121話 多重世界のコンバージェンス
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
ロランは、帝国軍の強化と飛行船建造施設と整備施設に滑走路建設の目途がついたことから、邸の地下拡張の着手にかかった。
地下拡張にはエクロプスとundergrouder(アンダーグランダ―)が必要であったことから、ロランはテレパスでレイチェルに通信を行った。
予期せぬことであったがテレパスによる通信が確立出来なかったため、ロランは脳波通信インプラントによる通信に切り替え、秘匿箇所である"エリア9"でも通信可能な特殊周波数を使用し通信を試みるのだった。
""…レイチェル。聞こえるかい…""
""…はい、聞こえます。ロラン様どういたしましたか…""
ロランは『…エリア9におけるセキュリティを高く設定し過ぎたな…』と思いつつ脳波通信インプラントによる通信を継続した。
""…レイチェル。エクロプスと精鋭のundergrouder50名を1時間後に指定ポイントに転送して欲しい…""
""…了解しました。一日での転送上限を超えますので、RedMist部隊の演習地への転送は中止いたします…""
通信後、レイチェルは全方位型転送ルームに移動するとテレパス通信によりエクロプスと交信し、30分以内に精鋭のundergrouder50名を連れ全方位型転送ルームに来るよう連絡を行うのだった。
ロランはというと通信後、庭園の中央で右手首のブレスレットを外し転送ポイントを設定しエクロプス達が転送されるのを待つのだった。
指定時刻より15分早く、エクロプスとundergrouder達が庭園に出現するとロランは用件を話し始めた。
「…エクロプスとundergrouderの諸君。急に呼び出してすまない…」
「…早速なのだが、レイチェルが使用する時空観測Laboを拡張し、その下層に中央戦闘指揮所と開発Labo用の地下空間を建造してもらいたい…」
ロランは、リンデンスに存在するオベリスクに起因した時空の乱れが発生する可能性があることから簡易版の時空観測Laboを設置していた。
「…ロラン様畏まりました。時空観測Laboの拡張と新規の地下空間を完成させた後は、一族に長期休養をいただけるでしょうか…」
ロランはエクロプスの問いに即答する。
「…勿論だよ、エクロプス。ただし、魔導列車が運行する地下通路の保守だけは行って欲しい。エクロプスの一族に勝る者はいないからね…」
「…畏まりました。5年間大規模掘削がないという事であれば一族も納得しますので、ご安心ください…」
ロランは、エクロプスにミッション完了後は地上の景色を観覧しながら帰還できるよう飛行船を使用するよう伝えるとアルジュ、ワーグ、アーク、スティオンを伴い繋門を使用し急ぎ王国の邸へと戻るのだった。
2週間後にカント魔法大学の夏季休暇が終了することから、ロランはそれまでにクリスフォードと今後の世界の安定化に向けての安定化について相談をしたいと考えていたからであった。
邸に到着するとロランは皆に謝意を述べ解散させるとテレパスを使用しクリスフォードと日程の調整を行った。
邸に帰還してから2日後、ロランはカント魔法大学の魔法学教授室にいた。
「…公爵。アヴニール国家連合とプロストライン帝国、東夏殷帝国の三勢力により世界の安定を図ろうとするのであれば、西クリシュナ帝国は連合に参加させず中立国とすべきです…」
「…クリスフォード。それでは脆弱な軍事力の西クリシュナは常にプロストラインや東夏殷から侵略されるリスクを抱えてしまう…」
「…公爵が両帝国に西クリシュナに肩入れしていることを知らせれば西クリシュナが侵略される事は無いと思いますが、万全を期すならば国家連合に参加する国々や東夏殷との間で"相互不可侵条約と通商条約"を締結させれば宜しいと考えます…」
ロランは何故、クリスフォードが西クリシュナ帝国を中立国とするよう進言したのか疑問に思い尋ねるのだった。
「…クリスフォード。何故、西クリシュナを国家連合に参加させず、中立国にして各国と相互不可侵条約と通商条約を締結させる方法を推奨したのか教えて欲しい…」
「…公爵。それは西クリシュナの地理的位置が三勢力にとって重要な位置となるからです。西クリシュナがいづれかの手に落ちれば三つ巴のバランスが崩れ戦乱を招きます…」
ロランは、クリスフォードの論理的な見識に感心すると共に危惧を抱くのだった。
