37話 サクリウス vs アウル
上位魔神――。
向かい合う少年に対し、サクリウスがそう呼ぶ。その是非はともかく、二人の間には少しの沈黙が走り、言い様の無い緊張感が漂っていた。
既に数十分にも渡って激しい戦闘が繰り広げられていたグラウト市の西門広場は、絶えず炎に包まれている。だが幸いなことにも、付近の民家や店に燃え移る火種が無かった為、大規模な火災には及ばずに済んでいた。
その広場の中心で相対をする少年と青年。昼間の授業でも一戦を交えた二人だが、両者の置かれている境遇が前回とはまるで異なっていた――。
「おーい、だんまりかー? それとも舌でも千切られたかー? さっさと答えろっての」
一切口を訊こうとしない少年にサクリウスは、軽い気持ちで軽い張り手を頬にパチンと当てる。しかしそれが今の少年にとっては攻撃と認識をされ、意図せず開戦の合図となってしまったのだった。
少年は掴んでいたビスタの襟首から手を離すと、そのまま左拳をサクリウスの顔面目掛けて放った。だがサクリウスも予め警戒をしていたため、首を傾けてそれを易々と避ける。
「っとぉ、あっぶねーな」
回避には成功した。ただ、少年の右手を抑え付けていた力が緩んでしまい、難なくと引き剥がされる。そうして自由になった少年のもう片方の拳が、サクリウスの腹部に向かって打たれた。
「……おーい、話聞けっつーに」
ボディへのその一撃を間一髪、サクリウスは右手で受け止める。
(痛ってー、なんつーパンチ力だよ……ガキとは思えねー。つーか昼間と全然ちげーじゃん)
余裕を取り繕ってはみせたサクリウスだが、受け止めた掌がジンジンと痛み、胸中には動揺が走る。
(とりあえず……この状態はあんま望ましくねーな)
これ以上接近を維持するのは危険だと判断した彼は、受け止めた拳を離すと、ひとまず後ろへ跳んで間合いをはかる。
「……いいか? 話せねーのはもー分かったから良く聞けよ? 次、俺に攻撃しよーもんなら俺はオマエを敵と――」
サクリウスは離れたと同時、信号光術を上空へと放ち警告を送った。しかし少年はそれを完全に無視、立っていた位置から瞬時に姿を消す。
(っっ、上等だっつーの!)
サクリウスが威勢を剥き出す。しかし少年は数ヤールトは離れていた彼との間合いを、一回の踏み込みのみで懐深くにまで潜り込むのであった。
(速ぇっ――)
そしてその勢いのまま、身長が一九〇アインク近くあるサクリウスの下顎に向けて、剃刀と形容するに相応しい程の鋭い廻し蹴りを真下から打ち上げたのだ。
「――っっ!」
一六〇アインク程度にしか高さのない小柄な身体から放たれた、驚異の蹴り技。紙一重のタイミングでサクリウスは顎を上へと向ける。弧を描いた蹴りは、最高到達点で顎を掠めるようにして通過していった。
(あっぶね……!)
なんとか回避に成功。
だが少年は蹴りの遠心力を利用し、身体を旋回。
今度は地を這うような水面蹴りを、サクリウスの足首目掛けて放った――。
(マジかよコイツ……!)
一切の躊躇いのない、その流麗な足技。
驚愕するサクリウス。
軸足を刈り取られた彼の身体が宙に浮く。
大きな隙が生じてしまう。
少年は相手の着地を待たずして、跳ぶ。宙空で前転した勢いのまま、浴びせるようにして踵を無防備な顔面へ――。
「――〝ブリトニン〟」
瞬間、青色の細い電流の束。それが術を唱えたサクリウスの両手から蔦が伸びるように発生し、少年の蹴り足の先端に触れる。
『バチッ』という炸裂音と共に、高電圧が少年の全身を駆け巡り、一瞬だが動きを硬直させた。
「――ッッ!」
雷術による不意の反撃に、少年の攻撃は勢いを失う。サクリウスは浮いた足を悠々と着地させ、迫りくる踵をひらりと躱す。
「お返し、なっ――!」
そして避けるや否や、サクリウスは長い脚での強烈な中段蹴りを、逃げ場のない宙に浮いたアウルの腹部へと見舞う。
「……っっ」
火の手が回っていない民家の方へと蹴り飛ばされた少年の身体。そのまま窓に突き刺さり、甲高く響くガラスの砕ける音と共に木造の部屋の壁に叩き付けられる。
(ふー……とりあえずはなんとか凌いだが。さーて、どーすっかねえ……)
走ってここまで辿り着いた時のそれとは違い、冷たい汗がサクリウスの額から流れ出る。
(にしても、身体能力が昼間のガキとは段違い過ぎんだろーよ……! 先に信号撃っといたから良かったものの、このまま一人で相手すんのはちと厳しーな――と)
