106話 忘れ去られる者達 ~絡み合う愛憎~
※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力スキルにおける名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
ロランは目の前にいる帝国軍司令官の石化を解くと治癒魔法最上級の『スプレマシー・ヒール』を使用し、水月に打ち込ん掌底により砕いた全身の骨と内臓を修復する。
ロランは気を失い倒れそうになる帝国軍司令官を抱きかかえると丁寧に地面に横たえ、テレパスを使用しジェルドのみ最終防衛ラインに来るよう命じる。
ツュマ、ルディス、ミネルバには最終防衛ラインを超えその先で負傷している帝国軍の飛翼兵や重装騎馬隊と重装歩兵部隊の兵士、【バルギル】を操る砲撃部隊の兵士と火炎槍や光槍魔法を使用する狙撃砲撃部隊の兵士の救護を命じた。
その後、ロランは戦場の礼儀として既にヴァルハラに旅立った者を丁寧に埋葬するよう追加の指示を出すと1人ジェルドの到着を待った。
しばらくすると栗毛の魔法馬に乗ったジェルドがロランの元にやってきた。
ロランはジェルドに帝国軍司令官が帯刀している剣の鞘に彫金されている紋章について尋ねる。
「……ジェルド……この剣の鞘に彫金されている紋章はマクベス家のものだね……」
ジェルドは何も答えず静かに首を縦に振る。
「……ロラン様……この者は……」
とジェルドがロランに帝国軍司令官の正体を説明しようとした矢先、ロランはジェルドを制しその後の言葉を言わせようとはしなかった。
「……ジェルド……この司令官の身柄を一任する……丁重に軟禁するように…」
「……それと何があろうと僕の元から立ち去るな……今ここで誓ってくれ……」
ジェルドはロランの気持ちを汲み取り唇を震わせながらロランの願いに応える。
ロランはジェルドの誓いを聞き終わると何も言わずツュマ・ルディス・ミネルバと1,900名の隊員が待つ第1次・第2次防衛ラインへと向かった。
1人残されたジェルドは地面に横たわる帝国軍司令官の飾りがついた鉢型の兜を丁寧にとると目頭を熱くし語りかけるのだった。
「……アーク……17年ぶりだな……いつの間にか男の顔になりおって……」
この日、帝国軍でヴァルハラに旅立った者は12,000名、負傷者は3,000名に及んだ。
ロランは負傷者のうちプロストライン帝国に帰還可能な者に大型馬車と数日の水と食糧、それに防寒着を提供し帰還させるのだった。
1,900名がかりでも全ての措置が完了するまで3時間を要した。
ロランは最後の飛翼兵の盛土に花をたむけると全部隊を最終防衛ラインまで後退させ一晩野営することを指示し休息に入る。
ロランは魔法鞄からテントと薪それと国土交通相の時に書き損じた書類を取り出し、書類を火種とし火属性魔法で点火すると今度は土属性魔法で地面を隆起させ手刀で平らにしたのち腰かけ暖をとった。
オールトベルト平原は18時以降になると気温がマイナス20度となり防寒着を着なければ過ごすことができない過酷な環境へと様変わりする。
そのような状況においてロラン以外の者は防寒着を着、5名から10名単位でテントを張り火を起こし暖をとりながら【氷魚笹】や携帯食を焼いて食べチャイを飲んで体を温めていた。
ロランはというと防寒着を着ることなく漆黒の戦闘服のまま暖をとっている。
ロランの体は宇宙空間の気温マイナス270.42度に耐えられる強固な肉体であるものの耐えられるというだけで寒さを感じないわけではなかった。
『……僕が防寒着を着ないのはヴァルハラに旅立たせた帝国軍の兵に対する贖罪からなのに……僕を何だと思っているんだ……』
と思っているとアルジュがロランの右隣に座ってきた。
「…ダーリン……暖かいチャイを作るから少し待っててね……」
というとアルジュは適量の【ブラドク】のミルクと水、紅茶の茶葉とバター、蜂蜜にシナモンを手際よく片手鍋に入れ直接焚火で温め始めた。
『……アルジュ……焚火台を使用した方が楽だよ……』
とロランの頭の中に一瞬、焚火台の事が横切ったが口に出すことはしなかった。
チャイができあがると突然ロランは暗闇に向かって話し始める。
「……ラミアいるんだろう……姿を消しても無駄だ…さぁ一緒にチャイを飲もう……」
するとロランの左側3mの位置にラミアが姿を現しロランの左横へと歩いてきた。
ラミアはロランの左横に着くと座ることなく立ち尽くす。
なぜならロランの右隣に座っているアルジュが物凄い殺気を放っていたからである。
ラミアは立ち尽くしながら、肌が灰色で髪は白髪、瞳は大きく黒く、耳はエルフのようであり、まるで忌むべき冥界のエルフの姿である自分に対し気軽に声をかけてくるロランについて想いを巡らせていた。
