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異世界転移の英雄譚 ~悩み多き英雄さま~  作者: 北山 歩
第3部 第1章 神がダイスを振りすぎた世界 編
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105話 オールトベルト攻防戦 ~声なき声と月光の歌姫~

※当作品の登場人物名称(対象はフルネームの完全一致および酷似した名称)、貨幣の名称と特徴、特有の魔法名称と特徴、理力眼といった特有の能力(スキル)における名称と特徴、国家・大陸名称、魔力導線の構造及び魔石と魔力導線を使用した発明品・兵器の構造等の内容ならびにテキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

 アゼスヴィクラム暦737年6月19日、プロストライン帝国皇帝イワン・ヴィン・プロストライン・ツー・オーディンは突如フォルテア王国に対し5万の軍勢を差し向けた。

 

 帝国軍が帝国首都【テスタツァーリ】から出立した1日後、ロランは少数の部隊を率い巨大な【繋門】を出現させると僅か3分足らずで部隊をプロストライン領の平原に出現させた。


 移動直後、ロランはジェルドに部隊を彎月(わんげつ)の陣形に配置するよう指示すると間髪入れずにルディスに対し工作部隊を防衛ライン上に潜伏させるよう命じる。


 自身はというとアルジュが作り出した特殊な植物の種子を最終防衛ラインの手前に散布し万策を構じた上で帝国軍の侵攻に備えるのだった。


 6月だというのにプロストライン帝国領オールトベルト平原の気温はマイナス10度であり吐く息を白く染める。


 突如、冷たく清涼な静けさを引き裂かんばかりに空を埋め尽くす炎を纏った直径2mの岩石がロラン率いる部隊に降り注ぐ。


 RedBullet(レッドバレット)部隊は隊員達が密集陣形をとりミスリルと銀の合金である【ミリニウム】製の大盾を連ねて壁を形成するとともに魔力障壁を展開し、2重の防壁で自らの身と魔導戦闘車を守っていた。


 また、SilentSpecter(サイレントスペクター)部隊は半数が帝国軍に潜入し残り半数は防衛ラインに待機していたため降り注ぐ岩石には遭遇していない。

 

 戦場独特の狂気と恐怖、高揚と不安が入り混じった息苦しい空間、僅かでも判断を誤れば自らの命を落とす極限の状況の中でロラン陣営と帝国軍陣営の兵士達は五感をフルに研ぎ澄ませていく。

 

 ロランはというとホワイトヴィル湖南岸領域侵攻時に装着した【漆黒の甲冑】を纏うことなく【カーバイン】製の戦闘スーツで身を固め、赤き鞘に収めた【雷鳴朱雀】の柄頭に両手を添え、帝国軍が第一次防衛線に到達する時を待っていた。


 ロランは一切防御せずに地面に刺さった刃の如く直立不動でいたため、燃盛る岩石が次から次へと衝突し崩れ去る光景が繰り返されていた。


 まるで高原のそよ風の中にいるかのようなロランの佇まいは味方を鼓舞するどころか不気味さを感じさせるのだった。


 そんなロランの姿を参謀であるルディスはまじかに見、確信する。

 

 『……やはりロラン様は戦場がよく似合う……畏怖さえ覚えるほどに……』


 帝国軍は人と獣人の混成部隊である重装騎馬隊と重装歩兵部隊、炎を纏った巨岩を生み出すトカゲ型魔物『バルギル』を操る砲撃部隊、火炎槍や光槍魔法により砲撃と敵司令官を狙撃する狙撃砲撃部隊と蝙蝠型魔物『ブラジアーロ』に乗り空中から攻撃を行う飛翼兵部隊、全5万を要する大軍構成であった。


 それに引き換え帝国軍を迎え撃つロランの軍構成は実にコンパクトであった。


 総司令官としてロラン、副司令官としてアルジュ、魔道戦闘車や携帯型魔導大砲により砲撃を行う800名のRedMace(レッドメイス)部隊とその指揮官としてジェルド、近接戦闘を担う300名の山岳警備隊とその指揮官としてツュマ。


