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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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3



 井上はそのまま暙桜を連れてとある部屋の前までつれてきた。

 縛られていないから、逃げようと思えばいくらでも逃げられるけど、勝手が分からないところで闇雲に逃げたところで自分の首を絞めるだけだし、なにより生かされている理由が聞きたい。なぜ、自分は生かされている。


「入るよ、歳くん」


 ある障子の前につくと、井上は変わらぬ口調でそういい、静かに障子を開けた。

 人影が、ある。すぐにじゃ数えられないけど、両手の指の数を(こ )えている、と見た。


「おはよう」


 声をかけてくる不振な人。猫毛の青年、総司を不審な瞳で睨みつけるように見ていた暙桜は、相手がやけに軽く話しかけてくるのに不審がった。


「沖田さん、あんたは知っていても、彼女はあんたを知らないぞ」


 本当に不審人物以外の何者でもない総司を睨みえつけていた暙桜は、聞き覚えのある声がして、思わずそちらに視線を移した。

 見たことある、否。それ以上だ。

 少し悩んでいる暙桜を見やった青年は、ため息混じりに苦笑した。


「昨日の今日で忘れるか、普通」

「…………………………………………………………………ああ、昨日の」

「今更かよ」


 もう一人はと思い、視線をめぐらすとふと合う視線。しかしそれは相手によってすぐにそらされる。その反応に気分を害した暙桜はずかずかとそちらに歩み寄る。

 すぐにそらされるあの桔梗の瞳が、妙にいらつく。


「おい」


 知らない声が咎めるような響きを持っているが知ったこっちゃない。



「あなた」

「なんだよ」

 苦虫を噛み潰したような顔をしたまま顔を逸らしている原田に、暙桜は苛立ちだけを募らせ、彼の両頬を両手で挟むと、無理矢理自分のほうを向かせた。


「なっ……!?」


 目の前にある暙桜の綺麗な双眸に思わず息を呑んだ原田に気づかず、暙桜は苛立ちを含ませた瞳で彼を見据える。


「あなた、昨日の変態ね」


 すぱんと切るように言われたその言葉に唖然としたのは原田だけではなかった。その場にいる誰もが唖然とし、疑うような視線を原田に向けた。


「ちょ…っ、まて…! なんだ変態って! 俺は別に……っ」

「夜の(みち)で、色気を含んだ声音(こわね)、女を口説くような口調。どこをどうとって、変態じゃないと言うの? 教えてほしいな、わたし」


 原田の鼻に暙桜の唇がくっつきそうな距離だがしかし、彼女の口調はこの上なく憤りを含んでいる。にっこりと目の前で微笑まれて、その表情が柔らかく愛らしいものならば、原田も赤面したと思うが、彼女の瞳は一切笑っていない。

 そして原田以外の誰もが、いつもどおりだなと、内心頷いていることなど、彼女は知らない。しかし、彼女の言葉を聞いた瞬間、その場の空気は一変した。


「天下新選組も、幹部の一人がこんなのじゃ、知れてるわ」


 暙桜は原田を開放し、部屋を見回した。十人弱いる室内は妙に狭く感じるが、彼女はその人数から殺気にも近い視線を受けていた。

 しかし彼女はたいして堪えたふうも無く、冷笑に近い笑みを浮かべた。


「この程度のことで憤りを覚えるとは、やはりみんな人間ね。治安維持を建前に、人斬をしているのは本当みたいだし」


 暗に昨夜のことを示した彼女に、総司が興味深そうに紺の瞳を細めた。

 つかみどころは無いものの、自らの意思を通そうとする人間はきらいじゃない。むしろ、彼女のようなはっきりとした人間は彼の好みに合致する。

 土方は苦い顔をしている。


「それで、お前は何を見た」

「何も?」


 あそこまで匂わせておいて、彼女は嘘を貫きとうそうとする。その面白さと頑なさはいっそ賞賛に値する。

 面白そうに瞳を細めている総司、苦虫を噛み潰したような表情をしている土方と原田、一見無表情にも見える武田。

 その面子しか分からないが、他のものも彼らと似たような反応をしている。

 くっと、拳を握り締めた。

 嘘とて貫き通せば真になる。そして、彼女は賭けているのだ。真となる前に自らの命を散らすか、真と貫き通せるかを。

 そのことに総司は気づいた。以前彼も似たようなことをやったのだ。そのときの自分と、彼女は同じ瞳をしている。意思の強さを示すくせに、つつけばどこかが崩れそうな精神。


「お前は、何を見た」


 土方はもう一度同じ質問を繰り返した。


「なにも」


 暙桜も同じ返答を返した。

 横一線のやりあいになると思ったのか、土方はため息をつき、視線を武田に移した。

 その動作だけで何かを察した観柳斎は静かに口を開いた。


「昨夜、自分及び原田が夜の巡察時、『失敗した』隊士たちを粛清。その折、この者がその隊士たちに絡まれておりました」

「絡まれてるって言うより、殺されかけた、だよ」


 知っててか知らずか、暙桜が口を挟むと総司は面白そうに口許に弧を描いた。

 彼女はすべて無意識の計算のうちにやっている。彼女の命が危うくなるかならないかの瀬戸際の言葉ばかりを返しながら、決定的なことは何も言わない。だから、新選組としても彼女を斬る決定打が打てない。

 無意識でも意識的でも、彼女の頭の回転の速さはいい。新選組の総長である山南に並ぶといっても過言ではない。


「じゃあお前は見たのか」


 何を、とは言わない。それは彼女が漏らさなければいけない事実。

 しかし、言わないと思った面々の予想に反して、彼女は驚くほど簡単に答えを出した。


「ええ、全部じゃないかも知れませんけど、あなた方が見られたくない部分を見たと思いますよ。たぶんね」


 挑発するような、けれどどこか恐れているような視線は、誰にも当たることなく霧散する。そして、それは誰も知らぬところで、彼女の中で培われていく。


「土方さん」


 初めて総司が土方に話しかける。彼は視線だけで続きを促し、総司はそれを汲み取って口を開く。


「少しだけ、僕が一人で質問してもいいですか? 彼女と二人きりで」


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