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仄かにまぶしい日差しが差し込んできている。
暙桜は薄く開いた瞼で寝ぼけたように周囲を見回した。瞬間、体が自由に動かないことに気づき、眉を顰めた。声も出ないし足も手も動かない。
忌々しげに体を動かしてみてもびくともしない。
ため息をつくように諦め、寝かせられている布団の上にそのまま寝転がる。が、寝にくいことこの上ない。
誰だ、こんな風に縛った奴。あんな夢見たあとですこぶる機嫌が悪いんだ、わたしは。だいたい、寝ている女をこんな風に縛り付ける奴があるか。その顔拝んだら厭味の一つや二つ、絶対に言ってやる。
「…………」
あんな、夢……。
あれは過去だ。病気を患った自分は血族を残せない。家にいられなかったけど、それがちょうどよかった。あんな親の元で一生を生きてゆくなんて、どんな拷問だ、てちょうど思っていたから。
命が消えるそのときまで、好きなことをやりたかったから親に無理言って女子校へ入った。発作は抑える薬がいくらでもあるからそれを使って、『普通の』生徒を演じていた。そう、普通の…。
でももう、自分は普通じゃない。こんなわけが分からないところにきて、自分は普通ですなんて主張する気もない。脳裏を掠めた翡翠の瞳。
あのまま、殺してくれればよかったのに。
苛立ちがさらに募ってくる。どうせ長くない未来なんだから、今更心残りなんて一つもない。
「…………」
気配がする。
そう暙桜が思った瞬間、部屋の障子が開いた。
そこから顔を覗かせた老年の男性を見て、暙桜はその細い肩にかかっていた緊張をおろした。なんとなく、気が抜けた。
「やあ、起きたかい?」
頷く。
「大丈夫かい?」
横に振る。
「待っててね、今縄を解くから」
頷く。
「………」
優しそうな人だ。人間として温かい人だ。
暙桜は我知らず頬が緩んでいた。親には疎外され、一人の孤独という檻の中で過ごしていた彼女にとって、この老年の男性は、何かの引き金となった。
「ああ…柳め……、こんなに手荒にして……。苦しくなかったかい?」
暙桜が返答に困って言葉を詰まらせていると、老年の男性はやっぱりとため息をついた。
ふと手足が自由になる感覚が広がる。首の後ろあたりで結ばれていた何かが取れる。
「口の中のものも出しちゃって」
やけに優しく、その声が響く。言われたとおりに出すと、猿轡のようなものだ。
「ここは……、どこです? それと…、あなたは……?」
もっともな疑問を暙桜が口にすると男性は困ったように、ああと言い、柔らかい笑みを向けた。
「わたしは井上源三郎。ここは新選組の屯所だよ」