 また、空中戦及び敵指揮官狙撃を想定し300名のRedBullet(レッドバレット)部隊とその指揮官としてミネルバ、諜報及び敵集団心理攪乱工作を行わせるため500名のSilentSpecter(サイレントスペクター)部隊とその指揮官にルディスを充てるという構成である。


 1,900名の隊員を驚かせたことはロランがジェルドでもツュマでもなくルディスに参謀を兼務させたことであった。


 ロランは口にこそ出さないが、今や諜報員が3,000名を超え、諜報・謀略・アサシンといった汚れ仕事を率先してこなし平和維持に貢献しているSilentSpecter(サイレントスペクター)を築き上げたルディスに格別の信頼を寄せていたからであった。


 それにジェルドは元プロストライン帝国の猛将と謳われた将軍である事、ツュマからは次世代のリーダーとして清濁併せ呑むことができるルディスにチャンスを与えて欲しいと進言されていたからでもあった。


 ルディスは参謀のためロランの傍にいることは必然であるのだがアルジュはいつもはエミリアやルミールに邪魔され2人きりになる機会がないため、ここぞとばかりにロランの傍にいた。


 ロランは当初、今回の攻防戦に強大な力を持つ【至高の門番】達を同行させる気はなかった。


 だがアルジュの持つ能力が帝国軍の被害を最小限に抑える切り札になると考え、アルジュのみ参加させたのであった。


 戦場であってもアルジュは変わらず思った事をロランに伝える。


 「……ダーリン!…ダーリンがいくら頑丈でも見ている私は不快です……少しは防御してください……」


と飛んでくる炎を纏った岩石をスナップで弾き飛ばしながら真剣な眼差しで訴えた。


 『……この程度の攻撃は問題ないし……アルジュもそのことは理解しているはずなんだが……』


と思いながらもアルジュを心配させてしまった事を反省し返事をする。


 「……アルジュが願うなら防御するよ……」


 その直後、ロランは顔を空に向け【破滅の咆哮】を放つ。


 フェネクのレグルス同様、核融合エネルギーに匹敵する1億℃のプラズマである【破滅の咆哮】は、帝国軍のトカゲ型魔物『バルギル』が生み出す多数の燃盛る巨岩を全て消滅させた。


 ロランより約25㎞離れた地点から『バルギル』による砲撃を行い手ごたえを感じていた帝国軍はロランの【破滅の咆哮】を目のあたりし恐怖のあまり足を止めるのだった。


 帝国軍5万を指揮する司令官はロランの一撃を見てすべてを悟る。


 ″……我々は生きて再びテスタツァーリの地を踏むことは叶わぬな……″

 

 ″……このような勝ち目のない戦闘に参加させてしまい申し訳ない……我が同胞よ……″


 指揮官の男は自らの迷いを無くし、自分自身と味方を鼓舞するため雄叫びをあげる。


 「……ツァーリ…イワン…我が雷帝、我が祖国、我が一騎当千の兵よ……」


 「……最も歴史と格式のあるプロストライン帝国の兵として…いざ!……敵を殲滅せん……」


 ロランの攻撃を見て心が砕けかけた5万の軍勢は指揮官の雄叫びにより生気と活気を取り戻すと陣形を魚鱗から鋒矢に編成し直し再び進軍を始める。


 帝国軍の動向を千里眼の能力で見ていたロランは帝国軍が第一次防衛線である20㎞に差し掛かったことを確認し行動を起こした。


 ロランは【光を司る】フォース・ドラゴンの翼のみを具現化させた竜現体の姿になると恒星である『アルクトゥルス』のエネルギーをプラチナがかったホワイトの翼で吸収し、静かなる攻撃を20㎞先の帝国軍に仕掛ける。


 「……声なき(ラウトロスシュテイン)……」


 ロランが魔法を展開した直後、帝国軍の兵士達の脳内にロランの声がこだまする。


 「……私はロラン・フォン・スタイナー……貴君らに害を与えたくはない……」

 

