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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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4

 驚くほど簡単にその許可はおりた。

 暙桜は大きなその瞳を瞬かせているうちに、気づいたら彼と二人きりの空間にいた。空気が重いということはないが、男性と二人きりという状況に慣れない彼女はどこか落ち着きが無い。

 どうして大勢の男は大丈夫で、一対一はいけないのだろうか。

 彼の中で生まれる小さな疑問は、しかし彼の微笑みに変わって掻き消える。


「いいかな?」

「なにが、ですか?」


 先ほどとは打って変わった小さな声。凛とした響きは消え去り、恐怖と不安をはらんだ声音。その変化すら、面白くて総司は思わず笑みをこぼした。


「君、本当に変な子だね」

「よく言われます」


 ばっさりと返してきた暙桜の声音はしかし、思いのほか震えていた。彼女自身にその自覚は無いだろうが。

 握りこぶしを作っている腕も震えている。その華奢な細い肢体と肩も。


「ねぇ…」

「はい……?」


 首を傾けると、うなじから零れ落ちる髪の毛。腰の辺りまで伸ばしてある髪が、はらりと零れ落ちるその髪が、なぜかやけに色っぽい。


「君は、どうしてみんながいるとあんなに毅然とするの?」


 普通は、二人の時のほうが毅然とするものでしょう。

 彼がそういうと、目の前に座っている少女は、瞠目し、哀しげにその瞳を細めて笑った。


「………気になりますか?」


 挑むように、けれどどこか不安げに。

 暙桜はその透き通った瞳を、凍りつかせるように感情を殺しているように見える。


「別に」


 だから、思っても無い言葉を言ってしまう。

 それ以上踏み込むなと、彼女の心が告げている。聞かないで、言いたくない。瞳が物語るその思いを、彼はなぜか正確に読み取った。

 不意に、一陣の風が入り込んだ。

 少女の髪が翻る。青年の短くざんばらな髪の毛も翻り、一瞬だけお互いの視線が外れる。柄にもなく慌てて視線を戻そうとした総司は、思わず息を呑んだ。

 漆黒の髪が色白の彼女に映える。そしてそれと一緒にその透き通った瞳も。細められたその瞳が、柄にもなく綺麗だと感じてしまう。


「何ですか…?」


 首を傾けたずねてくる彼女に総司ははっと我に返った。


「なに、君が僕に尋ねるの?」


 普通逆だよね、と笑って返してくる総司に、思わず暙桜の身が縮こまった。

 少しぐらいは質問させてほしい。それに、あんなに見られていると聞きたくもなる。

 そう思っても口には出せないから、暙桜はそのまま肩身の狭い思いで縮こばった。

 もともと小さい体を縮こまらせているので、もっと小さく見える。


「で、君はどうしてあの場にいたの? 普通あの時間はいろいろ危ないから町娘は出ないと思うし、君のその身なりからして…ただの町娘じゃ、無いと思うけど」


 じっと紺の双眸で見つめられ、思わず暙桜は腰をひいた。

 気持ち悪いとかは、無いけど……、なんだか、その瞳が恐怖を煽り、自分の中にある何かの気持ちと共鳴する。そんなこと当人に言ったら怒られるだろうから言わないが。


「知らない……」


 かすれた響きは、それが事実だと物語っている。けれど彼の立場上、追及しないわけにはいかない。


「本当に?」

「本当です……っ、知らない間にあそこに居て……、あの人たちが、いた…」


 瞼を伏せた少女は、儚く、今にも消えてしまいそうで、総司は小さく苦笑した。


「そうなの」

「はい……」


 信じてもらえない。信じて、もらえない。


「君は、いつあそこに出た?」


 その言葉に、不信感など微塵も感じず、暙桜は口を開いた。


「わかりません。けれど、わたしは日常を過ごしていました。わたしは………っ、ただ………っ」


 分からないことがもどかしい。信じてもらえないことが苦しい。その瞳を見つめ返すことも、苦しい。切なくて、やるせないくて、胸が痛い。うまく伝わらなくて、うまく伝えられなくて。それがどうしようもなく歯がゆくて、自分自身が腹立たしいのに、胸が、こんなに痛いんだ。


「ただ……」


 誘ったのだ。この躰の中に流れる忌まわしい血が。


「血が……、この躰を巡っている血が、誘ったんです……」


 心臓の辺りを掌で触れた暙桜が心底嫌そうに顔をゆがめた。それは、自分自身を疎んでいるようにも見えて。

 苦闘している彼女の様子を見ていた総司は、その瞳に確信の色を示した。


 ――この躰を巡っている血が、誘ったんです……


 これほどまっすぐで、愚かしく見える少女は、きっと他を探しても見つかりはしない。そして、この血族を。二度と見られないはずの、この血族を。


「…………君は、僕たちの助けだ」

「え……」


 そういって席を立った総司を不審に思ったものの、暙桜はあとを追うことはできなかった。そして、総司が残した言葉を、頭の中で反復した。


 ―――君は、僕たちの助けだ


 安堵したような、けれどどこか痛ましそうなあの表情を、きっと彼女は生涯忘れることは無いだろう。そして、その切なさが締め付けるこの胸の痛みを彼女が知るのは、もう少し先のこと。

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