110話 世界を歪め、世界を変える魔法に等しき科学
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
アゼスヴィクラム暦739年4月、ロランは15歳となり顔つきは一層精悍さを増した。
ロランの髪はもともと黒髪であったが、1年半前のあの出来事により、ルミールのブロンドとディアナのブルネットが混ざったアッシュブラウンに変化していた。
今、ロランはカント魔法大学の魔法棟前のベンチに座り、春の穏やかで暖かい風を感じながら魔法薬学書を読み、束の間の自由を満喫し過去を振り返っていた。
『……雷帝との戦闘後、邸に戻り半年間"エリア9"で閉じ籠っている間、ロンギヌスを1日も欠かすことなく王宮跡地に撃ち込んだな……』
ロンギヌスとは、超電導磁石による加速を利用し砲台内の飛翔体を音速の20倍で射出し敵地を破壊する物理攻撃兵器である。
『……レイチェルには苦労をかけた……』
『……転送装置と脳波通信インプラント、脳内投影インプラントの開発を依頼してから僅か1年で開発に成功するとは、さすが31世紀の科学知識を持ったレイチェルだ……』
『……今後の戦闘は、この世界を必要以上に破壊しないため、魔法と科学を融合した兵器を多用する戦闘スタイルにシフトしなければならない……』
ロランがレイチェルを重用するのには理由があった。
1年半前の雷帝との戦闘で、自らの攻撃で機能を停止させた『理力眼』は少しづつ自己修復している。
だが半眼状態時のように、未来で取得する能力を使用する特殊能力が使用できなくなるばかりか、自分が存在した世界線の科学・医療知識より遥かに進んだ科学・医療知識に対しては概要理論や大まかな構造しか理解できなくなっていた。
そのため、自らの手で"量子もつれ"を使用した転送装置やEMドライブ技術を使用したワープ装置等の魔法に等しき開発は行えなくなり、レイチェルに頼るしか選択肢が無かったからである。
不便な状況下ではあったが、ロランは情報伝達の向上により各部隊の連携と情報共有による相乗効果を図るため、テレパス能力を付与しない隊員達に対し外科手術により側頭葉と後頭部にインプラントを埋め込み、脳内で思考したイメージや情報を相互に通信できる体制を整えた。
また、後頭部に埋め込むインプラントは、網膜が映像を電気信号に変換し、電気信号が後頭部の視覚野でどのようなメカニズムで映像に戻すかを解析し製造されたインプラントであった。
そのため、自身の目のみの情報だけでなく、ヘッドマウントに複数のカメラを装備し映像情報をインプラントに送り込み、複数の映像を監視する"蜘蛛"と呼ばれる特殊工作部隊が誕生した。
同様に、側頭葉に埋め込むインプラントは生体電流や魔力を使用し脳内のイメージや音声を通信するインプラントであるが、一部の者は機能を強化し極微小な音を集音できる能力を取得した"蝙蝠"と呼ばれる特殊工作部隊も誕生したのだった。
ロランの瞳は雷帝との戦闘で、右目はベースがマリンブルーで金色の"神の門"が存在し、左目は天竜を示す金色と次期魔王たる真紅、創造と破壊の実行者である虹色の独立した3つの瞳孔がある異形の瞳と変化していた。
雷帝との戦闘から1年間は、ベースが真紅でスタイナー家の紋章を金で模ったバイザーを着けていたが、現在はレイチェルが開発したナノマシン入りの点眼薬を使用し、ナノマシンの配置を魔力でコントロールすることにより、任意の波長の光を反射し″通常の瞳″を形成するのだった。
ロランは過去を振り返っていると常時発動させている探知に、護衛のバレンティナとスプリウスを伴ったエミリアが近づいてくることを感知した。
エミリア・フォン・リックストンはベンチに座るロランの後方に着くと、両手でロランの目を塞ぎ、恋人が行う定番の言葉を言うのだった。
「……私は誰かしら…当てたらランチをあげるわ……」
ロランはまんざらでもない様子で返事をする。
「……僕のエミリアだろ……」
エミリアは顔を赤らめながらロランの隣に座ると、持ってきたランチボックスを開け、サンドイッチをつかみロランの口元へと運ぶ。
先月、ロランは正式にエミリアと婚約していたので恥ずかしがるそぶりも見せず口を開く。
小鳥のさえずりと蝶が舞う長閑な空間、この空間こそロランが待ち侘びていた空間であった。
ロランの瞳は、この至福の時でさえ千里眼 能力を使用し、次の敵となるであろう東夏殷帝国の国境に向け動向を見定めている。
雷帝との戦闘後、戦闘を省く事により研究開発に専念強化する組織としてFortunaを新設し、"気象観測Labo"と"時空観測Labo"を取り仕切るレイチェル、千里眼部隊である"ArgosLabo"を率いるオム・マーラと"医療Labo"で解毒剤と薬を開発するブリジットを組み入れていた。
ロランは、東夏殷帝国の状況を見定めフォルトゥナのレイチェル、オム、ブリジットとLVSISより独立させた諜報組織SilentSpecterの指揮官であるルディスに対し、テレパスで指示を出す。
""……東夏殷帝国の監視を強化してくれ……""
""……なお、ミネルバに替わりRedBulletの指揮をさせる……""
""……バークス・スティンガーを探しだすのだ……""
バークス・スティンガーは人と蠍のキメラであり、トロイト連邦共和国情報保安局が誇るハイパーヴィジョン狙撃工作部隊の元隊長である。
ただ、今は容疑が公表されぬまま国際指名手配されフォルティア王国に逃亡潜伏する人物であった。
ロランはミネルバの抜けたRedBulletの指揮官には、この漢しかいないと考えてた。
ミネルバはというと生涯の伴侶を見つけて結婚したため、ロランは今後、幸せな生活を送れるようRedBulletに関する記憶を消去し除隊させていた。
「……ロラン、駄目ですよ……」
エミリアは、わざと頬を膨らませ怒ったふりをする。
「……常に緊張していては、いい仕事はできないものですよ……」
と言うとロランに熱々のチャイを飲ませる。
暫くして、父であるジェルド・ヴィン・マクベスに替わりRedMistのアインスとなり、同時にRedMaceの指揮官となったアーク・ヴィン・マクベスより、脳波通信インプラントを使用した無線通信が入る。
""……ロラン閣下、ロンギヌスおよびシャルウルの使用、全隊員習得しました……""
""……アークご苦労様……待機を頼む……""
ロランはその後、エミリアの膝に頭を横たえ、束の間の平和の価値を噛みしめるのだった。
・2020/06/10 誤字・脱字修正
・2020/06/14 東殷夏帝国→東夏殷帝国に修正