123話 シャンバラは恒星を放つ ~エレボスエクスぺリメント~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
「ダーリン…。もう、この実験は止めるべきです。ダーリンがダーリンでなくなってしまう…」
ここはメラ―海の北西に位置する地図には存在しない瘴気と暗黒物質で満ち溢れる列島エレボス。
ロランはクロスと共に禁断の実験を行いアルジュにエレボスの存在を隠ぺいする密命を課し、その成果を見つめていた。
エレボスにはロランが異世界から召喚した魔物やクロスが狩ってきた強力な固有魔法を有する魔人や魔物、黒曜の丸屋根の中でも狂気と獰猛さが桁違いであるキメラを戦わせその結果生じるメタモルフォーゼと勝者となったものの特性を調査していた。
そう、ロランはエレボスを使い壮大な"蟲毒実験"をしていたのである。
「しかし、形態を変化させ植物のように群生してしまう魔物が発生してしまうとは…」
クロスは想定と異なる結果に呆れたといわんばかりの仕草をみせるのだがロランとアルジュは眼前に広がる光景に言葉をなくしていた。
ただ、ただ悍ましい光景。
「失敗だ…これではシャンバラのカルキーズ達の特性を分析することができない…」
シャンバラとは時空の不連続面から多数の異世界の者達が降下し"種の存続"をかけ苛烈な戦闘が繰り広げているシュマッド大陸のコードネームであり、カルキーズとはロランが冥界の王の力で発生させた超重力により現在の次元と乖離させる次元障壁を超えてくるであろうシャンバラで誕生した超越者達の総称である。
ロランとクロスは、将来カルキーズと戦闘に至った際の対処法を見出すべく、時空の不連続性により直接観測できないカルキーズの特性を分析するため、生態的地位の実験を行う結論に至った。
ロランとクロスは有胎盤類と有袋類の例のように環境が異なっても似通った生態系が形成される生態的地位が適用するはずと仮定したのだ。
威力は異なれどカルキーズ達の能力と似た特性を取得するはずだと。
だが現実は、ただただ悍ましいだけであった。
「ロラン様、今回は集めてきたサンプルの質に問題があったようですね。次回はより固有魔法を保持する種をサンプルといたしましょうか…」
クロスの提案にロランは小さく首を左右に振り実験の中止を促した。
「クロス。カルキーズの対抗手段は、僕の重力を操作する能力を脳波通信インプラントを介して皆も使用できるようにする手段とする……」
「それと脳波通信インプラントによる能力伝達を阻害されることを考慮し、レイチェルの時空間航行船ユリシーズで使用されているアルクビエレ・ドライブ装置を小型化し腕に装着できる兵器も開発する。エネルギー的に使用できるのは1回限りだけどね……」
クロスは少し考え込んだ後ロランにある質問を投げかけた。
「ロラン様。カルキーズとの戦闘でRedMistと LVSIS、FortunaやSilentSpecter部隊が歯が立たないと判明した際はいかがなされますか…」
「エミリア様のため、最後まで戦われますか。我らを道連れに…」
ロランが考えあぐねている姿を見かねてアルジュは2人の話に割って入った。
「ちょっとクロス様。その言い方はダーリンに失礼ですよ。どのような超越者であれ、三次元世界での戦闘となれば物質化は絶対に必要でしょ…」
「物質化するのであれば重力の影響は確実に受けるはず。そこに勝機はあるのでは。それと私達はダーリンのために存在しているはずですよ。それを道連れだなんて…」
クロスは両の掌を軽く広げ、論点はそこではないのだよと言いたげな素振りをしアルジュを余計に怒らせるのだった。
「クロス。僕はもう誰も失いたくない。誰一人として…」
「このエレボスには10万人ぐらいは居住できるはず。カルキーズに勝てないと判明した際は皆と皆の家族をこのエレボスに転移させ、このエレボスを僕らが生きていける別の惑星へと航行させる…」
「それではエランディア大陸とガリア大陸の多くの民を見捨てることとなりますが良いのですか…」
ロランは顔を下に向け頷ずく。
「いいでしょう。先ずは世界よりも我らの安全を優先していただけたのですから。それにレイルロード。いや、能天使であるレクトリオンにはより良い脱出方法を探らせているのでしょうから…」
クロスは話を終えると指を鳴らし一瞬のうちにエレボスの生物を消滅させた。
