第51話 初めてのゲレンデ
車が止まると、リカがすぐにシートベルトを外した。
「着いた!」
「雪!」
拓也がエンジンを切るより先に、膝の上にいたノエルも窓の外を見ながら身体を起こす。
リカが助手席のドアを開けると、ノエルはその膝から降り、そのまま雪の積もった駐車場の端へ駆けていった。
「わあ!」
前脚を踏み込むと、白い雪がふわっと沈む。ノエルは一度足元を見たあと、そのまま勢いよく雪の中へ飛び込んだ。
「冷たい!」
「ノエル、埋まってる!」
リカも笑いながら追いかける。
顔を上げたノエルの頭には雪が乗っていた。
「すごい! いっぱいある!」
「まだここ駐車場だぞ」
拓也が荷物を降ろしていると、少し離れたところへ停めた直樹たちもやってきた。
「もう遊んでるのか」
「ノエルが飛び込んだ!」
「だって雪いっぱいあるんだもん!」
ノエルは身体を振って雪を落とすと、また足元を踏んで感触を確かめるように歩いた。
しばらくして、五人は荷物を持ってスキーセンターへ向かった。
中には板やブーツが並び、ウェア姿の人たちが行き来している。ノエルは歩きながら何度も横を見た。
「これが板?」
「そう。さっき車で話してたやつ」
リカが並んでいるスキー板を指さす。
「長い!」
「これ足につけるんだよ!」
「ほんとにこれで滑るの?」
「滑るよ!」
拓也たちは受付を済ませ、ノエル以外の四人は板とブーツ、ストックを借りた。ウェアは家から着てきていたので、靴を履き替えて必要なものだけを持つ。
待っている間も、ノエルは拓也のブーツをじっと見ていた。
「歩きにくそう」
「実際歩きにくいよ」
拓也が立ち上がると、ノエルは足元を見ながら少し笑った。
「変なの」
「あとで滑るとこ見たら分かる」
リカもブーツを履き終えると、近くに置いてあった自分のゴーグルを手に取った。
「ノエルもつける?」
「僕も?」
「つけてみよう!」
返事を待つより早く、リカがノエルの顔へゴーグルを合わせる。拓也が少し手伝ってずれないようにつけると、リカはノエルの顔を見たまま吹き出した。
「ふふっ」
「なんで笑うの!」
「だってなんか変!」
「変じゃない!」
ノエルはしばらくそのまま周りを見ていたが、すぐに前脚で顔のあたりを気にし始めた。
「これ邪魔」
「もう取るの?」
「いらない」
拓也が外してやると、ノエルはすっきりしたように顔を振った。
「こっちの方がいい!」
「ノエルはそのままでいいか」
「うん!」
リフト券も受け取り、荷物をロッカーへ入れる。準備を終えて外へ出ると、目の前にはさっき車から見えた白い斜面が広がっていた。
「広い!」
ノエルが足を止める。
ゲレンデでは何人もの人が斜面を滑り降りている。板で雪を削る音が聞こえ、少し離れたところでは子どもたちがゆっくり練習していた。
「タクヤ、あれがスキー?」
「そう」
「ほんとに滑ってる!」
車の中で聞いていた説明と、目の前の光景がようやくつながったらしい。
拓也たちは平らな場所まで移動し、板を履いた。直樹と美咲も少し身体を動かしてから、ゆっくり滑り始める。
「リカも行く!」
リカが先に滑り出した。
緩い斜面をまっすぐ進み、少し曲がって止まる。
「ノエル、見た!?」
「見た!」
ノエルの尻尾が大きく動く。
「すごい!」
「でしょ!」
「じゃあ俺も行くか」
拓也も板を滑らせる。久しぶりではあったが、身体は思ったより覚えていた。リカより少し先まで滑り、向きを変えて止まる。
「どうだ」
「タクヤもできる!」
「こんぐらいならな」
ノエルは二人を見比べたあと、自分も雪の上へ飛び出した。
「僕も!」
板はない。そのまま四本の足で雪を蹴ると、一気に二人のところまで走ってくる。
「速っ!」
リカが声を上げる。
「僕速いでしょ!」
「でもそれスキーじゃない!」
「速いからいいの!」
ノエルは楽しそうにその場を一周し、また拓也たちのそばへ戻ってきた。
少しずつ場所に慣れてきたところで、直樹が斜面の上を指さした。
「そろそろ上行くか」
「上?」
ノエルが視線を上げる。
斜面の横では、何人も乗った椅子が一定の速さで山の上へ進んでいた。
「あれ乗るの?」
「リフト。あれで上まで行くんだよ!」
リカが答える。
「空飛んでる」
「飛んでないよ!」
「でも浮いてる!」
ノエルは動いていくリフトを目で追いながら、興味深そうに首を上げた。
乗り場まで移動すると、椅子が次々と後ろから回ってくる。
「これ、止まらないの?」
「そのまま乗るんだよ」
「動いてるのに?」
「大丈夫。ノエルは俺が抱えるから」
「分かった!」
順番が来ると、拓也はノエルを抱え上げた。リカと並んで乗り場へ進み、後ろから来た四人乗りの椅子へ腰を下ろす。
「わっ!」
椅子がそのまま前へ進み、少しずつ地面から離れていく。
拓也の膝の上でノエルが下を覗き込んだ。
「上がってる!」
「落ちるなよ」
「大丈夫!」
安全バーが下りると、ノエルはもう怖がる様子もなく前を見た。
駐車場もスキーセンターも少しずつ小さくなり、その向こうまで白い山が続いている。
「すごい!」
ノエルが目を輝かせる。
「リカ、見て! 高い!」
「もっと上まで行くよ!」
「ほんと!?」
ノエルは嬉しそうに身を乗り出しかけ、拓也に身体を支えられながら、それでもずっと下の雪景色を見ていた。
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