第2話「ナルシスト、遊園地で死す。」
「さて。どうしたものか」
あの不思議な出来事から数日が経った。
未だに僕は、姫野凪沙 に告白できないままでいる。
……いや。
むしろ、あの邪魔さえ入らなければ、あの日告白できていた気すらする。
「あいつのせいでぇぇぇ!!」
僕は“僕”への怒りを募らせた。
いや、僕が僕にキレるって何なんだよ。
そもそも、あれは本当に現実だったのか?
凪沙さんは何も見えていない様子だったし、
僕にしか見えていない可能性もある。
「とにかく! アイツさえ出てこなければ――!」
その時。
「カーーーーット!!!」
「うわぁっ!?」
聞き覚えしかない怒号。
同時に、外から
ガタッ!!
と大きな音がした。
……配達員さん、ごめん。
窓の外に視線を向けると、荷物を落としたらしい配達員さんが、こちらを見て怯えていた。
本当にごめん。
◇ ◇ ◇
「君、そういう他責思考よくないよ」
いつの間にか、ソファにふんぞり返った“僕監督”がいた。
「はい?」
「ボクがいなかったら失敗してたから」
「この僕が?」
僕は自分を指差す。
「この見た目の僕が?」
監督は深いため息を吐いた。
「ほらまた出た」
「ナルシスト」
「うっ」
図星だった。
悔しい。
◇ ◇ ◇
しばらく、意味の分からない言い合いが続いた。
というか、なんなんだこの状況。
未来の僕と口論する大学生なんて、世界中を探しても僕くらいだろう。
いや、嬉しくないけど。
◇ ◇ ◇
「そもそも!」
僕は監督から渡された台本を突きつけた。
「この台本、タイトル以外なにも書いてないじゃないか!」
表紙には大きく、
『ナルシスト、遊園地で死す』
とだけ書かれている。不穏すぎる。
「まあ、それは時が来れば分かる」
監督は意味深に笑った。
「とにかく! オレの台本通りにやればいいから!」
「まるで、オレ様監督だな……」
思わず呟くと、監督の目がキラリと光る。
「それ、いいネーミングだね!」
「え?」
「採用!」
何故か満足げに頷かれた。嫌な予感しかしない。
◇ ◇ ◇
「じゃ、また!」
監督はどこかで見たような、昭和の主人公みたいな“あばよ”ポーズを決める。
そして、そのままスゥッ……と消えた。
訪れた静寂のその数秒後。
「……あ」
僕はあることに気づく。
「アイツ、土足だったなーーー!!!!」
部屋にはしっかり靴跡が残っていた。
「これだけは許さない。」
◇ ◇ ◇
あれから結局、台本の意味は分からなかった。
だが、アイツの言った通り――なぜか 姫野凪沙との遊園地デートが決まった。
……やっぱり未来の僕は、何か知っているのか?
「いや!」
僕は勢いよく立ち上がる。
「そんなことより、完璧なデートプランを考えなくては!」
恋愛サイト。
デート特集。
“女性が喜ぶ遊園地エスコート術”。
検索履歴が恋愛初心者すぎる。
「なるほど……」
僕は真剣な顔でメモを取る。
「人気アトラクションは外せない。昼はSNS映えのレストラン。締めは夕焼けをバックに観覧車頂上で告白……」
完璧だ。
どこかで見たことあるような王道プランではある。
だが、王道とはつまり“成功例”ということ。つまり成功する。
「……ふふ」
笑いが漏れる。
「ふはははは……!」
成功する未来が見える。これはもう勝っただろう。
◇ ◇ ◇
デート当日。
服装、完璧。
髪型、完璧。
香水、つけすぎてない。完璧。
あとは彼女を待つだけ――。
すると。
「遅れてすみません……!」
遠くから、小走りで駆けてくる凪沙さんの姿が見えた。
白いワンピース。
揺れる髪。
今日も可愛い。
いやもう普通に可愛すぎる。
「……僕が早く来すぎただけだから、気にしないで」
ネットで見たような爽やかな笑顔を添えて返す。
完璧だ。
今のはかなり自然だった。
「さ、まずは人気アトラクションに行こうか」
そう言って、僕は自然な動作で彼女の荷物を持つ。
完璧。
実にスマート。
(よし……! 完璧なデートプランの始まりだ……!)
