↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/2

第2話「ナルシスト、遊園地で死す。」

 


「さて。どうしたものか」


 あの不思議な出来事から数日が経った。

 未だに僕は、姫野凪沙 に告白できないままでいる。


 ……いや。


 むしろ、あの邪魔さえ入らなければ、あの日告白できていた気すらする。


「あいつのせいでぇぇぇ!!」


 僕は“僕”への怒りを募らせた。

 いや、僕が僕にキレるって何なんだよ。


 そもそも、あれは本当に現実だったのか?


 凪沙さんは何も見えていない様子だったし、

 僕にしか見えていない可能性もある。


「とにかく! アイツさえ出てこなければ――!」


 その時。



「カーーーーット!!!」




「うわぁっ!?」




 聞き覚えしかない怒号。


 同時に、外から


 ガタッ!!


 と大きな音がした。


 ……配達員さん、ごめん。


 窓の外に視線を向けると、荷物を落としたらしい配達員さんが、こちらを見て怯えていた。



 本当にごめん。



 ◇ ◇ ◇



「君、そういう他責思考よくないよ」


 いつの間にか、ソファにふんぞり返った“僕監督”がいた。


「はい?」


「ボクがいなかったら失敗してたから」


「この僕が?」


 僕は自分を指差す。


「この見た目の僕が?」


 監督は深いため息を吐いた。


「ほらまた出た」

「ナルシスト」



「うっ」

 図星だった。

 悔しい。



 ◇ ◇ ◇



 しばらく、意味の分からない言い合いが続いた。

 というか、なんなんだこの状況。

 未来の僕と口論する大学生なんて、世界中を探しても僕くらいだろう。


 いや、嬉しくないけど。



 ◇ ◇ ◇



「そもそも!」


 僕は監督から渡された台本を突きつけた。


「この台本、タイトル以外なにも書いてないじゃないか!」


 表紙には大きく、



『ナルシスト、遊園地で死す』



 とだけ書かれている。不穏すぎる。


「まあ、それは時が来れば分かる」

 監督は意味深に笑った。


「とにかく! オレの台本通りにやればいいから!」


「まるで、オレ様監督だな……」

 思わず呟くと、監督の目がキラリと光る。



「それ、いいネーミングだね!」



「え?」




「採用!」


 何故か満足げに頷かれた。嫌な予感しかしない。



 ◇ ◇ ◇


「じゃ、また!」


 監督はどこかで見たような、昭和の主人公みたいな“あばよ”ポーズを決める。

 そして、そのままスゥッ……と消えた。


 訪れた静寂のその数秒後。



「……あ」

 僕はあることに気づく。




「アイツ、土足だったなーーー!!!!」




 部屋にはしっかり靴跡が残っていた。



「これだけは許さない。」




 ◇ ◇ ◇



 あれから結局、台本の意味は分からなかった。


 だが、アイツの言った通り――なぜか 姫野凪沙との遊園地デートが決まった。


 ……やっぱり未来の僕は、何か知っているのか?


「いや!」


 僕は勢いよく立ち上がる。


「そんなことより、完璧なデートプランを考えなくては!」



 恋愛サイト。

 デート特集。

 “女性が喜ぶ遊園地エスコート術”。


 検索履歴が恋愛初心者すぎる。



「なるほど……」



 僕は真剣な顔でメモを取る。


「人気アトラクションは外せない。昼はSNS映えのレストラン。締めは夕焼けをバックに観覧車頂上で告白……」


 完璧だ。

 どこかで見たことあるような王道プランではある。

 だが、王道とはつまり“成功例”ということ。つまり成功する。



「……ふふ」



 笑いが漏れる。


「ふはははは……!」


 成功する未来が見える。これはもう勝っただろう。




 ◇ ◇ ◇




 デート当日。


 服装、完璧。


 髪型、完璧。


 香水、つけすぎてない。完璧。


 あとは彼女を待つだけ――。




 すると。


「遅れてすみません……!」


 遠くから、小走りで駆けてくる凪沙さんの姿が見えた。


 白いワンピース。


 揺れる髪。


 今日も可愛い。


 いやもう普通に可愛すぎる。


「……僕が早く来すぎただけだから、気にしないで」


 ネットで見たような爽やかな笑顔を添えて返す。


 完璧だ。


 今のはかなり自然だった。


「さ、まずは人気アトラクションに行こうか」


 そう言って、僕は自然な動作で彼女の荷物を持つ。


 完璧。


 実にスマート。


(よし……! 完璧なデートプランの始まりだ……!)


