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リナリアの幻想~動物の心はわかるけど、君の心はわからない~  作者: スズキアカネ
この恋に気づいて

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視えない記憶【三人称/リナリア視点】


『いやっ、いやああああ!! 誰か助けて!』


 少女の悲鳴が響き渡る。

 嫌だ、止めてと叫ぶその声は悲痛だった。声を枯らしても尚叫び続けたが、助けにくる者などどこにもおらず、彼女の花は強引に散らされた。


『叫んでも無駄だ』


 抵抗できないように枷を付けられた少女はまるで性奴隷のように扱われた。

 突然わけもわからず拉致されて連れ込まれた屋敷内で見知らぬ男性に乱暴を受けた日から彼女は、愛も思いやりもない一方的な性暴力に晒されていた。


 目的は彼女の身に宿る魔力を受け継いだ赤子。

 その男は魔力を欲していたのだ。


 最初はなんとしてでも逃げようと抵抗を重ねていた彼女だったが、屋敷内の人間は全員男の味方。見つかれば容赦ない仕置きを受けた。

 助けてと叫んでも誰も助けてくれない。夜にはあの男が犯しにくる。体調が悪くても嫌がってもお構いなしに少女の胎に子種を流し込んだ。


 月の障りが来れば役立たずと罵倒され、また犯される。

 そんなことを繰り返していくうちに、とうとう彼女の心は折れ、抵抗しなくなった。


 暴力に晒される彼女の身体も心も疲弊していき、どんどん反応も鈍くなった。

 生きた人形のように無気力になり、飲食を拒絶するようになってしまった。彼女はゆるやかな死を望むようになったのだ。


 だけど子どもを生むまではなんとしてでも生かさなければならない。

 男は使用人に命じて、少女にむりやり食事をさせ、世話をして生かしてきた。──しかし、懐妊してもすぐに流れてしまい、出産まで至らなかった。


 そうなれば彼女は、タダ飯喰らいの役立たずと罵られた。


『もう、これは要らない。新しい娘を探す』


 その一言で彼女は捨てられた。魔法陣を使った転送術で別の場所へ飛ばされた。

 衰弱する女性を治療することなく、人気のない場所へポイ捨てされたのだ。ひと目のつかない場所で勝手に野垂れ死にしてくれたらいいと言わんばかりに、最後まで雑な扱いをされた。


 無理矢理拉致して、長期間拘束した上に酷い目に遭わせた女性が転送されるのを黙って見送っていた男はすぐに興味をなくし、次に使えそうな女性を見繕うために地下室を後にしたのである。



◆◆◆◆◆



『人が倒れてる』

『死んでる?』

『息はあるよ』


 長期休暇に突入して、地元に帰ってきていた私は近くの街へとお買い物に来ていた。両親がつけた護衛の人たちを引き連れてお店を見て周り、必要なものを買い揃えていると、どこからかひそひそ声が聞こえた。

 ──だけどこれは人の話し声じゃない。私にしか聞こえない声。

 引き寄せられるように声のする方へと私は足を運んだ。


「お嬢さん、どちらへ」

「こっち、声が聞こえます」


 止めようとする護衛さんの横を通りすぎて、私は入り組んだ路地裏へと足を運んだ。

 表通りから外れたその場所は薄暗く、人がいない。


「お嬢さん、こっちはスラムに繋がっていて危険です」


 止めてくれる護衛さんには申し訳ないけど、この声の主達のことが気になるのだ。少し寄り道を許してほしい。


『いきなり現れたね』

『血のにおいがする』


 ──どんどん距離が近づいていく声の主達の言葉は物々しいものだった。私は歩く足を早めて駆け出した。護衛さん達が慌てて後ろからついてくる気配を感じ取りながら、目的地まで急いだ。

 なんだろう、この胸騒ぎは。

 近づいちゃいけない嫌な雰囲気があるのに、放置しておいたらいけないそんな気がする。


「……!」


 たどり着いたのは行き止まりとなっている路地だった。日の当たらないそこは日中も薄暗くてじめじめとしている。ボロボロの煉瓦が積み重なっており、手入れされていないのが見て取れた。


 その片隅に飾り気のないワンピース一枚を着用しただけの裸足の女性が倒れ込んでいた。

 棒切れのように手足が細く、死人かと思った私は驚いて足がすくんでしまった。野ネズミ達が排水溝の側に留まって、倒れている人を観察している。恐らく私が聞いたのは彼らの会話だろう。


