119話 蒼玉の剣に紅玉の槍と翠玉の法典
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
『…アリーチェ様とはいったいどうような御方なのでしょう…』
エミリアは庭園を散歩しているアリーチェを見つめ、これまで抑えていた疑問がふと頭をよぎるのだった。
『…アリーチェ様は、他の方々と同様に何か特殊な魔法や能力を持っているのかしら…』
一度、心の表層に浮かび上がった疑問というものは、必ず自然と膨れ上がっていく。
そこで、エミリアは自分を護衛するバレンティナとスプリウスに対しアリーチェの人となりを尋ねるのだが、2人は「「…温和で優しい方です…」」と求めていたものと異なる返事をするのだった。
すると、庭園テラスのテーブルにバレンティナとスプリウスとともに座り、紅茶を飲んでりるエミリアに気付いたアリーチェが声をかけてきた。
「…エミリアさん。一緒に庭園を巡りませんか…」
アリーチェは自分を護衛するロベルトとエミリアを護衛するバレンティナとスプリウスに待機するよう命じるとエミリアを連れ庭園を歩き出した。
リンデンスに行った際はルミール、アルジュ、ミネルバも一緒におり、意識せずに話をできたのだが、2人きりは初めてであり緊張のあまりエミリアはアリーチェを見過ぎていた。
アリーチェは25歳なのだが自分と同じ19歳ではないかと疑うほどに。
「…エミリアさん。ここで座ってお話をしましょうか…」
アリーチェとエミリアは、真紅やピンク、オレンジや青の薔薇に囲まれたガゼボ内の椅子に座るとテーブルに真紅のクロスをかけ、魔法鞄から紅茶セットを取り出し寛いだ。
「…アリーチェ様は未来を予知する能力があると御聞きしましたが本当なのでしょうか…」
瞳と髪がブラウンで、髪は耳にかかるふわりとしたボブカットで、リップにピンクのルージュをあしらったアリーチェは穏やかな口調で話し始めた。
「…本当に聞きたいことは別のことですよね。気になっていることを聞いてください…」
エミリアはロランとの関係や何故皆がアリーチェを別格視するのか、ロランの事をどう思っているのかを尋ねたのだが、その度はぐらかされた返事をされてしまった。
「…いい、エミリア。ロラン様は今は蒼玉の剣を手に入れ、近い将来、紅玉の槍と翠玉の法典を手に入れることになります…」
「…あなたはあの方の恒星、私はあの方の月。それだけは忘れないでね…」
アリーチェは謎めいた言葉を残すと一人ガゼボを後にした。
『…サファイアの剣にルビーの槍、それにエメラルドの法典ってどういう意味なの…』
エミリアはアリーチェの謎めいたベールを取るどころかさらに深めてしまい、暫くの間ガゼボで一人考え込むのだった。
一方、ロランはというと開発Laboでワーグに相談事をしていた。
カント魔法大学が夏季休暇中であったことと、2年8ヶ月前に国土交通大臣を罷免されてから王国の公務に関与していなかったこともあり、懸念事項である西クリシュナ帝国とリンデンス帝国における領地管理について手を付けようとしていたのである。
「…親方。西クリシュナ帝国は未だに主要な産業がないから、ドワーフ達に工業製品の生産を行ってもらいたいんだけど、どうかな…」
ワーグは作業台に両肘をつき頭を抱えながらロランに返事をした。
「…ロランの頼みでもこればかりは承知できんな。今の西クリシュナがどうだと言ってるわけではない。クリシュナ帝国時代に多くのドワーフ達がキメラの人体実験の犠牲となったしこりがある…」
「…クリシュナと聞いただけで皆断るな…」
『…そういう理由なら無理は言えないな…』
ロランが黙り込むとワーグは別の話題を持ち出した。
「…そういえば今、夏季休暇中だったな。それにアルベルトを助けるためエクサリオスの市民に恐怖を与えたことで罷免され公務もしていないのだろう。なら、リンデンスに行ってみないか…」
