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その日、村の広場に集まった村人達は一様に苦渋と屈辱に満ちた顔をしていた。
なぜなら彼らは盗賊の脅しに屈し抵抗すること無く大事な村の蓄えを差し出そうとしていたのだから。
こんなことになるならと後悔するものも何人もいるが、そんなことを今更言っても後の祭り。現状を受け入れることしか彼らにはできなかった。
そのようにして訪れて欲しくない時が来るのを沈痛な面持ちで待ち構えていると、村の入り口で見張りをしていた村人が息せき切ってこちらに駆け込んできた。
「て、ていへんだ!」
「どうした、なにごとだ?」
走って来た村人は慌てていたためか村長の目の前で素っ転んでしまったが、転んだ痛みにも気づかないほどの勢いで村長に異常事態を連絡する。
「レ、レクトが、レクトが一人で盗賊達と戦っています!」
「「「「な、なんだって?!」」」」
それを聞いた村人一同が驚きの声を上げる。
あまりの衝撃に誰もが硬直してしまったが、そのなかで一人だけ猛烈な勢いで走り出した者がいた。
それはレクトの兄のライドだった。
ライドは急ぎ足で家に戻り、再び家の戸を開け出てくると、その手には弓矢が握られていた。
ライドは【弓】という弓矢の使用に補正がつく天恵を持っていたが本職のハンターなどではなく畑仕事の合間に軽く狩りをしていた。
そのためライドの天恵は成長も進化もまったくしていなかった。
それでもライドは武器を取って走り出した。
レクトを助けるために。
村外れに住み着く人付き合いの悪い怪しい男のことでレクトとは言い争うことも度々あったが、それはレクトを心配してのことだった。
喪失者になったレクトのことをライドは兄としてずっと気にかけていたのだ。
そんな弟が単身乗り込んで盗賊と戦っていると聞けば居ても立ってもいられず体は自然と動き出し、手には武器を持って全速力で駆け出した。
血溜まりに崩れ落ちる姿を創造してしてしまい、不吉な未来を払拭するようにライドは走り続けた。
そして息せき切って訪れた戦場でライドが見たのは昏倒、又は絶命して倒れている盗賊達と盗賊の首領の脳天に木刀を打ち込もうしているレクトの姿だった。
「なめるな小僧!」
首領は自分に死を与えんとする必殺の一撃を棍棒を振り上げて間一髪で防いだ。
カァァァン
硬質な物同士がぶつかり合う乾いた音が辺りに響く。
空中から木刀を振り下ろしていたレクトは踏ん張ることも出来ずに、そのまま弾かれる。
レクトを弾き飛ばした首領はさらに返す勢いで棍棒を振り下ろし足下にいたポップを追い払った。
計らずとも距離がとれたことで首領は残忍な笑みを浮かべて首に巻いていたタオルを摑み取り、それを勢いよく天高く投げ飛ばした。
「やってくれたな小僧。だがそれもこれまでだ!」
一緒にいた手下達が倒れ、立っているのは自分も含めて二人だけだというのに首領は勝利を確信してわらいだす。
「今、手下達に合図を送った。オレの手下には【千里眼】の天恵を持っている奴がいるからな!今の合図を見て他の奴等に早速連絡をとっているだろうよ!」
「クッ!」
その言葉を聞いてレクトは苦虫を噛み潰したような顔になる。
なぜならレクトにとって最も避けたかった最悪の状況になろうとしているからだ。
同様にライドといつのまにやら様子を見に来ていた村人一同も驚愕と絶望に膝をついて震えていた。
「残念だったな!首領のオレを倒せば何とかなると思っていたんだろうが、世の中そんなに甘くはないぞクソガキ!」
そう言ってから、こちらに集まって来ていた村人に気づいた首領はさらに興奮した面持ちになりレクトを絶望へと駆り立てる言葉を吐き出す。
「そこにいる村人達はお前のせいで死ぬんだ!おまえが余計な正義感を出したせいでな!」
「それはないな」
首領がバカ笑いし、レクトが村人達に気づいて後ろを振り返った瞬間、何者かがそれを否定した。
「なんだと!?」
自分の高揚感をぶち壊すような言葉に振り返ると、そこにとんでもない物があるのを見て首領は口から心臓が飛び出すほどに驚いた。
「な、なんだ!なんだこれは!?」
そこにあったのはうずたかく積み重なった人間の山だった。
その数は総じて百名以上いるかのように見えた。
そして、そこに山積みにされている人間は、首領にとっては全て馴染みの顔だった。
「自慢の手下なら全て倒したぞ」
人の山の山頂から、先ほどと同じ声がして来た。見ればそこには無愛想な顔をした一人の人間が腰掛けていた。
その人間はレクトにとっては馴染みの顔だった。
「師匠」