ロランは修復しつつある理力眼でクロスが時空間魔法を使用したことを理解した。
「クロス。君が使用した魔法は時空間魔法だね。理力眼にその魔法をコピーするように使用したのか…」
「ロラン様の理力眼は修復途中のはず。その状態では時空間魔法は使用できますまい。私が御使えしたいのは理力眼が完全に開眼したロラン様なのです…」
「恐怖と狂気の根源たる御方。その御姿こそ本来のロラン様なのですから…」
ロランは何も言わず繋門を使用し二人を連れ邸へと戻るのだった。
西クリシュナ帝国の王宮であるチェカプ宮殿でダーシャ・クリシュナと会ってから5ヶ月が経過していた。
その間、ロランは極秘裏に黒龍輝と名乗り光武帝の末弟である赤狼王と共に、プロストライン帝国と東夏殷帝国における紛争の火種となっていたゴルダート大高原の奪還戦に参加し勝利に導いていた。
それだけではなく、雷帝との戦闘後半年間ロンギヌスを打ち込んだプロストライン帝国が万が一にもフォルテア王国に侵攻してくることがないようルディス配下のSilentSpecterと特殊工作部隊である"蜘蛛"や"蝙蝠"を使用し、クローン体でなく精神転送装置による記憶継承も行われていないアレキサンドラを皇帝に据えることに成功していた。
ロランは邸の庭園でエミリアにプロポーズをするため、久しぶりにエミリアをデートに誘った。
デートといっても邸内を選択してしまうロランの行動が歯車を歪を弾ませた。
ロランはエミリアと庭園を歩きガゼボの椅子に座りエミリアを見つめた。
「エミリア。これまでエミリアとゆっくりと話をすることも出来なかったね。聞いてもらいたい話があるんだ。いいかな…」
エミリアの表情が曇っていることに気づいたロランはプロポーズを成功させるため先にエミリアが言いたいことを話してもらうよう話を促した。
「エミリア。何か話したいことがあるの…」
その瞬間、エミリアの瞳から一条の涙がこぼれた。
「ロラン。あなたを開放してあげる…」
「あなたはいつだって私が傍にいて欲しい時にいてくれない。私の話を聞こうともしない…」
「私に何も相談してくれない。私を見ようともしない…」
「私はいつも心配するばかり。待つばかり。もう嫌なの、私が私でなくなることが、こんな思いをすることが…」
ロランは狼狽した。
ロランは能力を使用しエミリアの思考を読み取ることも出来たが愛しているが故にしてこなかった。
そもそもロランは少しでも早く平和な世界を構築することでエミリアとの大切な時間を長く紡いでいこうと考えていたのだ。
口にしなければ伝わらない思いは存在する。
「エミリア…僕は君の事を愛して…」
エミリアはロランの言葉を遮るように言葉を被せた。
「もう、私を開放して。私にはあなたのようなバケモノを理解できない…」
エミリアは興奮のあまり、心にもない失言をしてしまう。
ロランの中で糸が弾ける音が鳴り響いた。
異世界に来て10年あまり、世界を平和にすることで自分の居場所を作りたかっただけだった。
「ごめんね。エミリア、僕が他の事にかまけてばかりいて君を一人にしてしまった…」
ロランは左手をエミリアに向けると自分に関連する記憶をエミリアから消去した。
「エミリア・フォン・リックストン。ガゼボで寝てしまっては風邪をひきますよ。馬車を用意させますので御帰りを…」
「スタイナー公爵、どうしては私は公爵の邸のガゼボに座っていたのでしょう。それに何故公爵は泣いておられるのですか…」
「リックストン嬢、それはカント魔法大学での講義内容について語りあっていたのですよ。それとこれは涙ではなく雪が解けたのでしょう。寒くなって参りました御風邪を召したら大変です。馬車を急がせましょう…」
アリーチェ・デ・クロエは『予知の間』で恒星を手放してしまったロランの未来が大きく変容していくことを嘆くのであった。
アゼスヴィクラム暦740年2月。
フォルテア王国は20年ぶりに雪が吹きすさぶ。
時を同じく西クリシュナ帝国ではレアンシュ・マ二が皇帝であるダーシャ・クリシュナに注意を促していた。
「ダーシャ様、本日は一段と冷えますぞ。もう御一人の御身体ではないのですから、さぁ暖炉の傍へ…」
「相変わらず、せせこましいですねマニは…」
ダーシャ・クリシュナは処女受胎していた。
お腹を撫でるダーシャの瞳は慈愛に満ちた母親の瞳のそれであった。