「…それに東夏殷帝国とアヴニール国家連合との条約交渉は、エミリアの親父さんであるリックストン外務大臣が進めているのであろう。若いもんはたまに息抜きせんとな…」
ロランもリンデンスに行き、領地である鉱山や天然資源の管理、邸の防衛体制強化と帝国軍の強化や飛行船製造を産業化することを考えていたので、直ぐにワーグの誘いに乗るのだった。
数日後、ロランはアルジュ、ワーグ、アーク、スティオンを連れリンデンス帝国内の邸に移動した。
現時点での邸の執事やメイド達はクロス配下の魔人であり警備も兼ねている。
「…皆、リンデンスで行うことを話すよ…」
「…ダーリン。久しぶりに私とデートですか…」
『…やっぱりアルジュだな。これはこれで元気になる…』
ロランは咳ばらいをすると本題に入った。
「…僕とワーグはリンデンスのドワーフ頭と会い、リンデンスにおける飛行船の製造拡大とメンテナンス人材の補充について相談を行う…」
ワーグはロランの話に頷くことで相槌を入れる。
「…続いて、僕とスティオンはここに居住するグリーンアイズの族長と飛行船の操縦や永久凍土の再凍結、帝国の政務や軍での役割について協議を行う。スティン宜しく頼むね…」
「…了解しました。しかし、族長が失礼な態度を取らないか心配です…」
スティオンが心配するのも当然であった。
リンデンス帝国におけるグリーンアイズは、元プロストライン帝国兵と古くからの居住者、一族が集結し始めたという話を聞きつけ他国から移住してきた者によって構成され、当初2,000だった人数は30,000人にまで膨れ上がっていた。
元プロストライン帝国兵はオールトベルト平原での敗戦後、ロラン達により捕虜として連行されロランとスティオンの配下になることを拒絶した者達であり、ロランとスティオンの事を毛嫌いしていた。
「…スティオン、そんなに心配しなくても。今でもグリーンアイズの皆には飛行船の操縦や永久凍土の再凍結は行ってもらっている。恐らく大丈夫なはず…」
ロランもそのことは気になっていたが『…話し合ってみなければわからない…』と楽観的に構えていた。
するとアークが怪訝な顔をし、ロランにリンデンス帝国の軍強化について問いただした。
「…ロラン様が、リンデンス帝国の公爵でもあることは存じております…」
「…だからと言ってリンデンスの軍を強化することは王国に対する裏切りではないですか…」
清廉潔白なアークにとってロランの行動は不可解過ぎるのだった。
「…王国には僕らがいる。リンデンスはトロイト連邦共和国とプロストライン帝国に挟まれ陸戦ではあまりに脆弱すぎる。王国の真の同盟国と言えるリンデンスを滅ぼさせるわけにはいかない。この理由では不服かな…」
「…私は常に御一人の方に忠誠を尽くしていきたいと思っておりますので、つい余計なことを…」
「…今はロラン様が私の命を捧げるべき御方。出過ぎた行為をしてしまいました…」
リビングは険悪な雰囲気に包まれる。
するとアルジュはいつもの調子で険悪な雰囲気を吹き飛ばすのであった。
「…ダーリンは全知全能ではないの。正しいこともすれば誤ったこともする…」
「…誤っていると思えば正せばいいの。そのための私達でしょ。まぁ私はダーリンが正しかどうかなんてどちらでもいいの…」
「…私はね。ダーリンを信じ、同じ場所で同じ時を過ごせれば、それが私の幸せだから…」
一同はアルジュによってダイニングルームに連れていかれ、魔人達が用意したディナーに舌鼓を打ち、楽しい時間を過ごした。
アルジュの瞳とスティオン達グリーンアイズの瞳は、エメラルドのように深いグリーンである。
この世界でもエメラルドは魔物除けや慈愛の力があると信じられているのだが、それだけではなく"冥界の石"とも信じられていた。
ゆえに、グリーンの瞳を持つ者達は運命に導かれるようにロランの元に集まり、強く惹かれるのだった。