117話 揺れる天秤
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
アゼスヴィクラム暦739年7月5日、ロランは王宮で最も格式がある『謁見の間』通称『太陽の間』において、東夏殷帝国兵7万を撃退した功績の褒賞を受けていた。
国王であるレスターはロランに顔を上げるよう声をかける。
「…面をあげられよ"ロラン・フォン・スタイナー"公爵…」
ロランはゆっくりと顔を上げ、レスターに対し微笑んで見せた。
「…雷帝の呪いは治ったようであるな…」
今より1年前、レスターはロラン率いる軍勢がプロストライン帝国兵5万を退けた功績を"太陽の間"で行った際、ロランがかけていた真紅のバイザーを外させ異形の瞳を見ていたのである。
実際には雷帝の呪いではなく瞳は異形のままなのだが、ロランはナノマシン入りの点眼薬を使い、魔力でナノマシンの配置を制御し特定波長の光を反射することで"黒色の瞳"を形成していた。
「…1年前は、雷帝との戦闘後に半年間、邸に閉じ籠っていたため、弱りきった姿を御見せしてしまいました…」
レスターもロランに微笑みながら会話を続ける。
「…実はそなたの弱り切った姿を見て"ほっ"としたのだ。ロランも人であったのだなと…」
「…ところでロラン。今回の褒賞は何を望むか…」
レスターはロランが2ヶ月前に領民はいないもののリンデンスより、鉱山や天然資源が産出する領土を与えられていることを知っており、是が非でも今回はロランに領土を与えることを考えていた。
「…3つほど、ございます…」
ロランは、望みが複数あることを告げレスターの承諾を求めた。
「…良かろう…」
「…では、1つ目の願いはリンデンス帝国とパルム公国の間における領土問題に関してリンデンス帝国に領有権があると公式に発表していただく事でございます…」
"太陽の間"に集まった貴族達がざわつき始めたがロランは構うことなく要望する褒賞の話を続けた。
「…2つ目の願いは、王国とプロストラインとの緩衝地帯となっている"オールトベルト平原"、かつてクリシュナ帝国領であり現在私が"黒曜の丸屋根"で隔絶している"キメラの樹海"、東クリシュナと西クリシュナの水源である"アトス湖"の北部領域を我が領土として与えていただく事でございます…」
「…3つ目の願いは、ルディス・フォン・グラントを伯爵に、"スティオン・ラリス"、"バークス・スティンガー"を子爵に勲爵いただく事でございます…」
貴族達はロランの要求が過大すぎると騒ぎだした。
この貴族達の振る舞いが冷静で温和な漢を激怒させた。
「…ドォゴ―ン…」
ジェルド・ヴィン・マクベスが右足を上げ力任せに大理石の床を踏み壊した際に生じた衝撃音が"太陽の間"に鳴り響いた。
"太陽の間"に集まった貴族達はジェルドに恐れおののき静まり返った。
そんな中、国王であるレスターがジェルドに謝意を述べる事で事態を収拾する。
「…ジェルド伯爵のおかげで、この場に静寂が戻った。感謝する…」
ジェルドはレスターに対し軽く会釈を行う。
「…ロランの願い、国王である"レスター・フォン・フォルテア・ツー・カント"が認める…」
「…ではロラン、領土の名は何とする…」
レスターの問いに少し時間をかけ考えたロランは"太陽の間"に差し込んだ光を見て返事をした。
「…クレアシオンとしたく存じます…」
レスターは良い名だと思い微笑むと"太陽の間"に響き渡る声で宣言をした。
「…今日より"ロラン・フォン・スタイナー・ツー・クレアシオンと名乗るがいい…」
ロランはレスターに深々と頭を垂れ、謝意を述べると配下の者を引き連れ"太陽の間"を後にした。
レイルロード伯爵として特殊任務に就いていたレクトリオンは、人間の宴に興味は無いと告げると転移魔法を使用し一足先に邸へと戻っていった。
その後、ロランは褒賞式典に参加した"ジェルド、ツュマ、アーク、ルディス、ブリジット、オム、リプシフター、エクロプス、スティオン、バークス"を連れ、星の涙回廊で開かれた晩餐会に参加した。
ロランの円卓にはエミリアとブリジットが座り、流行りのドレスや化粧品の話で盛り上げっているとジェルドが家族を連れて挨拶をしにきた。
「…ロラン様、宜しいでしょうか…」
ロランは席に余裕があったのでジェルドと家族に対し椅子に座るよう勧める。
ジェルド、妻であるアドリアーナ、長男のアーク、長女のナターシャの順で席に座るとジェルドは妻と娘に挨拶を促した。
「…ジェルドの妻のアドリアーナ・ヴィン・マクベスでございます…」
「…長女のナターシャ・ヴィン・マクベスです…」
と妻のアドリアーナと長女のナターシャが挨拶を行う。
この2人は、ロランが2年前にプロストライン帝国より連れ帰った女性である。
