第14話『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』
白実が待っても、返信なかなか届かない。
そっと路地をのぞいてみると、墨花は酔った中年男を目の前に震えていた。
「おじょーちゃん、お客さんを探しているんでしょお~? おじさん、サイフなら余裕だから~あ。ほらあ~」
白実はハンカチをひじの内側にのせると、中年男の喉に当て、手早く絞め落とす。
手をぬぐって蘇生を確認すると、ハンカチと中年を投げ捨てた。
「た、助かりました! 見知らぬかたにはまだ硬直して……!」
墨花の突進を白実は顔面握撃で阻止する。
「少しは鍛えようと思わないのですか!? そんなことだからモブ女子ごときに捕まるのです! ……いえ、逃げようとしたのですか?」
「も、もちろんです……」
墨花の後退を白実は顔面握撃で阻止する。
そのまま引きずって持ち去る。
「あ、ありがとうございます。送っていただいてしまって……」
墨花の下げた頭には指の跡が残っていた。
「まともに行動選択できないなら、夜道の場面は回避しなさい!」
白実は腕組みして、下僕をしつける口調でたしなめる。
「は、はい。今後はより一層の嫌われ役に精進し、ご期待に沿えますよう……」
墨花がしょんぼりと、しかし少しうれしそうな苦笑を見せたので、白実はわずかに首をかしげる。
「なぜそこまで協力してくださるのです?」
「その……この世界では黒美さんのほかに頼れるかたなどおりませんし、この世界の人であるふりを続けるだけで……うくっ、疲れきってしまい……」
「そのとぼしい気力ゲージで『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』からの『涙腺解除(アクエリアス・オーバードライブ)』を私に無駄撃ちしてどうするのです!?」
(肉体性能の違いでしょうか? それとも銀華さんの性格がゲーム外世界での適応力に欠けている?)
「ともかく、銀華さんにあまり不自然な行動選択をされては、私の関与まで疑われてしまいます。余計な親切をばらまくあなたの病癖が知られてしまった以上、距離をとる程度にして……」
墨花が悪役ぶって緑沢をふりきった苦しげな顔を思い出す。
「……身を守る範囲でなら、見送りくらいは利用しなさい」
(この甘い判断……まさかゲーム外では同性にも『救助幻惑(レスキュー・スクリュー)』の効果が?)
日増しに墨花の周囲には人が集まりやすくなり、モブ女子ABCはなにかにつけて緑沢も引きずりこもうとしていた。
(予想どおりすぎる展開ですが)
白実はその様子を盗み見ながら、行動できないでいる。
「墨花ちゃん、誰とメールしてんの?」
いつもモブ女子ABCいずれかの声がたかりやすくなっていた。
「い、いえ別に……」
墨花から白実へ着信が入る。
『わたくしどうすれば』
即座に返信。
『こっちを見ないでください』
白実も困っていた。
(状況も危機的ですが、選択を判断できない私のステータス異常も危機的です)
いつものように話しかけてくる桃代と王子トリオの笑顔を見ると、いくらかおちつく。
「桃代ちゃ~ん、白実ちゃんも店に連れてきたなら起こしてよ~」
赤八の白実に対する意識はさほど悪化していない様子だったが、桃代への親近感は増している様子だった。
「ポップ作りに行っただけだし~? ねえ、今日の夕方、シフト空きなら私がレジに入ってみていい? コンビニとか好きだからやってみたいんだけど。練習だからバイト料いらないし」
「あー、今日は弟がふたりともいないから、座っているだけでも助かる」
(攻めますね桃代さん。しかし銀華さんを野放しにしているくらいですから、桃代さんにも多少のフラグくらいは恵んでおきましょう)
あえて関わらないで、放課後には別方向へ帰るふたりを見送ってしまう。
(ゲーム内のように、計算どおりに取り返せるとは限りませんが)
校舎を見上げると、教室では緑沢と墨花がモブ女子ABCその他に窓際へ追いつめられ、困りながらも笑っている姿が見えた。
(あるいはゲームよりひどい展開も?)
