114話 狙われる赤き宝石と蠍
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
アゼスヴィクラム暦739年5月1日、ロランはリンデンス帝国ラビュリント王宮にある"融和の間"にて皇帝である"ラグナル・デ・リンデンス"により公爵の爵位を叙爵された。
皇帝に対し、ロランの叙爵を強く要請した人物は初代首相兼帝国議会議長"フレイディス・デ・リアプノフ"であった。
ロランに与えられたのは公爵の爵位だけでなくルビー・サファイアなどの宝石や金・銀が産出される複数の鉱山と天然ガスが豊富に産出される領土も与えられた。
表向きは、ロランが帝国において憲法で皇帝に大幅な権限を与えつつ、貴族院と帝国民院による帝国議会を設け、国民の意見を取り入れていくことで不満を解消し、安定した立憲君主型の統治機構を構築した功績。
加えて、鉱山や地下資源の開発、ヒートパイプとガラスハウスを使用した砂栽培農法により永久凍土下でも農業を普及させるとともに、タイガ地帯の開発により林業と製紙業を拡大させ、ロストシップの亡霊殲滅により再び漁業を盛況にした功績による授与とされた。
だが真の理由は、皇帝であるラグナルと首相であるフレイディスの両名が凄まじくロランを気に入っており出来れば義理の息子にしたいという思いと、絆を強める事で"アヴニール国家連合" におけるリンデンスの発言権を強めたいという思惑からであった。
ロランにしても、RedMistやLVSIS、SilentSpecterの隊員が1万人近くなり、それに伴い事務方や兵器を保守するメンテナンス要員が増え経費が莫大に増加していた事とアヴニール国家連合内における"メッサッリア・トロイト"勢力 とパワーバランスをとるという思惑があり、願ってもない叙爵であった。
ロランは叙爵式が終了するとラグナル皇帝とフレイディス首相に対し、東夏殷帝国が東クリシュナ帝国の南部を制圧、近く西クリシュナ帝国と東夏殷帝国の暫定国境となっているパリス砂漠で戦闘となる可能性が高いことを報告した。
「…ロラン、戦闘の際は我がリンデンスも参戦するぞ…」
とラグナルはロランに気前の良い申し出をする。
だが、ロランは『ただより怖いものはない』と思い、遠回しにラグナルの申し出を断ると、本題を切り出しお願いすることにした。
「…ラグナル陛下に参戦いただくほど大規模な戦闘には発展しません…」
「…ただ、この戦闘で西クリシュナ帝国の立ち位置がさらに微妙なものとなります…」
「…その際、陛下にはフォルテアと歩調を合わせていただきたいのです…」
ラグナルとフレイディスの顔より笑顔が消えた。
如何に、ロランの事を気に入っているとはいえリンデンスの国益にならない事は行わない選択がこの世界でも正しい選択であったからである。
クリシュナ帝国が分裂後に発足した西クリシュナ共和国は、ロベス・ダントンによる恐怖政治の行き過ぎにより、1年前に国民により打倒されていた。
その後、国民は選挙を行い熱狂的な支持のもとクリシュナ帝国の正統な皇位継承者である"ダーシャ・クリシュナ"を女帝とし再び帝政政治を復活させ"西クリシュナ帝国"へと統治体制を変えていた。
ロランの悩み所は、西クリシュナ共和国と東クリシュナ帝国の国境警備に協力していたメッサッリア共和国とトロイト連邦共和国が、西クリシュナの共和制から帝政への回帰を快く思わず、再び共和制に戻すことを画策していた事にあった。
ロランの軍勢と東夏殷帝国が戦闘となれば、治安維持を口実にメッサッリアとトロイトの連合軍が西クリシュナ帝国に進軍する。
そうなれば"アヴニール国家連合"の存続問題にまで波及し最終的に世界が熾烈な戦場と化してしまうことを危ぶんでいた。
するとフレイディスがロランの心を読んだかのような一言を発する。
「…西クリシュナ共和国もアヴニール国家連合の加盟に署名し、各加盟国と領土不可侵条約を締結しているが、各国は西クリシュナ帝国と条約を締結したわけでない……」
「…屁理屈ではあるが西クリシュナ帝国に対する進軍に大義名分を与えてしまう……」
「…そこでリンデンスにフォルテアと歩調を合わせてくれと言うことだね……」
しばし、3人の間に沈黙がはしる。
口火を切ったのは皇帝であるラグナルであった。
「……良かろう。ほかならぬロランの頼みである"赤き宝石"を共に守ってやろう……」
「……ただし、リンデンスとパルムで抱えている領土問題に関しフォルテアはリンデンスの主権が正当であると公式に発表してもらう……」
『…はぁ、何で一つ問題が解決すると別の問題が発生してしまうのだ…』
ロランは溜息を抑えできる限りの笑顔で承諾すると融和の間を後にした。
その頃、Bar"トリステッツァ"では店長のバルカがグラスを磨きながら"フィデリオ・バロテッリ"という偽名を使用しバルク酒をロックで飲んでいるツュマに話しかけていた。
「…本日はフィデリオさんにお願いがあるのですよ…」
ツュマはバルク酒をテーブルにおき返事をする。
「…なんだい、珍しいな店長が俺に頼み事なんて…」
すると店長のバルカはツュマのグラスにバルク酒を注ぎながら、ある人物を雇い入れるよう依頼してきた。
「…本国から命を狙われている知り合いの息子を雇い入れてもらいたいのですが…」
ツュマはバルク酒を一気に飲み干すとトロイト連邦共和国情報保安局において最強の諜報部隊と名高い"黒い目"の指揮官であるバルカ、真の名が"ハンニバル・ロジーナ"の願いを快諾した。
「…構わないですよ…」
バルカは店の奥にいた男を呼び寄せる。
しばらくすると、奥から"乾ききっているが透き通るほど透明なグレーの瞳"が印象的な男が現れた。
こうしてツュマはSilentSpecterの諜報員達が血眼で探し回っている"蠍"こと"バークス・スティンガー"を見つけ出し仲間とすることに成功するのだった。
・2020/06/14 東殷夏帝国→東夏殷帝国に修正