そう思っていた。
思っていたのに――。
「わぁ……すごい人ですね」
見渡す限り、人、人、人。
アトラクション待機列、百二十分。
夢も希望もない。
「すごいですね……」
凪沙さんも少し驚いたように列を見上げる。
「この待ち時間も、凪沙さんと一緒ならあっという間さ」
僕はキメ顔で言った。
「千早さんってば、お上手ですね」
凪沙さんは笑っていた。
でもその笑顔が、
“楽しくて笑った”のか。
“気を遣って笑った”のか。
その時の僕には、分かっていなかった。
僕は気分よく、ネットで仕入れた雑学を披露し始めた。
ジェットコースターの最高速度。
観覧車の建設費。
マスコットキャラクターの裏設定。
今思えば、なぜそんな情報を話したのか分からない。
だが、その時の僕は必死だった。
沈黙が怖かったのだ。
なんとかアトラクションを終え、僕はすぐ次の場所へ向かった。
「次行こうか!」
「は、はい……!」
凪沙さんが小走りでついてくる。
次は、城をモチーフにした人気アトラクション。
“感動間違いなし!”
とネットでも話題になっていた。
ここは絶対に見せたかった。
彼女もきっと感動する。
そう信じていた。
「ここも凄い人気ですね」
凪沙さんは並ぶ列を見ながら小さく笑った。
だがその時。
彼女が少しだけ靴を履き直した。
……ヒール。
そういえば今日、かなり歩かせている。
だがその時の僕は、
“予定通り進めること”
しか頭になかった。
「並んだ先には感動が待ってるよ」
僕はそう言った。
「楽しみにしてます」
凪沙さんは笑った。
綺麗な笑顔だった。
でも今思えば。
あの笑顔は、
少しだけ“頑張ってる笑顔”
だった気がする。
◇
一通りアトラクションを周り終え、僕は予約していたレストランへ向かった。
だが、想定以上の混雑で、スケジュールはかなり押していた。
食事も急ぎ足になる。
「ごめんね。ゆっくり出来なくて」
「いえ、大丈夫ですよ」
また彼女は笑う。
優しい。
本当に優しい。
……だから僕は、その優しさに甘えていた。
(最後は観覧車……!)
(ここで挽回する!)
(最高の告白で締めるんだ!)
そう強く意気込んだ、その瞬間――。
「カーーーーーーット!!!」
「うわっ!?」
聞き覚えしかない怒号。
隣では少年がポップコーンを盛大にぶちまけていた。
「うわああああ!」
「ご、ごめん少年!」
本当に申し訳ない。
「まーーったく。ダメダメダメ」
いつの間にか監督がいた。
「NGのオンパレード。ゴールどころかオウンゴールで試合終了だよ」
「何言ってるんだ。これはネットでも高評価の完璧プランだぞ!」
「これが完璧?」
監督は呆れた顔をする。
「冒頭からつまらなすぎて、読者もここまでスクロールしてるよ」
「スクロールってなんだよ!」
「なんなら作者も途中ちょっと疲れて、筆を止めたぞ」
「そこは頑張れよ作者ァ!!」
僕は思わず空に向かって叫んだ。
すると監督は、急に真顔になった。
「……お前さ」
空気が変わる。
「“失敗しない風祭千早”ばっか演じてるよね」
「……は?」
「彼女にやってるのはデートじゃない」
監督は僕を指差した。
「プレゼンだ」
言葉が、刺さった。
「演じるな」
監督は静かに言う。
「“失敗しない風祭千早”をやめろ」
「……」
「風祭千早を殺せ」
「え……?」
「とにかく台本通りにやれ。よーい……アクション!」
「また強引だな!?」
世界が巻き戻る。
◇
「遅れてすみません!」
再び、小走りで凪沙さんがやってくる。
(本当に最初からやり直しかよ……)
僕は心の中で悪態をついた。
「大丈夫」
台本を見る。
「……なんか、緊張して早く来すぎちゃっただけだから」
言った瞬間。
「あっ……」
凪沙さんが驚いた顔をした。
「風祭さんでも、そんなことあるんですね」