『……この人間はカント魔法大学では【ジョディ・ライトナー】に腕を組まれ胸があたる度に密かに喜んでいるくせに……それに【エミリア】と一緒の時は終始デレデレなのに…』
『……戦場では私が震えるほどの恐怖と威圧感を身に纏い圧倒的な力で敵を殲滅する……』
『……それに私の姿を見ても瞳をそらすことなく笑顔で話しかけてくれる…この人間はいったい……』
とラミアは無意識のうち右手を伸ばしロランの頭をなでようとする。
その瞬間ロランの背後からアルジュが左手を伸ばしラミアの右手首を掴むとそのままひねり潰すのであった。
ラミアはその痛みで我に返ると即座にロランの陰へと消え去った。
『……私のダーリンに手を出すなんて100万年早いんだよ……小娘が……』
『……ダーリンにはこのまま優しい心を失わないで頂く……だって……』
『……戦場の中で優しい心に鍵をかけ淡々とした表情の中に一瞬垣間みせる狂気に満ちた顔……その顔を見るたび背中に電流が流れ私はこの上ない……』
外見を17歳に固定したアルジュの心は歪み切った愛情で満ち溢れていた。
無論、ロランとアルジュそれにラミアは心にシールドを展開し相手に心を読ませないよう防御していた為ロランは真実を知らずに済んでいた。
「…パチィ…パチィパチィ……パチィ…」
ミネルバは防寒着に身を包み薪を追加していた。
「……よう…ミネルバ……しけた顔してんな……一杯付き合え……」
とツュマはルディスを引き連れバーク酒のボトルを片手に持ちながらミネルバのもとにやってきた。
「……ツュマ副司令ですか…隊員に飲酒を許可したのは……」
ツュマは一息つき、
「……そうだミネルバ……それに今回の作戦の副司令はアルジュ様、オレは山岳警備隊の指揮官だ……それに戦闘にも参加していない……」
と言うと魔法鞄からグラスを3杯取り出しバーク酒を注ぎ込むとミネルバとルディスに渡した。
「……ミネルバは飛行船の操縦はしないんだよな…なら付き合え……」
3人は一気にグラスに注がれたバーク酒を飲み干す。
「……このバーク酒はBar【トリステッツァ】の店長の御手製だからきついぞ……」
ツュマが語るBar【トリステッツァ】とはトロイト連邦共和国情報保安局、通称TFRISSが王都に作ったBarの店名であり、店長はトフリス最強と名高い【黒い目】の『ハンニバル・ロジーナ』であった。
「……ねぇ…副司令…皆に飲酒を許可してロラン様とジェルド様に叱られるわよ……」
とミネルバは早くも酔いながらツュマに話しかける。
「……この攻防戦でヴァルハラに旅立った誇り高き帝国軍の兵に対し勝利した者が静まり返っていては浮かばれない……」
「……ヴァルハラに旅立った帝国軍の兵にも家族がいるはずだ…しかしその家族以外はすぐに国家のために命を投げうったこの兵士達のことを忘れてしまうだろう……」
「…せめて勝利者である我らが酒を飲み記憶の底に焼き付けて置かなければ…あまりに悲しすぎるじゃないか……」
ツュマの思いもよらない説明にミネルバとルディスは返す言葉がなかった。
「……でも少し気がかりなことが……」
とルディスが話し始め、ツュマとミネルバが内容を話すよう促す。
「……今回ロラン様は敵に温情を掛け過ぎている……攻撃にしたって帝国軍が侵攻しなければほぼ無傷であったはずだ…御心が弱くなったのではないか……」
ルディスの意見にミネルバも賛同する。
するとツュマが、
「……ロラン様の御心が弱くなったら俺達で支えてやればいい……」
「……ロラン様はまだ13歳の子供だぞ……しかもやれRedMistだ、LVSISだ、山岳警備隊だなどと気恥ずかしい名前を部隊につけてしまう坊ちゃんだ……」
「……それでも俺達はあの方に救われ返しきれない恩を受けている……本当に御心が弱くなったら俺達があの方の盾となり剣となればいいだけのことだ……」
と自論を展開する。
『……私はいつの間にかロラン様を愛してしまっている……でもあの方にはエミリアやアリーチェ様、ルミール様、アルジュ様達がいらっしゃる……』
『……私にできることは密かに愛し、あの方の為にこの命を捧げること』
とミネルバは想いを強める。
『……あの方の事を一番理解しているのは俺なんだ……』
とルディスが不穏な思いを固める。
ツュマは
『……あの方は弱くなって一段強くなったのさ……』
と思うのであった。
見張りの者を除き皆が眠り着いた頃、ロランは繋門を使用し、いずこかに消えた。
数分後、プロストライン帝国の首都【テスタツァーリ】に位置する【イディルラビエ王宮】で複数の雷の柱が出現した。
時を同じくして『エランディア大陸』と『ガリア大陸』の裏側に位置する『シュマッド大陸』では時空の不連続面の裂け目から高次元同一体となる運命を免れた別世界の者達が地上に舞い降りたのであった…