第13話『百烈遭遇(ストーミー・ストーキング)』
「じゃあ狙いはジコチュー? 青二才?」
桃代の言語では黄四郎と青二のことらしかった。
「まあぶっちゃけ私は、タコハチを譲ってほしいだけなんだけど」
桃代の言語では赤八のことだった。
(そんなことは知っていますが、あなたは友人役としての分をわきまえ、私の攻略キャラ以外を選択するべきでしょう?)
「譲るだなんてそんな。私は別に、赤八さんとは……」
(銀華さんがゲーム内で多用していただまし文句です)
「え~? そういうハンパなの困る~」
(くっ、これだから低性能キャラは……気軽に玉砕を選択されて困っているのは私です!)
「あ、あの、白実さんは、今の友人関係を、大事にしたいのでは?」
(さすがは銀華さん。逆ハーレムを正当化する詭弁の専門家。しかし……)
相手チームにいた墨花がネットにすがり、死にそうに息をきらしていた。
(不自然きわまりないので、ヒロイン特権の空気を読まない天然ぶりは自重なさってください!)
「ふーん……?」
桃代はまだ不満そうだった。
「そうなんです。みなさんと楽しくお話しているだけではいけませんか?」
白実はすがるような表情を偽装する。
「いや、もう少しまじめにバレーボールをやろうよ」
茶子は黙々とチームの穴埋めをしていた。
放課後、桃代が真顔で立ちふさがる。
「シロミン、ちょっとつきあって」
(妨害イベントでしょうか? まあ、桃代さんひとりであれば絞殺寸前のくり返しで再教育を……)
連れられた先は商店街から遠い、住宅地の小さなコンビニだった。
入っても従業員のあいさつはなく、レジでは赤八が座って寝こんでいる。
その背後にあるドアが少し開いていて、小学生の男子が座って携帯ゲーム機を持っていた。
「兄貴、客……なんだ桃代さんか」
桃代もくちびるに人さし指を立てた『静かに』のジェスチャーで奥へ入る。
店は狭く、最低限の定番商品のほかは弁当や惣菜を重視した品ぞろえだった。
その多くには桃代の作ったポップがつけられている。
桃代はポップのついてない惣菜商品をふたつ、スナック菓子をひとつ手にとり、男の子に代金を渡して店を出た。
(価格からすると、飛び道具に適した精神ダメージはなさそうですが?)
近くの小さな公園へ移動し、桃代はベンチで惣菜を開けると、半分を白実へ分ける。
桃代は食べながら、ケータイでポップのメモを推敲しはじめた。
「この枝豆はどうしようもないねー。あ、無理に食べなくてもいいからね?」
白実も食べてみると、家で食べたものに比べて旨味も香りも薄く、触感も鈍く、塩気もどこか薬っぽい。
「これが競合店の少ない立地では商品となりうる品質ですか」
下層民の生活力に感心してうなずく。
知識として『美味とされる』『高価とされる』食品は把握していた。
天館白実の肉体にはさまざまなものを食べた記憶や、それにともなう思考も残っている。
しかし実際に経験しなくては理解できない感覚も多い。
さまざまな食べ物を口にすることは重要な学習でもある。
しかしそれよりも単に、肉体のなかった影城黒美には新鮮な楽しみだった。
「食事に豆類や緑黄色野菜がとぼしく、調理の手間も惜しむのであれば、価格がとりえになるかもしれません」
白実は笑顔できれいに食べつくす。
「シロミン、変わった楽しみかたするよねー。これどう?」
見せられた携帯端末のメモには『くえ。豆は栄養がある』と書かれていた。
「なるほど。あえて味のアピールを捨てることでほかの長所を強調し、購入を検討させる挑発にもなる表現ですね?」
「そう……なのかな? うん、ほめられたっぽいから採用。……赤八のお父さん、中学の時に死んじゃってさ~」
桃代は表情を変えないでメモを書き足し続ける。
「あの店、夕方から早朝のあちこちで赤八がレジに入らないと、つぶれちゃうんだよね」
タコハチではなく赤八と呼んでいた。
「パーカスやってた吹奏楽やめて、彼女にも逃げられて……私にはチャンスだったから店に通うようになったけど」
(『百烈遭遇(ストーミー・ストーキング)』と『近接粘着(トルネード・ドミネート)』……低性能な容姿でも効果的な基本スキルですね)
「働きかた見ていると、誘い出せる余裕ないんだよね。布団での睡眠も平均三時間くらいだし」
(なるほど。ゲーム内モブの低劣な行動力は、貧困層が持てるターンの少なさを表現したものでしたか)
「なぜ私にそのような情報を?」
「威嚇だよ威嚇。決まってるじゃん。シロミンがライバルだと大変だし」
桃代は笑ってスナック菓子を開け、白実にも勧める。
(あなたごときがこの私に……これは!? これがポテトチップス!? 触感がこれほど心地よい刺激に……投げつけることもためらわれる珍味!)
