38話 サクリウス・カラマイト
サクリウス・カラマイト。
親衛士団所属第13団士、二十四歳。
今回は彼の半生について触れよう――。
彼の生まれはゼレスティア――ではあるのだが、親や兄弟といった親族の類いは一人も国内にはいない。そのため物心の付く以前から、南地区のフルコタ市にある孤児院での生活を余儀なくされていた。
では誰が彼を孤児院に預けたのか。当時の孤児院にて勤務をしていた職員に話を伺ってみると、こんな答えが返ってきた。
――ゼレスティアが記録的な豪雨に見舞われた、ある日の夜分のこと。
降りしきる雨の中、孤児院に訪ねてきた一人の若い女性。ずぶ濡れの姿で現れた女性の両腕の中には、まだ一歳にも満たないであろう赤子。女は何も言わずに赤子を職員へと差し出し、腕に抱きかかえさせたという。
避難警報まで発令した程の滝のような降雨量だったにも関わらず、傘一つ差していなかったその女性が何者だったのかは、赤子を差し出された職員も結局分からず終いであった。
しかし、赤子服に挟まれた一枚の紙に記された
〝Sacrius Caramite.〟という文字列を見た職員が、そのままその赤子にそう名付けたのだという。
そしてその日から、経緯はどうであれサクリウスは孤児院での生活をスタートさせたのだった。
孤児院でのサクリウスは、身体や精神に障害が表れたりすることなく健やかに育っていった。しかし六歳を迎えたその年に、孤児院は財政難により破産してしまうのであった。
孤児院に居た他の子達が養子として次々と引き取られて行く中、サクリウスだけが何故か引き取り手が現れず、最後まで一人取り残されたという。結局、フルコタ市の市長がやむ無くとった手段が『学武術園』に預け、生活させるというものだった。
学園に通い、学園で寝食をする。これで、ひとまずは問題が解決された。誰しもがそう思ったことだろう。
だがサクリウスは、感受性が最も多感となる年頃に特定の人物から愛情を与えられずに育てられたことによって、成長が進むにつれて性格が良からぬ方向へと荒んでしまうのであった。十二歳になる頃には、教士連中も頭を悩ます程の悪童へと成長してしまったという。
そして十三歳を過ぎると学園で生活をするのにもサクリウスは嫌気が差してしまい、脱走を幾度も繰り返し、つるんでいた不良友人の家や当時付き合っていた女子の家で寝泊まりをするようになっていたとか。
飲酒(※ゼレスティアでは十八歳から)・傷害・窃盗・詐欺・恐喝――と、殺人と強姦以外の悪事には殆ど手を染めていたというサクリウス。そんな彼が卒業を控える九修生となった、十五歳のある日のこと。少年の生涯に於いて『運命を変えた転機』と呼べる出来事が訪れたのだ――。
月に一、二度しか登園していなかった彼が珍しく出席をしていたその日。丁度午後からは武術授業があり、サクリウスもその日は大人しく武術場へと足を運んでいた。
当時の武術授業は既に現在とシステムは変わっておらず、その日はたまたまゼレスティア国軍から兵士が派遣され、生徒達を視察するという日だった。
当時はまだ『親衛士団』が発足されていなかったため、数人のゼレスティア兵が視察に訪れるのみであった。そしてその内の一人が、当時は一介の兵士に過ぎなかった現親衛士団、団長――〝ヴェルスミス・ピースキーパー〟であったのだ。
一方でサクリウスはというと、出席したとはいえ真面目に授業を受ける気などさらさら無く、友人達と適当に過ごし暇を潰していた。
そんな中、他の兵士とは明らかに異なる存在感や覇気を纏わせた、独特なオーラを漂わせるヴェルスミスの姿をサクリウスは初めて目撃する。
『なー、あそこにいるアイツ、何者なの?』
学士数人に剣術を指南している最中のヴェルスミスを、サクリウスはふと興味が湧いたのか、隣に居合わせた友人へと尋ねた。
『おいおい知らないのか? ヴェルスミス・ピースキーパー、国内きっての名門で生まれ育った超超超有名人だよ』
『強えーの?』
『強ええなんてモンじゃねえよ。先代の当主のギリアム・ピースキーパーの後任として、次期兵士長の座に就くのはあの人だってウワサされてるくらいだよ』
『ふーん……』
友人からそこまでの説明を聞き及び、サクリウスは俄然と興味を増す。
(へー、名門育ちねー。恵まれた血に恵まれた環境……気に入らねーなー。ホントに強えーかどーかオレが試してやんよ……)
生まれ育った環境やこれまでに歩んできた人生、全てが自身とまるで異なる男――ヴェルスミス。そんな彼を快く思わなかったサクリウスはおもむろに歩み寄り、軽い悪戯心を働かせて背中へと問い掛ける。
『ねーねー、あんたあのピースキーパー家の人間だってな』
『……ああ、そうだ』
突然、出自について尋ねられたヴェルスミスは振り向き、相槌を打つに留める。ボサボサに伸ばしっ放しな銀の長髪をたくわえた少年は、続いて提案をする。
『じゃー強いんだろ? だったらちょっとさー、オレと手合いしてみてくんね?』
『学士相手に手合わせなどするものか。お前が大人になってから改めてこい』