くすくす笑う。
その笑顔は、さっきまでよりずっと自然だった。
人気アトラクション前。
「すごい人ですね……」
ここまでは同じ。
だが台本には続きがあった。
『ヒールを気にする』
僕はハッとする。
そうだ。凪沙さん、ずっとヒールだった。
「どうしようか。凪沙さん、ヒールだし」
「長時間並ぶの辛くない?」
「えっ?」
彼女は目を丸くした。
「そんな、気を遣ってもらって悪いです」
「気にしないで」
台本を見ながら僕は言う。
「僕は、一緒に楽しめる方が大事だから」
「疲れたらちゃんと言ってね」
言った瞬間、また気づいてしまった。
僕は今まで、
“エスコートしているつもり”
だっただけだ。
本当は――彼女を見ていなかった。
「……ありがとうございます」
凪沙さんの顔が、ぱあっと明るくなる。
今まで見たどの笑顔より、自然だった。
そして僕たちは、次のアトラクションと食事も無事に済ませ、最後の目的地の観覧車へ向かった。
監督を見る。
監督は無言で頷いた。
“行け”
そう言っていた。
◇
観覧車の中。
夕焼けが窓を赤く染めていた。
しばらく沈黙が流れる。
……怖かった。
以前の僕なら、この沈黙を埋めるためにキザな台詞を言っていただろう。
でも今は違う。
「凪沙さん……今日はごめん!」
「え?」
「僕、ずっと“完璧なデート”することしか考えてなかった」
「楽しませるつもりで、全然見えてなかった」
「エスコートしてるつもりだった」
「でも実際は、プレゼンしてただけだった」
言葉が止まらない。
格好悪い。
でも。
今の言葉は、ちゃんと僕の言葉だった。
すると凪沙さんは、少しだけ目を丸くして――笑った。
「……ふふっ」
「おかしな風祭さん。今日ずっと頑張ってくれてましたよ? エスコートも完璧でした」
(しまった! ここはやり直した後の世界だった!)
「でも」
彼女は少しだけ笑って、
「緊張してたのは、分かってました」
と言った。
「……バレてた?」
「ちょっとだけです」
いたずらっぽく笑う彼女。
その笑顔を見て、僕は初めて肩の力が抜けた気がした。
「でも」
彼女は優しく言う。
「最後に、素の風祭さんを少し知れて嬉しかったです」
「今日一日、ずっと楽しかったですよ」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
「カーーーーット!!」
遠くから監督の声が聞こえる。
いや、なんで聞こえるんだよ。
ここ、観覧車の頂上だぞ。
「エクセレーーーーント!!」
姿は見えない。でも絶対ウザいポーズしてる。
それだけは分かる。
……やっぱりアイツ、僕なんだな。
――観覧車を降りたあとも、僕の胸は妙に落ち着かなかった。
夕焼けはすっかり夜へ変わり、園内のイルミネーションが静かに光っている。
「今日はありがとうございました」
凪沙さんがぺこりと頭を下げる。
「ううん。こちらこそ」
自然に返せた。
いや、“自然に返してしまった”。
監督もいない。
台本も見ていない。
それなのに、今の言葉はちゃんと出てきた。
「……」
凪沙さんは少しだけ僕を見上げたあと、くすっと笑った。
「風祭さんって」
「はい?」
「思ってたより、ずっと普通の人なんですね」
「えっ」
普通。人生で初めて言われた。ちょっと傷ついた。
「いや、褒めてますよ?」
慌ててフォローする凪砂さん。
「なんだか、今日の後半から急に話しやすくなりました」
「……そうかな」
「はい。前半は」
凪沙さんは少し考えて、
「営業スマイル感がすごかったです」
「営業!?」
思ったより刺さる。
「あと雑学タイム長かったです」
「うっ」
「ジェットコースターの最高速度は、正直どうでもよかったです」
「ぐはぁっ!」
致命傷だった。
だが凪砂さんは、楽しそうに笑っている。
……あれ?