「高卒であの店を継ぐ気バリバリの男なんて、めんどうそうでしょ?」
桃代は白実が一枚ずつ真剣に見つめながら味わう様子を珍しげに観察した。
「……というかシロミン、こまめに赤八を手なずけているわりに、意外と興味なさそう?」
「そ、そんなことありませんよ? 赤八さんがやはり、人知れず努力を重ねる意識の高いかたと教えていただき、うれしく思います」
(世間的な地位ではゲーム内の紅矢さんに遠くおよびませんが、努力に消耗しているターン数は同等以上のようです。成長速度だけは私の攻略キャラにふさわしかったかもしれません)
桃代は複雑な表情で笑う。
「赤八は『コンビニが好きで、好きだからやってるだけ』って笑うんだけどね……それがかっこいいんだよね」
(紅矢さんも『オレはギターと遊んでいるだけだ。だからこんなの、努力じゃねーよ』と両手を血まみれにしながら……あの笑顔が私へ向けられることはありませんでしたが)
「でもいくらシロミンでも、じらしすぎるとそろそろ横どりされちゃうよ? かわいいだけで受身の八方美人が逆ハーレムなんて、乙女の願望を反映したマンガやゲームの中だけだし」
(…………な、なんですって~!?)
ポテトチップスを舌に突き刺していた。
(そんなまさか!? 乙女ゲームが理想の恋愛を反映した世界なら、ヒロイン役である銀華さんの凶行こそ、現実の模範となる恋愛対応ではなかったのですか!?)
「じゃ、また明日ね~」
「あ、はい。ごちそうさまでした」
(……え? 妨害イベントのはずが、お食事と助言をいただくだけで終わり? ……私はこの世界における仕様の違いに、自分で思うほど対応できていないのでしょうか?)
日の暮れた町を歩き、自宅方向の商店街へ入る。
(もし桃代さんの言うとおりでしたら、戦略は根本から考えなおさなければ。ゲーム内では保留できた時間も、ゲーム外ではどこまで変化するのか? こればかりは相談できる相手が銀華さんしか……ん?)
携帯端末に墨花のメールアドレスから着信が入っていた。
やはり件名はなくて本文は『ちがいます』としか書かれていない。
(……とても嫌な予感がするのはなぜでしょう? 今すぐ場所をつきとめてウニで埋めるべきのような……?)
何軒か先のカラオケ店から、墨花と緑沢がいっしょに出てきた。
ふたりは白実に気がついていない。
「本当にだいじょうぶかよ? 暗くなっているし、家の近くまでなら……」
「よ、余計なお気づかいはけっこうです!」
(また中途半端に私のモノマネを……その表情の甘さでは誘惑の演出になっています!)
「そうかあ? じゃあ……」
緑沢は心配顔で墨花の背を見送る。
白実はすでに身を隠していた。
墨花は携帯端末を必死にいじりながら、目の前を通りすぎる。
白実にふたたび墨花からのメールが届いた。
『みなさんにさそわれましたがみなさんがきえました』
(モブ女子さんたちが強引に墨花さんを連れ出し、行ってみたら緑沢さんもいて、気がついたらふたりだけ置き去りに……という経緯でしょうか?)
推測の根拠は薄いはずが、なぜかその光景がありありと浮かぶ。
いらだちをこめて返信を送りつけた。
『それで緑沢さんとふたりきりでカラオケに?』
墨花の背がビクリとはねる。
「ひい!? なぜ!? 今の文面で!? そこまで!?」
声に出して叫び、周囲をキョロキョロと見まわしながら狭い路地へ入った。
足を止め、必死に操作しているらしい。
「数十秒だけ! です! けっして! 黒美さんと! 緑沢さんの!」
黒美も追伸をあわてて送りつける。
『声に出さないでください!』