「なんだ…行き倒れか?」

「脈はあります!」


 反応が早かった護衛さんの一人が素早く倒れている人の元に駆け寄った。容態を確認すると生きていることが判明。

 だけどその脈も弱く、このまま放置しておけば命も危ういという見立てだった。


「ね、ねぇあなたたち、この人が運ばれて来たのを見ていたんだよね? 運んできたのはどんな人だった?」


 私は野ネズミ達に問い掛けた。

 初対面の彼らは言葉が通じる私に驚いていたようだったけど、渋ることもなく証言してくれた。


『この人間以外誰も居なかったよ』

『いきなり出てきた』

「そうなの…?」


 野ネズミの言葉に私が首を傾げる。

 彼らは見たままの証言をしてくれた。その内の一匹が口にした「いきなり出てきた」という単語に関しては思い当たる節がある。

 それは魔力を持った者の仕業ではなかろうか。


「警らを呼んできます。お嬢さんはここで」

「なら私は魔法魔術省のお役人さんに連絡します。もしかしたら魔術師がこの件に関わっているかもしれないから」


 ……それに、未解決の行方不明事件に関わることかもしれない。この人は恐らく私よりもいくつか年上なくらいの若い女性だろう。


 私はその場で習い立てほやほやの伝書鳩の呪文を唱える。伝言を乗せようとしたけど、妙な緊張と恐怖に震えて声が上擦っていた。しかもうまく説明できなかったかもしれない。

 とりあえず住所だけは伝えたので、手が空いていたら来てくれるとは思う。うまく伝わらなかったとしても、キューネルさんがくれた探索機能付きのブローチで現在地を特定してくれるであろう。



 最寄りの警ら詰め所から急行してきた警らと時を同じくして、フッと転送術で目の前に現れたのはキューネルさんと、まさかのブレンさんであった。

 私はキューネルさんにしか伝書鳩飛ばしていないのに、どうして所轄の異なるブレンさんがここへ……? と疑問を浮かべていたら、たまたま仕事の関係で同じ場所にいたこと、私からの伝書鳩の伝言を耳にしたので同行してきたのだと説明された。


 私は買い物中に動物達の声が聞こえて、ここにやってきたこと、野ネズミ達が一部始終を目撃していたことなどを説明する。

 その傍らではブレンさんが衰弱している女性に治癒魔法をかけ続けていた。


「もしかしたらですけど、魔術師が関わっているかも知れません」

「……かもしれないね、この子も魔術師だから」

「えっ」


 しゃがみ込んで被害者を支えているブレンさんの独り言のようなつぶやきに私は振り向く。だけどブレンさんの視線は被害者に向かっていた。何故彼女が魔術師だとわかったのかと不思議に思ったけど、彼の行動を見て納得した。

 魔眼を使って彼女の記憶を覗き込んでいるのだと。

 被害者は意識がボンヤリしているようだが、目を開けていた。ブレンさんはいつも装着している眼鏡を外して、うっすら開かれた彼女の生気のない瞳を凝視している。



 一通り覗き込んだ後に眼鏡をつけ直したブレンさんは険しい顔をしていた。とても顔色が悪い。……嫌なものを視てしまったのだろうか。


「この子は……行方不明だった魔法魔術学校の卒業生だ。2年前に学校を卒業している」


 深呼吸をして心を落ち着けたブレンさんは重い口を開いた。


「じゃあ、私と在学期間がかぶっていたんですね」

「この子は特別塔の子だ。……孤児院から引き取られた、貴族の養女だった。行方不明届を出されていたが見つからず……養子縁組解除された」


 その説明に私は苦々しい気持ちになる。

 縁もゆかりもない女性だけど、彼女がどういう境遇か想像してしまったからだ。本当、貴族というのは勝手である。無意識のうちにぐっと拳をにぎりしめた。


 女性の記憶を見た途端、ブレンさんを纏う空気感が変わった。何を視たのか尋ねてみたけど、彼は言いにくそうに言葉を濁していた。

 具体的には教えてくれなかったけど、こんなことを言っていた。


『あの女性をあんな目に遭わせた犯人の顔は見えなかった。魔術か薬を使われて記憶を改変されているんだ。……これまでの平民女性失踪事件と同じく』


 これまでに見つかった被害者……平民の魔術師女性たちに共通する状況は、加害者側の情報が巧妙に隠されているのだという。

 ブレンさんは魔眼の力を頼りに、被害者たちの記憶を覗いてきたけど、一度も犯人の顔を視られなかったのだという。


「……リナリアさん。君が関わるには危険すぎる。今日のことは私たちに任せて君は早くお家へ帰りなさい」

「えっ、でも」


 私は一応第一発見者だし、調査に協力するつもりでいたのに。

 困惑する私の両肩を掴んだブレンさんは「大丈夫だから、ここは大人たちに任せなさい」と諭し、護衛さん達に寄り道せず私を家まで送り届けるようにと命じていた。

 後ろ髪引かれる思いだったけど、促されるがまま馬車に乗って大急ぎで家まで送り届けられたのだった。


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