 「……直ちに来た道を引き返せ……さもなくば貴君らの精神を破壊する……」


 脳内にこだまするロランの声を聴くまいと自らの鼓膜を破る帝国軍人が多発したが無駄であった。


 ロランは『アルクトゥルス』のエネルギーを魔力でマイクロ波に変換し直接脳内に音声を発生させ、こだまさせていたからである。


 進軍するたびにロランとの距離が縮まり、帝国兵達の脳内にこだまするロランの【声なき声】は大きく反射回数が多くなり確実に精神を蝕んでいった。


 帝国軍を率いる司令官は、蝙蝠型魔物『ブラジアーロ』を操作し空中から攻撃を行うことが出来る飛翼兵1,000騎とトカゲ型魔物『バルギル』を操作する砲撃部隊に指示を出し空からの攻撃と砲撃により、この状況を打開しようと試みる。


 しかし現実はそう甘くはなかった。


 飛翼兵500騎はロランとの距離が15㎞となった時点で脳内にこだまする【声なき声】の影響増加により精神が錯乱し墜落。


 残り500騎は『エルミオンヌ』型高速飛行船に搭乗していたミネルバ率いるRedBullet(レッドバレット)部隊の攻撃により撃墜されたからである。


 ロランは空中戦を考慮し姿勢制御と各種センサーを昆虫型魔物の目と脳の生体機能とした魔導空対空ミサイルを『エルミオンヌ』型高速飛行船1機につき50発搭載していた。


 15機からなる高速飛行船部隊からミネルバの指示で750発の魔導空対空ミサイルが一斉に発射されたからであった。


 ミネルバは750発のうち250発を帝国軍内の火炎槍と光槍を使用する狙撃砲撃部隊に命中させ、約7,000名の兵士を一瞬で壊滅させていた。


 ロランの【声なき声】の影響で目や鼻から血を流しながらも帝国軍は進軍を行う。

 

 帝国軍が第二次防衛線に差し掛かるとロランは進軍を止める為さらなる警告を発した。


 「……これ以上進軍してはならない……貴君らの脳が完全に損傷する……」


 「……私は貴君らを無事に首都【テスタツァーリ】に帰還させたいと思っている……」

 

 「……これ以上進むのなら……」


脳内でこだまするロランの【声なき声】が停止する。


 ロランは『理力眼』と『探知』を駆使し帝国軍に存在する5,000体の『バルギル』の位置を確認するとマイクロ波を魔力でミリ波に変換し照射した。


 『バルギル』の体内の水分は数秒で沸騰し帝国軍の頼みの綱であった5,000体の『バルギル』は次々に倒れていった。

 

 その凄惨な光景を目の当たりにし多くの帝国軍の兵士が歩みを止めるなか、司令官の男は精鋭2,000名の兵士を引き連れ進軍を続ける。


 ロランは帝国軍に対しさらなる『声なき(ラウトロスシュテイン)』を使用することはなかった。


 なぜなら、5万の帝国軍を全滅させた場合、本体である700万の帝国軍と戦争となり、700万の軍を失う帝国の軍事力は皆無となる。


 その結果世界のパワーバランスが崩壊し、世界大戦のトリガーを引いてしまうと危惧したからであった。


 一部を除きこの世界の全ての人類の記憶から現在の世界を救ったロラン達の功績は消し去ったが、多くの犠牲を払ってまで救ったこの世界をロランは血で染めたくなかったのだ。


 『……何故…敵わないはずの敵に向かってくるのだ……』


 『……帝国軍の司令官は異常だ……部下の命は自分のものとでも思っているのか……』


と考え異常な心理を理解するためロランはルディスに敵軍の司令官をプロファイルさせる。


 「……敵軍の将はロラン様の攻撃により部隊を魚鱗から鋒矢へと僅かな時間で変更しております…この行為は部下から絶大な信頼を得ていなければできないものであります……」


 「……結論から言えば、責任感が強く自らの信念を貫くタイプであり、例え愚策と分かっていても起死回生の糸口を掴むため、あえて愚直に愚策に突き進む狂信者であると分析します…」


