第41話 水野葵
しばらく進んだところで、拓也は床に残った魔石を拾い、リュックを下ろした。口を開けると、飲み物やタオルの隙間はここまで集めた魔石でほとんど埋まっている。
「……入るか?」
手に持った魔石を押し込んでみたが、ファスナーが途中で止まった。中身を少しずらしてもう一度閉めると、今度はぎりぎり最後まで動く。
「入らない?」
「今ので最後だな」
横から中をのぞいていたノエルが、そのまま通路の奥へ顔を向けた。
「まだ行きたい」
「次に出た分、持って帰れないぞ」
「えー」
しばらく奥を見ていたノエルが、ふいに拓也へ顔を戻す。
「……お腹すいた」
「じゃあ戻るか。飯も食うんだろ」
「食べる! お肉!」
さっきまで奥へ進みたがっていた足が、今度は迷わず来た道へ向いた。拓也も重くなったリュックを背負い直し、その後を追った。
管理施設へ戻り、認証ゲートを抜ける。リュックを下ろした時には、肩が急に軽くなった気がした。
「先に売ってくるか」
「うん!」
二人で買取窓口へ行き、拓也は中の魔石を出していった。職員が一つずつ確認していくのを眺めながら、前にDランクを最後まで回った時のことを思い出す。あの時でも二十二万円ほどだった。
今回はCランクとはいえ、まだ途中だ。どのくらいになるのかはまったく分からない。
「全部で、五十万円ほどになります」
「……え?」
思わず職員の顔を見る。
「五十万、ですか?」
「はい」
拓也は一瞬そのまま固まり、もう一度表示された金額を見た。
「……五十万?」
見直しても五十万円だった。
「すご……」
会社員だった頃、一か月働いてもこんな金額にはならなかった。それを今日は、Cランクを最後まで攻略したわけでもないのに稼いでいる。
「タクヤ?」
隣から声がして、拓也はようやく顔を上げた。
「これ、めちゃくちゃ多いぞ」
「そんなに?」
「会社で一か月働くより多い」
「一日で?」
「そう。一日で」
ノエルの目が大きくなる。
「じゃあ、また旅行行けるね!」
その言葉に、拓也も思わず笑った。
「行けるな。次どこ行くか考えるか」
「遊びにも行ける! ご飯もいっぱい食べられる!」
尻尾が大きく揺れる。
五十万円という数字を見た時はただ驚いたが、そう言われると急に使い道まで浮かんできた。今回みたいに泊まりで出かけてもいいし、今度は別の場所へ行ってみてもいい。
「タクヤ、ご飯行こう!」
「おう。腹減ったな」
買取窓口を離れ、二人で食事のできる店が並ぶ方へ向かう。近づくにつれて焼いた肉の匂いが漂い、行きにも足を止めた大きな看板が見えてきた。
「あった!」
ノエルはすぐに看板の前へ行った。
大きく載った料理の写真を端から眺め、途中で戻り、また別の写真を見る。しばらく行ったり来たりしたあと、一つの写真の前で止まった。
「これ食べたい……でも、こっちも」
「まだ決まらない?」
「うん。いっぱいある」
拓也も横から看板を眺める。肉の丼に、厚く切った肉が何枚も載った定食。どれも昼飯には十分そうだった。
「迷うなら、店入ってから決めればいいだろ」
「でも決めたい」
「そうか」
ノエルはまた最初から写真を見始めた。
「……かわいい」
すぐ近くから声がした。
拓也が振り向くと、少し離れたところに若い女性が立っていた。
年は拓也と同じくらいか、少し下に見える。明るい茶色に少し赤みの混じった短い髪で、動きやすそうな服の上から軽い装備を身につけていた。背はやや高く、顔立ちも整っている。
ただ、その視線は拓也ではなく、完全にノエルへ向いていた。
「え、なに?」
ノエルが振り返る。
「えっ」
女性の目が一瞬大きくなった。
「喋った……?」
「喋るよ」
ノエルが首を傾げる。
「あ、ごめん。びっくりしただけ」
女性はすぐに笑うと、ノエルの前でしゃがんだ。近くで見ても視線はずっとノエルに向いたままだ。
「すっごいかわいくて……名前、なんていうの?」
「ノエルだよ」
「ノエル!」
女性は嬉しそうに笑った。
「私、水野葵。ねえ、ちょっと撫でてもいい?」
「やだ」
返事は早かった。
葵は少し残念そうな顔をしたものの、それ以上近づこうとはしない。
ノエルがまた看板へ顔を戻すと、葵もその先を見る。
「まだ決めてないの?」
「どれにするか迷ってる」
「じゃあ私がご馳走しようか? 好きなの頼んでいいよ」
「ほんと?」
ノエルの顔がすぐに葵へ戻る。
「ほんと。何個でもいいよ」
「いやいや、大丈夫です」
拓也は思わず間に入った。
「さすがに悪いんで。自分たちで払います」
「いいですよ、このくらい」
「でも――」
「タクヤ、もらわないの?」
ノエルが拓也を見上げる。
「もらわないっていうか、初対面の人にいきなり奢ってもらうのも悪いだろ」
「僕は食べていいって言われたよ」
「そうだけど」
ノエルは少し考えてから、今度は葵を見る。
「じゃあ僕の分、出してくれる?」
「もちろん!」
「タクヤのも?」
「もちろん!」
「増えてるだろ」
葵が吹き出した。
「いいですよ。二人とも私が出します」
「いや、本当に大丈夫なんで」
「私が一緒に食べたいんです。ダメですか?」
そう言われて、拓也は言葉に詰まった。
隣ではノエルが、もう一度料理の写真を見上げている。
「じゃあこれと、これにする!」
葵は嬉しそうにノエルの選んだ写真をのぞき込み、そのまま店の入口へ顔を向けた。
「じゃあ行こっか」
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