ピシャリと二言で済まされ、全く相手にしてもらえなかったサクリウスの胸の内に、反骨の炎が燃え上がる。袖にされたのもそうだが、子供扱いをされた事が何よりも腹立たしかったのであった。
『あー、そーかい……!』
片方の口角を吊り上げながらそう零したサクリウスは、近くにいた無関係の学士からバンブレードをぶん取る。そして躊躇いも無しに、背を向けていたヴェルスミスの後頭部へと不意打ちを仕掛ける――しかし。
『気は済んだか?』
『……っ!?』
少年の視界に映るは青天。
そう、いつの間にか仰向けに倒されていたのだ。
不意を衝いていたはずの後頭部への一撃。ヴェルスミスは軽々といなすと、同時に懐へと入り込み、勢いそのままに背中で持ち上げる様にしてサクリウスを転がしていたのだ。
『生憎とこちらは子供のお遊びに付き合っているほど暇じゃないんだ。あっちで大人しく剣でも振ってくることだな』
それだけを言い残すと、ヴェルスミスは他の学士への教授を再開させる。
全く相手にされなかったどころではなく、全く相手に〝ならなかった〟サクリウス。ケンカというものには生まれてこの方負けた事がなく、その不敗神話からくる自信と自負が彼には存在していたのだが、それがものの見事に打ち砕かれた瞬間となったのだ。
――しかしそれが逆に、サクリウスの心に更なる火を点けるきっかけとなる。
『ヤロォ……!』
起き上がり、目に角が立つ程に睨みをきかせた彼が次にとった行動は――凶器の使用。
腰のベルトに巻き付けてあった二本のナイフをすかさず取り出すと、再びヴェルスミスに真正面から斬りかかっていったのだ。
恥も外聞も素知らぬといった少年の凶行に、武術場全体がざわつく。悲鳴をあげる女学士もいる中、警戒し身構える他の兵士を制すように、ヴェルスミスは素手で真っ向から受けて立った――。
素人のナイフ捌きなど恐るるに足らずといった風に、ヴェルスミスは攻撃の入射角を正確に、そして冷静に見極める。手始めに右手首へと手刀を当てナイフを落とし、左からのナイフを親指と人差し指の二本で見事、ピタリと受け止めてみせたのだ。
そして間髪を入れずに膝蹴りを腹部へと一閃。
少年がその場で崩れ落ちた――。
『カッ、ハッァ……』
流麗にして正確。あっという間の防御から放たれたその一撃。手加減をされたとはいえ、全く警戒もできずサクリウスはまともに喰らってしまった。呼吸を詰まらせた彼は、苦悶の表情を浮かべて身を捩らせる。
その転がった少年を見下ろし、ヴェルスミスは冷たさを帯びた口調で話す。
『苦しくてそれどころではないだろうが、一つ忠告をしてやる。使い方を心得てない光り物は威嚇にしかならんぞ。それなら素手で戦った方がまだ幾分かマシだろうな。ただ――』
そう淡々と厳しく言い放ち、ヴェルスミスは続けた。
『――迷うことなくナイフを取り出し、躊躇うことなく襲い掛かってきたその意気と手際の良さだけは褒めてやろう、少年』
一転して柔らかい語気。厳格としていた態度を一貫していた男がふと、微笑んだのだった。
ともすれば彼は、皮肉のつもりで言ったのかもしれない。しかし少年にとって、他人から称賛を受けてこんなにも嬉しかった記憶は、それまでの人生の中で初めてだったという。寝転びながら、苦しみながらも、何故か瞳からは涙が溢れてきた。
空から燦々と降り注ぐ日差しが、サクリウスが見上げる男の後光のように錯覚をさせる。その日から少年が見渡す世界でヴェルスミスは神であり、師であり、そして親に近い存在として認識。心の底から、慕おうと誓ったのだ――。
そんなカタルシスを経て、サクリウスは改心を見せた。その一件から人が変わったように勉学に武術にと励み、元々才能があったかの如くみるみる内に成績を伸ばし、トップクラスの成績で学園を卒業してみせたという。
卒業後は勿論ゼレスティア軍へと入隊。十代の内から数々の戦果を挙げ、親衛士団が結成された暁には、若冠二十ニ歳にて見事団員に抜擢されたのだった――。
当時の武術授業での一件を彼に聞いてみると、こう返ってきた。
『――その日? あーその日は何で学園に出席したかってーのはオレもあんま覚えてねーんだよなー。まー、タダの気紛れだとは思うけど』
『んーでも、あの日ヴェルスミスと出逢わなければオレは多分今頃野垂れ死んでっか、檻の中にいるかのどっちかだろーなー。割りとマジで』
『――感謝? もちろんしてるっての。ヴェルスミスは両親のいない俺にとっては親父みたいなモンだからなー。あの人の為なら命だって捨ててやるさ……こんなこと聞かれたらゲンコ張られっけどな』
――以上が、サクリウス・カラマイトの半生の紹介となる。
◇◆◇◆
そして今日――。
サクリウスは昼間の授業にて少々生意気な態度ながらもひたむきに、果敢に立ち向かってくる少年と向き合ったことで、昔の自分自身を思い起こしシンパシーを感じていたのだが――。
「はっ……はっ……」
荒い吐息を混じらせ、仰向けで石畳に倒れるサクリウス。その彼の腹を左足の裏で踏みつけ、制す少年。
(ヤベーわコイツ……マジで強えー)