 ルディスのプロファイリング結果を聞いたロランは最終防衛線前に東西方向に10㎞、南北方向に3㎞の巨大な『底なし(ボトムレススワンプ』を展開し帝国軍の進軍を阻止することにした。


 200名に及ぶ帝国軍兵士が『底なし(ボトムレススワンプ』の存在に気付かず底なし沼にはまる。


 帝国軍の司令官は軍に所属する少数民族グリーンアイズに対し、固有魔法『大紅蓮(マハーパドマ』を使用し200名の兵士ともども『底なし(ボトムレススワンプ』を凍結させるよう指示を出す。


 いつ敵から攻撃を受けるかもしれない状況で200名の兵士を救助することは非常に危険な行為であるのだが一切の躊躇なく指示を出すところに司令官の能力の高さと強固な信念が現れる。


 『底なし(ボトムレススワンプ』が凍結すると帝国軍の司令官は大部分がグリーンアイズである500名の兵士を率いてなおも進軍を続けた。


 ロランはアルジュの方に振り向くと最終手段を依頼した。

 

 「……アルジュの歌声で帝国軍を首都に帰還させてほしい……」


 「……ダーリン……ただ帰還させるだけでいいのですか……いっそ全滅……」


とアルジュが不穏な言葉を切り出す前にロランは話を遮り首を小さく左右に振ることで全滅は望んでないことを伝える。


 アルジュはロランの意思を確認すると帝国軍に向けて両の手を広げ歌い始める。


 その曲の題名は【月光神の巫女】、ダークエルフが歌声に魔力を込め精神感応させることで相手の意識を支配下におくために作ったとされる魔曲であった。


 月の光があまねく者を優しく包み込むようにアルジュの歌声は空気を伝搬し帝国軍の兵士達の体を包み込み心を捉える。


 ロランの【声なき声】とは真逆の甘露。


 歌に組み込まれた強烈なサブリミナルにより、帝国軍の兵士達は幼かった頃の楽しい思い出や愛する人との生活、美しい故郷の山々を思い出すよう潜在意識に刷り込まれ、さらに魔力が練り込まれた歌声が【望郷の念】を無尽蔵に増加させていく。


 多くの兵が帰還を始めてもたった一人帝国軍の司令官だけが最終防衛線を突破し進軍してきた。


 その司令官の男はロランが予想していなかった魔法を使用する。


 「……イワン雷帝…我に力を!……」


 「……トールハンマー……」


と叫ぶと右手を大地に叩きつけ、この世界ではロランと雷鳴朱雀を除けば最上位の魔人しか使用できないはずの雷魔法を展開しロランに攻撃を仕掛けたのであった。


 ロランの顔は誰が見ても明らかに、みるみる鬼の形相となっていく。


 現在、西クリシュナ共和国の大使を行わせているスティオン同様、今回の攻防戦で強力な固有魔法を発動できる少数民族グリーンアイズを手中に収めたいと考えていたが、その前にやらなければならない事象が発生してしまった。


 雷魔法を使用できる者は野放しにはできない。


 ロランはトールハンマーの攻撃を受けきると繋門を使用し帝国軍の司令官の目の前に出現する。


 驚愕する司令官をよそにロランは司令官の水月に高速の掌底を繰り出し気絶させると『理力眼』によりラミアから取得した石化能力を使用し指揮官の下半身を石化させた。


 ロランは敗軍の将の責任として手刀で司令官をヴァルハラに送ろうとしたところ突然アリーチェがテレパスで送信してきた。


 「……ロラン様……彼をヴァルハラに送ってはなりません……」


 アリーチェの進言により帝国軍司令官に止めを刺すことを中止したロランは敗軍の将が持つ剣の鞘にマクベス家の紋章が彫金されていることに気付くのだった……

2019/10/20

・誤字、脱字修正

・大幅、加筆修正


2019/10/22

・本文、冒頭追加


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