なんだろう、この空気。
最初の、
“完璧なデート”より。
今の方がずっと楽しい。
「でも」
凪沙さんは優しく微笑む。
「後半の風祭さん、私は好きでしたよ?」
ドクン、と胸が跳ねた。
……まただ。また簡単に心臓を握ってくる。
この人、絶対天然でやってない。
「じゃあ、今日はこの辺で」
「う、うん!」
凪沙さんは小さく手を振ると、夜の駅へ歩いていった。
僕はその背中を、しばらく見送っていた。
◇ ◇ ◇
帰宅後。
「ただいまー……」
疲れ切った僕は、そのままベッドへ倒れ込もうとして――止まる。
「おかえり」
聞き覚えのある声。
顔を上げると、そこには当然のように監督がいた。
「なんでいるんだよ!!!」
「いやぁ〜、今日は疲れたね」
「人の話聞いて!?」
監督は勝手に僕のベッドへ腰掛けながら、満足そうにうんうん頷いている。
なんなんだコイツ。
でも――。
「ま、でも。今日はありがとう」
僕は小さく息を吐く。
「やっと君の言いたいことが分かったよ」
監督は黙って聞いていた。
「僕がやることは、未来ではことごとく失敗に終わったってことを。そして今日、僕は彼女にフラれた。それが今の君なんだって」
すると監督は、心底面倒臭そうに眉をひそめた。
「いや。フラれてない」
「……は?」
「ここで、オレの告白は成功してる」
思考が止まる。
「え?」
てっきり。ここで僕の恋愛は終わったと思っていた。
「ちょ、ちょっと待て。なんで成功したんだ……?」
監督は腕を組み、少し考える。
「……ん〜。恐らく顔だろう」
「さすが僕だと思うけど……殴っていいか?」
「まあ、振られるのは合ってるけど、ここじゃない」
その瞬間。
監督の表情が変わった。
さっきまでの軽薄な笑みが消える。
「俺はずっと、“失敗しない風祭千早”ばっか演じてた」
静かな声だった。
「だから失敗したんだよ」
その言葉は、妙に胸へ刺さった。
「でも最後に、お前はその“演じた風祭千早”を捨てた」
監督は少しだけ笑う。
「それが良かったんだ」
「俺が伝えたかったのは、それだけ」
「……なんだよ、それ」
すると監督は、空気を変えるようにパンッと手を叩いた。
「とにかく! 次の台本もあるからよろしく!」
どこからともなく取り出した台本を、僕へ押しつける。
表紙には、大きくこう書かれていた。
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第3話
『サプライズは事故る』
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「またまた嫌なタイトルだなぁ!!!!!!」
僕の怒号が部屋中に虚しく響く。監督は満足そうに頷くと、
「じゃ、また次回!」
昭和ドラマみたいな“あばよ”ポーズを決め、
スゥ……と消えた。
再び訪れる静寂。
「……相変わらず騒がしい奴だな」
僕は小さくため息を吐く。でも不思議と、嫌な気分ではなかった。
「……あ」
ふと床を見る。
そこには、見覚えのある靴跡がしっかり残っていた。
「アイツまた土足だったな」
今日一日の余韻が、一気に吹き飛ぶ。
「次は絶対スリッパ履かせる……!」
そう呟いた瞬間。
僕は、ある重大な事実に気づいた。
「……というか」
「アイツ今日、告白してたんじゃん!」
「僕、まだ告白してないのに!?!?」
未来の僕は、観覧車で告白成功済み。
つまり。
全部アイツが勝手に進めてるだけじゃないか!
「僕の告白時間、返せええええええ!!!」
再び、僕の怒号が部屋中に虚しく響いたのだった。




