第5話 初めてのテレビ
食べ終わった皿を重ねていると、ノエルがすぐ横から拓也を見上げた。
「タクヤ」
「ん?」
「次なにするの?」
「次?」
聞き返してから、拓也はリビングの方へ目を向けた。
さっき家に入った時、ノエルが気にしていたものがある。
「そういや、テレビ見たいって言ってたな」
「テレビ!」
ノエルの耳がぴんと立つ。
「見る!」
「分かったから。先にこれ片づけさせて」
「早く!」
「逃げないって」
拓也が皿を持って立ち上がると、ノエルもすぐについてくる。キッチンへ入ろうとしたところで足を止め、今度はカウンターの向こうから顔だけ覗かせた。
「まだ?」
「今洗ってるだろ」
「もう終わる?」
「もうちょい」
返事をしながら手早く皿を洗い、流しの横へ置く。
「よし」
「テレビ!」
「はいはい」
リビングへ戻ると、ノエルは先にソファへ飛び乗った。さっき気に入った場所らしく、座面の上でくるりと向きを変えてからテレビの方を見る。
「これ?」
「そう」
拓也も隣へ腰を下ろし、ローテーブルの上にあったリモコンを手に取った。
「それなに?」
「テレビつけるやつ」
「僕もやる!」
「じゃあ、このボタン押してみる?」
「押す!」
拓也がリモコンを差し出すと、ノエルは前脚を伸ばして示されたボタンを押した。
少し遅れて、暗かった画面に明かりがつく。
「わっ!」
ノエルがすぐにテレビへ顔を向けた。
画面には、派手なセットの中で何人かの人間が並んでいた。誰かが大きな声で何かを言うと、周りから一斉に笑い声が上がる。
「人いる!」
「映ってるだけだよ」
「ここにいるの?」
「ここにはいない」
「じゃあどこ?」
「別の場所」
ノエルはテレビをじっと見たあと、ソファから飛び降りた。
「どこ行くんだ?」
返事はなく、そのままテレビの横まで行く。少し回り込み、今度は画面の裏側へ顔を向けた。
「いない」
「だから中にいるわけじゃないって」
「じゃあなんで見えるの?」
「それ説明するの難しいな……」
拓也が困っている間にも、テレビからまた大きな笑い声が聞こえた。
ノエルが振り返る。
「笑ってる!」
「バラエティだからな」
「ばらえてぃ?」
「みんなで喋ったり、遊んだりする番組」
「面白いの?」
「じゃあ、バラエティ見るか」
「見る!」
ノエルはすぐにソファへ戻り、拓也の隣へ座った。
しばらく見ていると、出演者の一人がゲームに失敗して派手に転び、周りが一斉に笑い始めた。
ノエルもつられるように声を上げる。
「あはは!」
「分かって笑ってる?」
「転んだ!」
「そこは分かるのか」
次の場面では、目隠しをした人が変な方向へ歩き出す。ノエルは前脚を少し浮かせたまま画面を見つめていたが、壁の手前で止まるとほっとしたように座り直した。
「ぶつからなかった」
「危ないと思った?」
「うん」
「テレビの中だから助けに行けないぞ」
「分かってるよ!」
「ほんとか?」
「分かってる!」
むっとしたように言い返しながらも、目はすぐに画面へ戻っている。
番組が終わり、画面が切り替わったところで、拓也は何となくチャンネルを変えた。
今度は、部屋の中で男と女が向かい合っている。さっきまでの賑やかな空気とは違い、二人とも険しい顔をしていた。
ノエルも少し静かになる。
「この人、怒ってる?」
「怒ってるな」
「なんで?」
「俺も途中から見たから分かんない」
「タクヤも分かんないの?」
「テレビ見たら何でも分かるわけじゃないからな」
「ふーん」
画面の中で女が何か言い返すと、男が黙り込む。
ノエルは少し首を傾げた。
「仲悪いの?」
「今はそう見えるな」
「仲直りする?」
「さあ」
「してほしい」
「気に入ったの?」
「だってずっと怒ってるのやだ」
そのまま続きを見ていると、さっきまで何度も聞いてきたノエルが少しずつ静かになっていった。
拓也は最初、ドラマに集中しているのかと思った。
けれど隣を見ると、ノエルの目がさっきより細くなっている。
「ノエル」
「なに?」
「眠い?」
「眠くない」
「いや、眠そうだけど」
「眠くないよ」
返事はしたものの、声にさっきまでの勢いがない。
ノエルはテレビへ顔を戻した。しばらくすると、ゆっくり瞬きをする。次に目を開けるまでが少し長い。
「寝てもいいんだぞ」
「寝ない」
「なんで?」
「まだ見る」
「後でも見られるって」
「見る……」
「はいはい」
拓也はそれ以上言わず、テレビへ視線を戻した。
画面の中ではさっきの二人が場所を変え、今度は並んで座って話している。
少しして、拓也の腕に柔らかいものが触れた。
見ると、ノエルが身体を寄せたまま目を閉じていた。
「……寝てるじゃん」
声をかけても返事はない。
さっきまで眠くないと言い張っていたのに、もう耳も動かない。呼吸に合わせて白い毛だけがゆっくり上下している。
拓也は少し笑って、テレビの音を小さくした。
起こさないようにソファへ深く座り直す。
静かになった部屋でそのままテレビを眺めていると、今度は拓也の方にも眠気がきた。
「……俺も眠いな」
山を歩いて、ノエルを連れて帰って、家に着いてからもずっと落ち着かなかった。食事も終わってようやく座ったせいか、身体の力が一気に抜けていく。
少しだけ目を閉じるつもりで、拓也は背もたれへ身体を預けた。
隣では、ノエルがくっついたまま眠っている。
テレビの小さな音だけが流れる中、拓也もそのまま目を閉じた。
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