第18話 仕事に行く朝
翌朝、拓也が目を覚ますと、ノエルはもう起きていた。ベッドの横で伏せたまま、拓也が身体を起こすのを見ている。
「おはよう」
「おはよう」
返事はしたが、いつものようにすぐ近くへ寄ってくることはなかった。
拓也は顔を洗い、朝飯の用意をした。ご飯を温め、卵を焼いて二人分を並べる。
「いただきます」
「いただきます」
二人で食べ始める。ノエルは普通に食べているが、いつもより静かだった。食べ終わってもすぐに何かしたがることもなく、拓也が食器を片づけるのをじっと見ている。
「どうした?」
「今日、仕事行くの?」
「ああ」
「行かなきゃだめ?」
「今日は行かないと」
「……休めない?」
「昨日も休んだからな」
ノエルは何も言わなかった。
拓也が寝室へ行き、仕事用の服へ着替える。戻ってくると、ノエルはさっきと同じ場所にいた。
「タクヤ」
「ん?」
「仕事、何時まで?」
「夕方まで。終わったら帰ってくるよ」
「遅い」
「しょうがないだろ」
ノエルの耳が下がる。昨日みたいに脚へしがみついてくることはないが、行ってほしくないのは見れば分かった。
「今日は一人じゃないから」
「一人じゃない?」
「母さん来るよ」
「お母さん?」
「俺の母さん」
ノエルが顔を上げた。
「タクヤにもお母さんいるの?」
「いるよ」
「どこにいるの?」
「もうすぐ来る」
そう言った少しあとで、玄関のチャイムが鳴った。拓也が玄関へ向かうと、ノエルも後ろからついてくる。
ドアを開けると、母が立っていた。
「おはよう」
「おはよう。朝からごめん」
「いいわよ」
母の視線が拓也の後ろへ動き、少し離れたところにいるノエルで止まった。
「この子がノエル?」
「そう」
母が靴を脱いで家へ上がる。
「こんにちは、ノエル」
「こんにちは」
ノエルは母を見上げたまま、少し首を傾げた。
「タクヤのお母さん?」
「そうよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
母が笑った。
「かわいい子ね」
ノエルの耳がぴくっと動く。
「かわいい?」
「うん。真っ白でふわふわね」
母が近づくと、ノエルは逃げずにその場にいた。
「触ってもいい?」
ノエルは少し考えてから、拓也を見る。
「嫌なら嫌って言っていいぞ」
「……いいよ」
母がしゃがみ、ノエルの頭を軽く撫でる。
「ほんとにふわふわ」
ノエルは撫でられながらも、目だけは拓也の方へ向けていた。
「母さん、悪いけど今日一緒にいてやって。まだこっち来て数日だし、一人にするのちょっと心配で」
「分かった。任せて」
「助かる」
ノエルは拓也の鞄へ目を向けた。
「タクヤ、もう行くの?」
「そろそろ行かないと」
「……そっか」
拓也が鞄を持って玄関へ向かうと、ノエルもついてきた。母もその後ろから玄関まで来る。
拓也が靴を履いて立ち上がる。
「ちゃんと帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
「仕事終わったら?」
「終わったら帰る」
「寄り道しない?」
「しないよ」
ノエルはしばらく拓也を見上げていた。
「……分かった」
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
声は小さかった。
「母さん、頼む」
「はいはい。行ってらっしゃい」
拓也は家を出た。
会社へ着くと、そこからはいつもの朝だった。自分の席へ座ってパソコンを起動すると、昨日休んでいた分だけメールや連絡が溜まっている。
近くの席の同僚から「昨日、大丈夫でした?」と声をかけられ、拓也は「もう大丈夫です」と返した。そのまま届いている連絡を追い、必要なものから順番に返していく。
午前中は仕事をしているうちに過ぎた。
昼休みになり、拓也は椅子へ背中を預けた。
「……疲れた」
まだ半日しか働いていない。
机の端に置いたスマートフォンを見る。昨日、Dランクダンジョンで受け取ったのは五万円だった。
昨日は入口の近くを少し歩いただけだった。素材が出たのは一回だけで、毎回同じように稼げるとは限らない。
それでも、五万円だった。
拓也はパソコンの画面を見る。朝からずっと座って仕事をして、夕方までまだ何時間もある。
「……ダンジョンの方が楽だったかもな」
昨日も帰る頃にはかなり疲れていた。オークも怖かったし、自分一人なら行こうとは思わない。
けれどノエルがいれば、戦闘はほとんど一瞬だった。拓也がやったことといえば、歩いて、マップを見て、残った魔石や素材を拾ったくらいだ。
何回か行って、それでも昨日と同じくらい稼げるなら。
「会社辞めるのも、考えていいかもな」
昼休みが終わる少し前、拓也はスマートフォンを机へ戻した。パソコンの画面を開き直し、午後の仕事に戻った。
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