そう、山となっていたのは餓狼団の残りのメンバー達であり、頂の上でしかめっ面をして座っているのはレクトの師匠、ジェイド・カーシスだった。
「な、なに!そんなバカな!そんなバカなことがあってたまるか!」
あまりの出来事に首領は混乱し興奮した。
対照的にレクトの表情は安堵と歓喜に満ちていた。
「オレの手下には【千里眼】の天恵を持つ奴がいるんだぞ!なのになんでこんなことができるんだ?!」
餓狼団が前にいた国で神出鬼没の盗賊団として名を馳せることが出来たのはひとえに【千里眼】の天恵を持つ物がいたからという理由があるだろう。
この天恵は遠くを見渡すだけでなく鳥のように上空からの視点でものを見ることもできる。
そのため鳥瞰による索敵でいち早く獲物と敵を捉えて迅速に襲撃と逃走を行うことが出来たのだ。
「答える義務も義理もない」
首領の吠え声に対してジェイドは鮸膠も無い態度で受け流す。
自分の出自や生い立ちを村人どころか弟子であるレクトにも教えようとしないジェイドは当然のごとく、首領の質問には答えずにバッサリと切り捨てる。
レクトはジェイドの弟子なので首領の疑問の大まかな答えは知っていた。
ジェイドが前に語った話しによると、ジェイドが住む小屋と耕している畑には侵入者除けと隠蔽の結界が張られているとのことだった。
そのため用もない人間がいちゃもんを着けたり、探索系の能力で見つけられることはまず無いとのことだった。
自分が何者かは教えてくれないジェイドでもこれくらいは教えてくれた。
「クソッ!よくも仲間を!」
首領は現実が受け入れられずにパニックになり【巨大化】した手下は仲間の不運な姿に激怒してジェイドに掴み掛かろうとした。
それに対してジェイドは頂からスルリと降りて一歩前に出る。
そう、ここにいる人間にはジェイドが一歩踏み出したようにしか見えなかった。
それなのに10デュメル以上ある距離を一気に縮め、巨人の前に躍り出た。
「フン」
それから軽く拳を当てると巨人はそのまま倒れ込み気を失って動かなくなってしまった。
それは正に殴ったのではなく軽く触れたとしかいいようがない動きであった。
それを見てレクト以外の全員が口をあんぐりと開けた驚きの表情になってしまった。
レクトにはすでに見慣れた光景だったのでもはや驚きはしなかった。
「なんなんだ!キサマは一体なんなんだ!?」
さらなるとんでもない出来事に首領の頭の中はしっちゃかめっちゃかになっていた。
「レクト」
「はい」
「人間自分の想像を絶する出来事がおこると混乱して思考が停止してしまうことがある」
「はい」
「そのようになってしまった時は気持ちの切り替えが必要だ」
「はい」
「おこってしまった事はしょうがない。否定しても事実は変わらないんだ。肝心なのは変化した状況をどう対処するかなのだ」
「はい、わかりました」
混乱して何かを喚き散らしている首領を無視して、ジェイドはレクトを指導する。
レクトは場違いなことをしている師匠に突っ込むことなく真摯な態度で受け答えをしている。
「てめえらオレを舐めてんのか!?」
突発的に弟子への指導をしている様子に首領はバカにされたと思い、棍棒を大きく振るって大声をあげる。
ジェイドはそんな首領の姿をチラリと一瞥すると、すぐに興味なさそうな顔をしてレクトに向き合う。
「レクト。これはお前が始めた戦いだ。最後のケリは自分の剣でつけろ!」
「はい。師匠!」
ジェイドからの実戦指導を終えたレクトは首領の方へと目を向け、最後を決めるための必殺の構えをとる。
体の左側面を向けて身をひねり、体を沈めて全身をバネにする。
呼吸を整え気を練り上げ、それを刀身へとまとわせる。
全ての準備を終えて見据える先には、未だに混乱と興奮から回復せず大声で喚き散らす大男がいた。
かつて餓狼団という盗賊団を結成し統率してきた男の姿は今や滑稽なピエロにしか見る事ができなかった。
もはや哀れさしか誘わないような盗賊の首領であったが、レクトは同情も憐憫も感じる事無く無慈悲に全力で必殺の一撃を繰り出した。
「妖斬流【削砕突】!」
レクトが繰り出したのは夜空に落ちる流れ星のような突きであった。
だが妖斬流奥義の突きは敵の体を刺し貫く突きではない。
その怒濤のごとき威力のある突きは鬼の血肉を削り骨を砕く滅殺の突きだ。
疾風のごとき早さで駆け出し間合いを詰め、突き出された切っ先は吸い込まれるように敵の腹へとめり込んで行く。
全身をバネにした捻りの効いたその攻撃は首領の内蔵を破裂させ背骨を砕いただけでは飽き足らず血反吐撒き散らしながら10デュメル以上の距離へと突き飛ばした。