「ゲームセンターへ連れて行ってもらえませんか? 青二さん……と茶子さん」
ふたりとは下校時間を合わせやすい。
黄四郎は今日も部活だった。
以前に緑沢に連れられた駅前商店街の店へ入る。
(ここでなら、またなにか意識の変化が……)
なかった。
日が暮れるまで黙々と続けたし、いくつかの記録も出たが、ただの作業だった。
青二と茶子も残ってつき合っていたが、楽しそうには見えない。
「ね、名前なんてゆーの? この制服、知ってる。先輩の彼女もここなんだよ」
対戦台にくり返し乱入していた他校の男子学生たちのひとりが話しかけてくるようになった。
(ゲーム内ほどキャラは立っていませんが、遠まわしに威圧の混じる口調、表情……妨害キャラのようですね)
「勝ち逃げとかないって! もう一戦! ね、もう一戦だけ! オレが金だすし……ほら! もうスタート押したから、このままじゃ無駄になっちゃうよ!?」
「ぼくたち、もう行くんで……」
青二の言葉の途中で、妨害キャラは笑顔を近づけてすごむ。
「ひとりで勝手に行っていいよ!? じゃあ気をつけてね!?」
連れらしき数人の男子も集まってきている。
格好はそうは見えないが、威圧的な薄ら笑いで妨害役のキャラ作りに努めていた。
(ゲーム内の蒼司さんであれば、合気道で関節をきめつつ、相手の弱味となる情報を並べ立てて謝罪させるところですが……)
青二は汗だくで震え、うつむいていた。
靴を踏まれている。
「あ、ごめん、気がつかないで踏んで……え?」
白実は片手片足だけの少ない動作で妨害キャラAを投げ倒す。
妨害キャラBとCは驚いていた。DとEは笑っていた。
「なに? 柔道とかやってんの?」
「いやたぶん、総合格闘技とかのほうだよ。すげー!」
最も強そうなEから黙らせようとしたが、背後のBに足をひっかけられて転んでしまう。
五人が笑う。
「道場でしかやったことないの!? 実戦じゃ、まず囲まれないようにしないと!」
すぐに起き上がったが、青二と茶子の逃げ出す姿を見て驚いた。
逃げたことより、少しだけ振り返った茶子の、無表情に冷めた視線に驚いた。
「あ、なんでもないですから! すぐ店を出ますんで! すんませーん!」
妨害役は威圧的に嘲笑して、近寄ってきた若い店員まで追い返していた。
「ほら、ここじゃ邪魔だって……うわ、あぶね」
のばしてくる手を正確なジャブで追い払う。
(訓練の時より体が固いですね? 重く感じます。息ぎれも早い。店員が通報していれば……でもここはゲーム外。そんな流れどおりには……)
そこへのこのこと笑顔でわりこんできたのは黄四郎だった。
「おー、どうしたのー?」
(もう部活が終わっている時間とはいえ、ゲームでも演出過剰なタイミングのよさ。しかし……)
黄四郎は笑顔のままぐいぐい妨害キャラたちを押しのける。
「おいなんだよこれ、おまえらー」
「んだよテメ!?」
すぐに店員から見えにくい場所へ引きずりこまれ、袋だたきにされていた。
(まさかここまで考えなしとは)
黄四郎は妨害キャラたちの服にしつこくすがり、まだ笑っていた。
「いてえ、ってば。……なに、すんだよ」
「とりあえず外だせ、外……」
妨害キャラAがそう言って出口へ向かう。
そこには青二が立っていた。
振り上げていた電飾看板がAの鼻先をかすり、床へたたきつけられる。
眼鏡の奥のすわった目が、へたりこんだAを冷たく見下ろしていた。
表に人が集まりはじめている。
「またおまえらかよ!?」
店の奥からも中年男の店長が怒鳴りながら出てきた。
妨害キャラたちが逃げていく。
店長は残っている学生を見渡して、床に座る大柄な男子へ目を留めた。
「って、また黄四郎ちゃんかよ!?」
「今回はオレ、手を出してないっすよ? 一方的に盛大にやられただけで。ははっ」
「じゃあ通報しておくよ? あいつら最近うざかったし……」
店長は入り口の床に散らばった看板の破片を見て大きなため息をつく。
黄四郎は白実の意外そうな視線に気がついた。
「オレの家、となりの喫茶店だから。中学の時もここでケンカして肩やっちゃって。でも部のみんなが出場停止になったら困るから、通報は勘弁してもらって……あの時も茶子ちゃんに呼ばれたんだっけ?」