「……もうお目覚めかよ。完全にアバラ砕いて病院のベッド直送コースだったのになー」
分析と戦況の確認を行うサクリウスだったが、割れた窓から身を乗り出し、ゆっくりとこちらへ向かってくる少年を視認。思考をやむなく中断させられる。
蹴った感覚からすれば、手応えがあったのは確かだ。現に少年の肋骨は折れていた。しかし魔神族特有の有り余るほどの自己治癒力のお陰で、骨折すらも瞬時に快復へと至らせてみせたのだ。
「……あのよ。一つ聞きてーんだが、いいか?」
再び対峙をした二人だが、サクリウスが合間を縫う。当然、少年はその問い掛けに眉一つ動かすことなく無視を一貫。独りごちるかのように、サクリウスが続けた。
「……あそこにあるアイツの死体。あれもオマエがやったのか?」
親指を後方へと向け、既に事切れていたクルーイルの亡骸をサクリウスは指した。
「…………」
無論、返事を聞き出すことは敵わなかった。しかし、一切の変化を見せなかった少年の表情がそこで初めて怒りへと変貌を遂げたのだ。殺気が解き放たれ、今にも襲い掛かってきそうな少年のその姿に、サクリウスは口角を上向かせる。
「ハッ、触れちゃいけねーことだったか? んじゃー俺もぼちぼち……」
彼は、腰帯の両脇に差していた二振りの短剣を抜く。白銀色に輝く二本の刀身。両手でそれぞれ握り、構える。
「……本気で行かせてもらうとすっか」
◇◆◇◆
――時系列は少し遡り、ラオッサ街道。
辺りを生い茂る草原に敷かれ均されたこの道を、二人の女性が歩いていた。
「あぁ、今日もつっかれた……早く帰っておフロ入りたぁい!」
伸びをしながらそう嘆く女性。少女と見紛う程の華奢な体つき。オレンジのポニーテールを靡かせ、背中には自身の身長を優に超すサイズの、抜き身の禍々しいデザインの大剣が括り付けられている。
彼女こそが第11団士を務めるカレリア・アネリカ。年齢は二十五歳、独身――である。
「任務が終わるといつもそればかりね。疲れた顔ばかりしていると、良い男も寄ってこないわよ?」
そのカレリアの隣を歩くのは、学士や同僚の兵士達から絶大な人気を誇るお馴染みの彼女。第10団士のジェセル・ザビッツァ。同じく二十五歳、既婚者――。
「うわー、あんたに言われるとイヤミにしか聞こえないって。ジェスは良いよねえ、旦那がいてさ。なぁんかヨユー感じちゃうよねえ」
「冗談よ。それに私の夫なんて最近ずっと遠征任務ばかりで、何十日も会えないとかザラよ? ずっと他人事だと思ってたけど、バズムントの奥さんの気持ちが今なら良く理解出来るわ」
宥めつつ、自身も嘆くジェセル。そんな彼女にカレリアは指をビシッと差して熱弁をする。
「そういうのが私は欲しいのよ! いいじゃんいいじゃん、必ず帰ってきてくれる相手がいてさ!」
「そういうものかしら? けどカレリアは見た目もカワイイんだし、引く手数多じゃなくって?」
「いやだから、あんたにソレ言われてもまじでイヤミにしか聞こえないっての……! 結婚するまでに何人のオトコを虜にしてきたのよ?」
軽快な女子トークを弾ませながら、ジェセルとカレリアは街道を歩く。二人は学士時代からの付き合いで、親衛士団創設の頃から序列も常に隣だった。お互いに親友と呼べる同士の仲を誇っていたのだ。
「そう卑屈になっちゃダメよ。ほら、そろそろゲートが見えてくる頃よ。報告が終わったらいつもの店で愚痴でもなんでも聞いてあげるわ」
二人は現在、ゲート外の近郊に出現した魔物の討伐任務を終えたところ。このまま普段通り帰還をしようと、ゼレスティアへと向かっている最中だったのだが――。
「……ねえカレリア、あれは一体何かしら?」
「え?」
歩いていた道の前方を、唐突にジェセルが指差す。カレリアも言われて気付き、指された方向を注視する。
ニ〇〇ヤールト程前方に見えたのは、動かない巨大な荷馬車――。
加えて、遠目で上手く視認することは出来ないが、人間が何人も倒れているのがこの距離からでも確認できた。
「あれってビスタの部隊じゃ……」
と、日付と時間帯からカレリアが察する。それを受けたジェセルは、逡巡をすることなく先を往く。
「カレリア、行くわよ!」
「うん!」
カレリアも彼女へ続くように急行。
女団士二人が、死臭漂う現場へと足を踏み入れる――。




