女神様の小さな願い
「……僕はリタに会いたい」
「……はい」
素直に今の気持ちを口にした。
相づちをうつティファは、僕の言葉に耳を傾けてくれる。
溢れる想いの続きを促してくれる。
繋いだ手を、少しだけ強く握られたような気がした。
「……喧嘩したまま、終わりたくない」
「……はい」
「……仲直りしたい、一緒にいたい」
「……はい」
「だから、僕はリタに会いたい。今、会いに行きたい」
「会いに行きましょう、リタさんに」
「でも、リタは……」
「遠くにいるのですね」
「うん……」
リタは未踏領域にいると思う。
《月夜の黒狼》は中距離探索の準備をしていたし、その中心にいたリタもきっと一緒に行動しているはずだ。
中距離探索なら確実にガレヴァン大森林を抜ける。
未踏領域の序盤、ガレヴァン大森林の浅い場所にしか行ったことのない僕が果たして今から追いかけてリタに会えるだろうか。
必死に追いかけても結局会えないのではないだろうか。
そう思ってしまえば、足が動かなくなる。
最初の一歩を踏み出せなくなる。
「シフォン」
無駄に終わることを恐れ、決断できずにいる僕の名をティファは呼ぶ。
女神様に相応しい柔和な笑みを浮かべて。
「人の一生は短いのです。会いたいと思ったのなら会いに行けば良いのですよ。遠くにいるのなら一歩でも多く歩めば良いのです。物理的な距離なんてたったそれだけでいつかは追いついてしまうのですから」
「ティファ……」
「会いに行きましょう。追いかけましょう、リタさんを」
そう言ってティファは微笑む。
目の前の女神様は僕が欲しい言葉をくれる。
一歩踏み出す勇気をくれる。
背中を優しく押してくれる。
だから、僕はもう一度言葉にする。
今、したいことを。
「ティファ。聞いて」
「はい。いつでもシフォンの言葉を待っていますよ」
「僕はリタに会いたい。今すぐに会いたい」
「はい。会いに行きましょう」
「付いて来てくれる?」
「勿論です。一緒に行きましょう」
「ありがとうティファ」
心から感謝の言葉を告げて、繋いだ手を引く。
踵を返して、僕達は来た道を引き戻る。
向かうはずだった露店通りの先が遠くなっていく。
リタに会いたいと、はやる気持ちのままに歩みを進める。
もしリタに会えたら何を言えば良いのだろう。
何を言われるのだろうか。
また同じことを言われるのかな。
僕もまた同じことを言うのかな。
これだけは会わないと分からない。
だから急ごう。
リタのもとへと。
「……もし、もう一度シフォンとデートをしても良いのなら、露店通りの先を二人で歩きたいと願うのは欲張りでしょうか……」
「ん? 何か言ったティファ?」
「いえ、何でもありません……」
ティファの呟きは言葉として聞き取るにはあまりにも小さく、今の僕にはそれを聞き取る余裕も無かった。
一度も振り返らず、前だけを向いて進んでいたのだから。