ロランとエミリア、ブリジットも挨拶を済ませたのち、ロランはアークの見事な戦闘指揮を褒め称えた。
「…それにしても東夏殷帝国兵に対する戦闘指揮は見事だった…」
「…アークこれからも頼りにしているよ…」
この後も、ロラン達は食事をしながらジェルドの武勇伝などを聞き大いに場が盛り上がった。
ツュマの円卓はというとオム、リプシフター、エクロプス、スティオンが座り、日頃の鬱憤話やツュマの失恋話で盛り上がり過ぎ、周囲の貴族達をひかせていた。
一方、バークスは空いている円卓を探し一人で細長いシャンパングラスにシャンパンを注ぎ、食事をしていた。
すると、どこからかルディスが現れ、バークスに同席の許可を得るのだった。
「…バークス・フォン・スティンガー子爵、同席しても宜しいですかな…」
バークスは無言で軽く首を縦に振り同席を許可する。
ルディスはバークスの人となりを確認するため、あえて一般的な質問をした。
「…貴殿の東夏殷帝国兵との戦闘における狙撃は実に見事でした…」
「…参考までに、狙撃の極意を教えていただいても宜しいですかな…」
バークスはシャンパンを飲み干すとルディスの問いに答えた。
「…1.5㎞までは複雑な計算はいらない。ただ、2㎞以上は自転や風、空気密度や気温などを考慮した弾道計算が必要となりますな…」
「…つまり、良い狙撃手は数学処理に秀でた者という事になります…」
ルディスはバークスという漢に興味が沸き、別の質問をする。
「…常に両手に手袋をしていますね…」
「…しかも、指が6本あるようにお見受けしますが…」
バークスの6本目の指は、実際は指ではなく毒針である。
近接戦闘時に毒針を伸ばし敵を倒す切り札として使用するため、常時黒の手袋をしていた。
バークスは動揺することなくルディスの質問に切り返した。
「…貴殿の舌は見た目の姿からは想像できないほど長いようですね…」
クリシュナ帝国のキメラ研究により、人と"カメレオン、ヤモリ"のキメラとして生み出された実験体であるルディスは、いつもは長い舌を折りたたみ隠していた。
だが、近接戦闘時は0.01秒で時速90㎞を超える舌を使用し、敵の首をへし折る攻撃の切り札としていたのだ。
ルディスとバークスは、脳内でお互いがこの場で切り札を出し合って戦闘した場合、勝敗はどうなるかシュミレーションし、お互いが相打ちとなるという結論に達した。
ルディスは自分と似たタイプであるバークスの真意を秘密裏に確認したいという欲求にかられた。
ただし、脳波通信インプラントによる通信は全てログとして保存され、レイチェルが監視していることを予測し、脳波通信による手段は選択肢から排除した。
最終的に、ルディスは配下のSilentSpecterや特殊工作部隊である"蜘蛛"や"蝙蝠"、スティオン率いるグリーンアイズ部隊にも諜報されないよう、手を隠しながら指暗号を使用することでバークスに奇妙な質問を行うのだった。
指暗号とはトロイト連邦共和国情報保安局の諜報員達が使用する指で作る形を複雑に変化させることで相手に意思を伝える暗号方式である。
≪…貴殿はロラン様をどう思う…≫
バークスはハイパーヴィジョン狙撃工作部隊の元隊長であり当然指暗号は知っていた。
バークスは少し考え、手を隠しながら指暗号を使用し、ルディスの問いに答えた。
≪…大いなる力を持った偽善者だと思う…≫
ルディスの顔が一瞬険しくなるもルディスはバークスが予想しなかった内容を指暗号を使用し伝えてきた。
≪…あの御方は狂気そのもの…≫
≪…あの御方は戦闘時こそ最も光り輝く…≫
≪…あの御方は私の希望そのものなのだ…≫
ルディスとバークスは、その後一言も交わすことなくシャンパンを飲み交わした。
その後、ロランは席を立ちツュマの円卓に歩いていき、リプシフターに対しホワイトヴィル湖と共にアトス湖の防衛を頼むと依頼する。
「…リプシフター。水中においては君は最強だ…」
「…リプシフターなら成し遂げてくれると信じている…」
「…ホワイトヴィル湖と共にアトス湖の防衛も頼むよ…」
リプシフターはロランの言葉に歓喜し、テーブルにあったシャンパンを全て飲み干すと泥酔しその場で寝てしまった。
ロランは皆の楽し気な姿を見た後、一人バルコニーに出ると淡い光で闇夜を照らす月を見て思うのだった。
『…高位の爵位である伯爵や子爵を誕生させ過ぎてしまったかも知れない…』
この時点で王国におけるロランの貴族派閥に属する伯爵は"レイルロード、アレッサンド・ド・マンパシエ、ジェルド、ツュマ、アーク、ルディス、ジョルジュ・フォン・マクスウェル"の7名、子爵は"ブリジット、リプシフター、エクロプス、スティオン、バークス"の5名であり、高位の爵位が集まる最大派閥となっていた。
『…バランスが崩れる前に対策を打つ必要があるな…』
と思いを巡らせるロランなのであった。