すると今度はクリスフォードが予期せぬ質問をロランに投げかけてきた。
「…兼ねてから思っていたのですが、公爵はこの世界より進んだ文明の異世界から来られたか、その知識を持った方ですね…」
「…公爵の発明品や武器、戦略や戦術、軍勢の構成などから察するとこのような結論に達するのですが如何ですか…」
ロランは少し悩んだが友でもあるクリスフォードに対しては真実を伝えても良いと判断した。
「…クリスフォードの推測通りだよ。僕は異世界人だ…」
「…やはりそうでしたか。公爵はこの世界に価値を見出していない可能性があるため、忠告させていただきます…」
「…公爵とレイチェルしか入ることができない"エリア9"ですが、過去を改変する行為やシュマッド大陸に対する攻撃準備を行っているのであれば、御止め下さい…」
ロランはエリア9での内容は異なるものの記憶を操作して忘却させた過去の改変やこれから行おうと計画していたことをクリスフォードに指摘され、動揺した。
「…古文書では、我らが暮らすエランディア大陸と陸続きのガリア大陸の裏側にはシュマッド大陸と名付けられた禁忌の大陸が存在するとされています…」
「…私はこれまでただの伝説に過ぎないと思っておりましたが、歴史上調査に赴いた船団が1隻も帰還していない事やレイチェルが時空観測Laboを構え南半球における時空の不連続面を監視していることからシュマッド大陸は存在すると確信しました…」
「…これはあくまで推測ですが、時空の不連続面から多数の異世界の者達がシュマッド大陸に降下しているのではないか。その中には、公爵と対応に渡り合える能力者や公爵をヴァルハラに送ることができる武器を所有する者が存在するのではないかと考えます…」
ロランは、クリスフォードの精度の高い推測に敬意を表し自らの考えを述べるのだった。
「…クリスフォードの推測通りだと思う。エランディア大陸とガリア大陸は多くの世界が重なり合い収束した世界である。一方、時空の不連続面が発生するシュマッド大陸は今この時も多くの異世界の来訪者が出現し、自らの種の存続をかけて戦闘を行い、種の収束を続けている世界と推測している…」
「…だからこそ僕は、早期にエランディア大陸とガリア大陸上でのあらゆる戦闘を終結させ、時空の不連続面を超えて侵略してくる可能性があるシュマッド大陸の未知なる種に対抗するために準備を整えている…」
「…それにまだシュマッド大陸の未知なる種が、時空の不連続面を超えて侵略しにくると決まったわけではないから皆には黙っていた。これが真実だ…」
クリスフォードはその戦闘の切り札がクロスやアルジュ、アリーチェやレイチェルなのだと直感した。
「…公爵は確か重力を操作できる能力を持っておられるはず。重力を極大にすれば空間は歪み、空間と密接に関係する"時の流れ"も歪む…」
「…しかし、その原理を応用した時間攻撃は止めていただきたい。世界が大きく変化してしまう…」
「…公爵にとっては不協和音で満ちた世界なのかもしれない。しかし、この世界で生まれ育った者にとっては唯一の世界であり、守られるべき歴史なのです…」
ロランはクリスフォードのこの世界を想う気持ちを理解し、約束を交わすのだった。
「…クリスフォード。僕はシュマッド大陸の未知なる種が攻撃を仕掛けてこない限り、"時の流れ"を歪める攻撃は行いと誓う…」
「…時の流れを歪める攻撃を行う事により。あるいはアカシックレコードに接触したことで観測者となった僕がヴァルハラに旅立つ事があれば、観測者効果が失われ、電子の動きと同様に多重世界が収束したこの世は今とは異なる世界になる可能性が高いからね…」
クリスフォードはロランが自分の忠告を受け入れてくれたことに納得しチャイを一口飲むと別の忠告をするのだった。
「…公爵。これはより現実的な忠告となりますが、公爵を筆頭とする我らの派閥はあまりにも多くの上位貴族が所属しているため、他の貴族派閥に妬まれ謀略を図る者を生み出すやもしれません…」
「…他の貴族派閥からの謀略を阻止するため、公爵と親交が深いグラム公爵とその義の息子で内務大臣であるトーニエ=スティワート公爵、それとエミリア嬢の父君であり外務大臣であるリックストン公爵の御三方に、公爵の後見人となっていただく事が最善の方法かと考えます…」
「…これにより、全ての貴族派閥は公爵にも我々にも手を出すことは出来なくなりますから…」
ロランは後見人の件は検討するとしてクリスフォードに謝辞を述べると新たな問題を抱え教授室を後にするのだった。