilentSpecterを使用し封じ込めを行うとはしなかった。
その最大の理由は、ロランの魔法学における師であり命の恩人であり盟友であるクリスフォード・ド・モンパーニュが自身のルーツであるパルム公国の首都ハイネローレにあるエイブラハム魔法大学にて教鞭をとりたいと切に願ったからであった。
かつて、クリスフォードはロランが神聖ティモール教国の地下遺跡でグングニルシステムによりスタイナー計画と密接に関係した理力眼が完全作動した際、理力眼を停止させるためグングニルシステムを強制終了させていた。
強制終了した結果、ロランは意識を飛ばしその場で倒れ、ロランの危機的を察知し天空に現れた天竜であるヴァイスドラゴンの怒りを一身に受けることでロランの救助と神聖ティモール教国の存続を成し遂げていた。
その代償は大きく、ヴァイスドラゴンによりクリスフォードの腹部はドラゴンの外皮である竜剛皮へと変化させられ、日を追うごと竜剛皮の範囲が広がることで激痛と毒性から命を削られていたのだ。
同胞でるあるヴァイスドラゴンが秘匿処理を施したことにより、クリスフォードの容態を察知できず、公爵の爵位を剥奪される1ヶ月前にクリスフォードがカント魔法大学の教壇で倒れた事で全ての事態を知った。
その後、ロランは『生命を司る天竜の能力』と『生命そのものを操作する冥界の王の能力』を駆使し、クリスフォードの命の炎を再び燃え上がらせ、細胞を正常化させ可能な限り竜剛皮化した箇所を縮小させることで命に別状ない状態にまで治癒させることに成功していた。
ロランが公爵の爵位を剥奪された直後、ジェルドやツュマ達は爵位を返上しロランと共にリンデンス帝国に拠点を移し、ロランはエイブラハム魔法大学に編入するに至るのだった。
「ロラン様。皆、口には出しませんが王国と同じ爵位をリンデンスで賜って満足しているようです…」
「ラグナル陛下は話が分かる御仁だからね…」
リンデンス帝国の皇帝であるラグナル・デ・リンデンスはロランの配下の者に王国と同等の爵位を与えて欲しいという要望を快諾した。
リンデンスを建て直したロランの要望という事もあるがロラン達の拠点があるということはアヴニール国家連合におけるリンデンスの発言権が高まり莫大な利権を取得できるからであった。
「王国ではグレイチェスカ公爵を王国軍の元帥に据え、複数の主要な大臣職を兼務させたようですが、どうやらグレイチェスカ公爵は近く神聖ティモール教国に逃亡されるようです…」
グレイチェスカ公爵とは勇者としてこの世界に転移した『悠真・フォン・グレイチェスカ』のことである。
「レイチェル、逃亡とは酷い物言いだね。悠真さんも勇者として秀でた能力を持っている。今まで評価が低かったのに急に掌を返したように好待遇で接してきた王国の態度に嫌気がさしたんだろう…」
「それに、平和な世界においては強力な力を持つ者は脅威の対象にしかならない。鳥籠に捕らえられた鳥のように監視され続け息が詰まっていたかもしれない…」
「加えて王国民の評価は潮の満ち引きのように変化するからね…」
『そのグレイチェスカ公爵の役目を奪った最大の張本人は、多くの魔人や魔物を支配下におき人に襲いかかることを禁じたご自分ということを認識していないのですね…』
レイチェルは余計な考えは口にせずロランとの会話を続けた。
「グレイチェスカ公爵も状況を冷静に分析し、即時に対応策を検討し実行する意思があれば違う選択肢もあったでしょうに…」
「そうかも知れないね…」
ロランはそう言い終わると再び紅茶を飲み、運河を眺めながら想いを巡らせるのだった。