 そう思っていた。


 思っていたのに――。





「わぁ……すごい人ですね」




 見渡す限り、人、人、人。


 アトラクション待機列、百二十分。


 夢も希望もない。



「すごいですね……」


 凪沙さんも少し驚いたように列を見上げる。


「この待ち時間も、凪沙さんと一緒ならあっという間さ」


 僕はキメ顔で言った。


「千早さんってば、お上手ですね」


 凪沙さんは笑っていた。



 でもその笑顔が、

 “楽しくて笑った”のか。

 “気を遣って笑った”のか。


 その時の僕には、分かっていなかった。



 僕は気分よく、ネットで仕入れた雑学を披露し始めた。


 ジェットコースターの最高速度。


 観覧車の建設費。


 マスコットキャラクターの裏設定。




 今思えば、なぜそんな情報を話したのか分からない。

 だが、その時の僕は必死だった。

 沈黙が怖かったのだ。



 なんとかアトラクションを終え、僕はすぐ次の場所へ向かった。


「次行こうか!」


「は、はい……!」


 凪沙さんが小走りでついてくる。


 次は、城をモチーフにした人気アトラクション。



 “感動間違いなし!”



 とネットでも話題になっていた。


 ここは絶対に見せたかった。

 彼女もきっと感動する。

 そう信じていた。


「ここも凄い人気ですね」


 凪沙さんは並ぶ列を見ながら小さく笑った。


 だがその時。

 彼女が少しだけ靴を履き直した。


 ……ヒール。


 そういえば今日、かなり歩かせている。


 だがその時の僕は、



 “予定通り進めること”



 しか頭になかった。



「並んだ先には感動が待ってるよ」

 僕はそう言った。


「楽しみにしてます」


 凪沙さんは笑った。

 綺麗な笑顔だった。



 でも今思えば。


 あの笑顔は、

 少しだけ“頑張ってる笑顔”

 だった気がする。



 ◇



 一通りアトラクションを周り終え、僕は予約していたレストランへ向かった。


 だが、想定以上の混雑で、スケジュールはかなり押していた。


 食事も急ぎ足になる。


「ごめんね。ゆっくり出来なくて」


「いえ、大丈夫ですよ」




 また彼女は笑う。


 優しい。

 本当に優しい。


 ……だから僕は、その優しさに甘えていた。




(最後は観覧車……!)


(ここで挽回する!)


(最高の告白で締めるんだ!)


 そう強く意気込んだ、その瞬間――。





「カーーーーーーット!!!」




「うわっ!?」


 聞き覚えしかない怒号。

 隣では少年がポップコーンを盛大にぶちまけていた。



「うわああああ!」



「ご、ごめん少年!」


 本当に申し訳ない。



「まーーったく。ダメダメダメ」



 いつの間にか監督がいた。


「NGのオンパレード。ゴールどころかオウンゴールで試合終了だよ」


「何言ってるんだ。これはネットでも高評価の完璧プランだぞ!」


「これが完璧?」




 監督は呆れた顔をする。



「冒頭からつまらなすぎて、読者もここまでスクロールしてるよ」


「スクロールってなんだよ!」




「なんなら作者も途中ちょっと疲れて、筆を止めたぞ」



「そこは頑張れよ作者ァ!!」



 僕は思わず空に向かって叫んだ。

 すると監督は、急に真顔になった。



「……お前さ」


 空気が変わる。



「“失敗しない風祭千早”ばっか演じてるよね」


「……は?」




「彼女にやってるのはデートじゃない」




 監督は僕を指差した。




「プレゼンだ」




 言葉が、刺さった。


「演じるな」


 監督は静かに言う。


「“失敗しない風祭千早”をやめろ」


「……」


「風祭千早を殺せ」


「え……?」


「とにかく台本通りにやれ。よーい……アクション!」


「また強引だな!?」


 世界が巻き戻る。



 ◇



「遅れてすみません!」


 再び、小走りで凪沙さんがやってくる。


(本当に最初からやり直しかよ……)


