第9話 僕もできる
リビングへ戻る途中で、拓也は自分の服を見下ろした。
会社へ行くつもりで着替えたままだ。
「ちょっと着替えてくる」
「僕も行く!」
「着替えるだけだって」
それでもついてくるノエルを連れたまま寝室へ戻り、仕事用の服を脱いで普段着へ着替える。
「これでいいか」
「テレビ!」
「はいはい」
リビングへ戻ると、ノエルはすぐにソファへ飛び乗った。
拓也も隣へ座ってテレビをつける。
画面では朝の情報番組が流れていた。天気や街の話題をしばらく眺めているうちに、ノエルが少しずつ拓也の方へ寄ってくる。
「タクヤ」
「ん?」
「撫でて」
「テレビ見てたんじゃないの?」
「見ながらでいいよ」
「分かったよ」
そう言いながら、拓也はノエルの頭へ手を置いた。
額から耳の間を何度か撫でると、ノエルは満足そうに目を細める。そのまま拓也のすぐ横へ身体を寄せ、画面へ顔を向けた。
しばらくすると番組が切り替わった。
画面いっぱいに、薄暗い岩場のような場所が映る。
「あ、ダンジョンか」
「だんじょん?」
「こういうところ」
拓也が画面を指す。
映像の中では何人かの探索者が大きなモンスターと戦っていた。前にいる一人が攻撃を受け止め、その横から別の探索者が魔法を放つ。
光が走り、モンスターの身体が大きく揺れた。
「おお、すげえ」
拓也は思わず声を漏らした。
続けて別の攻撃が入り、モンスターが地面へ倒れる。番組では何度かその場面が角度を変えて流されていた。
隣のノエルを見る。
さっきまで撫でられて気持ちよさそうにしていた顔のまま、特に驚いた様子もなく画面を見ている。
「ノエル、こういうの好きそうだけど」
「こういうの?」
「戦ったりするやつ。あんまり興味ない?」
「うーん」
ノエルはもう一度画面を見る。
「これ、すごいの?」
「え?」
「この人たち」
「いや、すごいだろ」
拓也が画面へ目を戻す。
ちょうど先ほどの魔法がもう一度流れている。
「こんなの普通にできる人、そんなにいないぞ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「僕もできるよ」
「はいはい」
拓也はそのままノエルの頭を撫でながら、テレビへ目を戻した。
「ほんとだよ!」
拓也が返事をしないでいると、ノエルが下から顔を覗き込んでくる。
「タクヤ、聞いてる?」
「聞いてるって」
「僕もあれくらいできるもん!」
さっきまで気持ちよさそうにしていたノエルが、むっとしたように顔を上げる。
拓也は少し笑った。
「ほんとにできるなら、こういうのでお金稼げるんだけどな」
「お金?」
「ほら、朝話しただろ」
「ご飯買うやつ」
「そうそう」
ノエルは少し考えるように黙ってから、拓也を見る。
「タクヤ、お金好きなの?」
「まあ、あった方がいいだろ」
「いっぱいあったら、仕事行かなくていいの?」
「生活できるくらいあればな」
「じゃあ僕がやる!」
「なにを?」
「これ!」
ノエルが前脚を上げてテレビを指す。
「僕がやれば、お金もらえるんでしょ?」
「いや、そんな簡単な話じゃないって」
「でも僕できるよ!」
拓也は返事の代わりに、もう一度ノエルの頭を軽く撫でた。
「……信じてない」
「いや、だってなあ」
ノエルが拓也の手から頭を抜いた。
そのまま少し離れたところへ移動し、ソファの端へ座る。
「あれ、もう撫でなくていいの?」
「いらない」
「怒った?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん」
「怒ってない!」
明らかにさっきより声が大きい。
拓也が笑うと、ノエルはぷいっと顔をテレビの方へ向けた。
けれど少しすると、またこちらを見る。
「僕ほんとにできるのに」
「まだその話してるの?」
「だって信じてないもん」
「いきなり言われてもな」
「できるもん」
ノエルが今度こそ完全にむすっとした。
テレビでは別のダンジョンの映像へ切り替わっているが、もうそちらにはほとんど目を向けていない。
「タクヤ、信じてくれない」
「そんな怒るなって」
「怒ってない!」
「じゃあこっち来れば?」
「やだ」
「撫でるぞ」
「……いらない」
少し間があった。
拓也は思わず笑いそうになったが、今笑ったら余計に機嫌を悪くしそうなのでやめておく。
「僕、ほんとにできるよ」
「……まだ言うの?」
「できるもん」
ノエルはじっと拓也を見ている。
このまま放っておいても、たぶんずっと言い続ける。
拓也は小さく息を吐いた。
「じゃあ、山行くか」
「え?」
「昨日のところ。そこでやってみればいいだろ」
ノエルの耳がぴんと立った。
「行く!」
「急に機嫌直ったな」
「僕できるから!」
「分かったから。準備するぞ」
「うん!」
拓也がテレビを消して立ち上がると、ノエルもすぐにソファから飛び降りた。
さっきまで端でむすっとしていたのが嘘みたいに、拓也の横へぴったりついて玄関の方へ歩いていく。
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