 僕は心の中で悪態をついた。


「大丈夫」


 台本を見る。


「……なんか、緊張して早く来すぎちゃっただけだから」


 言った瞬間。



「あっ……」


 凪沙さんが驚いた顔をした。


「風祭さんでも、そんなことあるんですね」


 くすくす笑う。


 その笑顔は、さっきまでよりずっと自然だった。




 人気アトラクション前。


「すごい人ですね……」


 ここまでは同じ。

 だが台本には続きがあった。



『ヒールを気にする』



 僕はハッとする。


 そうだ。凪沙さん、ずっとヒールだった。



「どうしようか。凪沙さん、ヒールだし」

「長時間並ぶの辛くない?」



「えっ?」



 彼女は目を丸くした。


「そんな、気を遣ってもらって悪いです」


「気にしないで」


 台本を見ながら僕は言う。



「僕は、一緒に楽しめる方が大事だから」

「疲れたらちゃんと言ってね」


 言った瞬間、また気づいてしまった。


 僕は今まで、



 “エスコートしているつもり”



 だっただけだ。



 本当は――彼女を見ていなかった。



「……ありがとうございます」



 凪沙さんの顔が、ぱあっと明るくなる。

 今まで見たどの笑顔より、自然だった。


 そして僕たちは、次のアトラクションと食事も無事に済ませ、最後の目的地の観覧車へ向かった。



 監督を見る。


 監督は無言で頷いた。


 “行け”


 そう言っていた。




 ◇




 観覧車の中。


 夕焼けが窓を赤く染めていた。


 しばらく沈黙が流れる。


 ……怖かった。



 以前の僕なら、この沈黙を埋めるためにキザな台詞を言っていただろう。


 でも今は違う。


「凪沙さん……今日はごめん!」


「え?」


「僕、ずっと“完璧なデート”することしか考えてなかった」


「楽しませるつもりで、全然見えてなかった」


「エスコートしてるつもりだった」


「でも実際は、プレゼンしてただけだった」


 言葉が止まらない。

 格好悪い。

 でも。


 今の言葉は、ちゃんと僕の言葉だった。


 すると凪沙さんは、少しだけ目を丸くして――笑った。



「……ふふっ」

「おかしな風祭さん。今日ずっと頑張ってくれてましたよ? エスコートも完璧でした」



(しまった! ここはやり直した後の世界だった!)



「でも」


 彼女は少しだけ笑って、


「緊張してたのは、分かってました」


 と言った。




「……バレてた?」


「ちょっとだけです」


 いたずらっぽく笑う彼女。



 その笑顔を見て、僕は初めて肩の力が抜けた気がした。



「でも」

 彼女は優しく言う。


「最後に、素の風祭さんを少し知れて嬉しかったです」

「今日一日、ずっと楽しかったですよ」


 その言葉だけで、胸がいっぱいになった。




「カーーーーット!!」




 遠くから監督の声が聞こえる。


 いや、なんで聞こえるんだよ。


 ここ、観覧車の頂上だぞ。




「エクセレーーーーント!!」




 姿は見えない。でも絶対ウザいポーズしてる。


 それだけは分かる。


 ……やっぱりアイツ、僕なんだな。





 ――観覧車を降りたあとも、僕の胸は妙に落ち着かなかった。


 夕焼けはすっかり夜へ変わり、園内のイルミネーションが静かに光っている。




「今日はありがとうございました」


 凪沙さんがぺこりと頭を下げる。


「ううん。こちらこそ」


 自然に返せた。

 いや、“自然に返してしまった”。

 監督もいない。

 台本も見ていない。


 それなのに、今の言葉はちゃんと出てきた。



「……」


 凪沙さんは少しだけ僕を見上げたあと、くすっと笑った。


「風祭さんって」


「はい?」


「思ってたより、ずっと普通の人なんですね」


「えっ」


 普通。人生で初めて言われた。ちょっと傷ついた。


「いや、褒めてますよ?」

 慌ててフォローする凪砂さん。


「なんだか、今日の後半から急に話しやすくなりました」


「……そうかな」


「はい。前半は」

 凪沙さんは少し考えて、


「営業スマイル感がすごかったです」


「営業!?」


 思ったより刺さる。



「あと雑学タイム長かったです」


「うっ」


「ジェットコースターの最高速度は、正直どうでもよかったです」


「ぐはぁっ!」


 致命傷だった。


 だが凪砂さんは、楽しそうに笑っている。



 ……あれ?

 なんだろう、この空気。


 最初の、

 “完璧なデート”より。

 今の方がずっと楽しい。



「でも」



 凪沙さんは優しく微笑む。



「後半の風祭さん、私は好きでしたよ?」



 ドクン、と胸が跳ねた。


 ……まただ。また簡単に心臓を握ってくる。


 この人、絶対天然でやってない。



「じゃあ、今日はこの辺で」


「う、うん!」


 凪沙さんは小さく手を振ると、夜の駅へ歩いていった。


 僕はその背中を、しばらく見送っていた。



 ◇ ◇ ◇



 帰宅後。


「ただいまー……」


 疲れ切った僕は、そのままベッドへ倒れ込もうとして――止まる。



「おかえり」



 聞き覚えのある声。


 顔を上げると、そこには当然のように監督がいた。


「なんでいるんだよ!!!」


「いやぁ〜、今日は疲れたね」


「人の話聞いて!?」



 監督は勝手に僕のベッドへ腰掛けながら、満足そうにうんうん頷いている。


 なんなんだコイツ。


 でも――。



「ま、でも。今日はありがとう」


 僕は小さく息を吐く。



「やっと君の言いたいことが分かったよ」


 監督は黙って聞いていた。


「僕がやることは、未来ではことごとく失敗に終わったってことを。そして今日、僕は彼女にフラれた。それが今の君なんだって」


 すると監督は、心底面倒臭そうに眉をひそめた。




「いや。フラれてない」


「……は?」


「ここで、オレの告白は成功してる」



 思考が止まる。



「え?」


 てっきり。ここで僕の恋愛は終わったと思っていた。




「ちょ、ちょっと待て。なんで成功したんだ……?」




 監督は腕を組み、少し考える。





「……ん〜。恐らく顔だろう」




「さすが僕だと思うけど……殴っていいか?」




「まあ、振られるのは合ってるけど、ここじゃない」




 その瞬間。


 監督の表情が変わった。


 さっきまでの軽薄な笑みが消える。





「俺はずっと、“失敗しない風祭千早”ばっか演じてた」





 静かな声だった。




「だから失敗したんだよ」




 その言葉は、妙に胸へ刺さった。


「でも最後に、お前はその“演じた風祭千早”を捨てた」


 監督は少しだけ笑う。


「それが良かったんだ」


「俺が伝えたかったのは、それだけ」


「……なんだよ、それ」


 すると監督は、空気を変えるようにパンッと手を叩いた。


「とにかく! 次の台本もあるからよろしく!」


 どこからともなく取り出した台本を、僕へ押しつける。


 表紙には、大きくこう書かれていた。




 ---




 第3話


『サプライズは事故る』




 ---





「またまた嫌なタイトルだなぁ!!!!!!」



 僕の怒号が部屋中に虚しく響く。監督は満足そうに頷くと、


「じゃ、また次回!」


 昭和ドラマみたいな“あばよ”ポーズを決め、

 スゥ……と消えた。




 再び訪れる静寂。


「……相変わらず騒がしい奴だな」


 僕は小さくため息を吐く。でも不思議と、嫌な気分ではなかった。



「……あ」



 ふと床を見る。


 そこには、見覚えのある靴跡がしっかり残っていた。


「アイツまた土足だったな」


 今日一日の余韻が、一気に吹き飛ぶ。


「次は絶対スリッパ履かせる……!」




 そう呟いた瞬間。


 僕は、ある重大な事実に気づいた。




「……というか」

「アイツ今日、告白してたんじゃん!」


「僕、まだ告白してないのに!?!?」



 未来の僕は、観覧車で告白成功済み。


 つまり。

 全部アイツが勝手に進めてるだけじゃないか!



「僕の告白時間、返せええええええ!!!」



 再び、僕の怒号が部屋中に虚しく響いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。