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93.欲望の情景

 

 

 その夜、マッコイの街とその周辺を強い揺れが襲った。


 地震か、それとも魔獣か何かの襲撃か。バックストリアでの事件は、「ニュース」によって知れ渡っている。まさか、このマッコイにも? 動揺する人々の目の前に、それは現れた。


 「戦の神殿」を地下から突き崩すように、白亜の柱や巨大な女神像が音を立てて崩れ、もうもうと立ち込める土煙の向こうに巨大な影が浮かぶ。


 無数の手足が生えた白い体に、大きな頭。現れたそれは、全長50シャト(※およそ15メートル)はあろうかという巨大な魔獣であった。


 太く短い手足や肌の質感は芋虫を、大きな頭は赤ん坊を思わせる。その醜悪な姿は、正に悪夢に登場する怪物であった。


 頭部にはおよそ顔と呼べるものはなく、ただ縦に裂けた亀裂が走っている。それが開くと、奥にはびっしりと鋭い牙が3列に渡って並んでいた。目に当たるものは見当たらないが、頭部の表面に明滅する不気味な器官が、その代用を果たしているようだった。


 この時マッコイ市街の各地では、イェンデル・リネンの「クエスト」を受けた冒険者たちと、武闘僧(バトルモンク)隊との間で小競り合いが繰り広げられていた。


 だが、それも巨大魔獣の出現により中断される。冒険者たちは状況を把握しようと、ギルドに戻ったり魔獣の下へ走ったり、各自行動をとり始める。


 一方、武闘僧(バトルモンク)隊はそうはいかなかった。「戦の神殿」がどうやら崩れたらしい、という情報を受けて彼らは混乱、神殿の様子を見に行くべきか、魔獣を迎撃するべきか、はたまた市民の避難誘導を優先すべきか、判断がつかずに手をこまねいていた。


 そんな中、武闘僧(バトルモンク)隊を更なる混乱に陥れる情報がもたらせられる。


 市街地外れの路地裏で、複数の武闘僧(バトルモンク)の死体が発見されたというのである。


 見つかった死体は、警邏隊に所属するオリヴァーという隊員と彼の率いる班の班員2名、そして武闘僧(バトルモンク)隊副隊長のパブロであった。


 特に、副隊長の死がもたらした衝撃は大きい。武闘僧(バトルモンク)隊自体の存続を危ぶむ声すら上がった。


 こんな時にキケーロ隊長は何をしているのか。「戦の神殿」からの連絡はまだない。神殿に詰めていた彼らや神官たちも、死んでしまったのだろうか。


 足元の喧騒をよそに、巨大魔獣の発する不気味な呼吸音が、マッコイの夜空にこだまする。




「あーあ、デジールのヤツ失敗してやがんの」


 マッコイの中心にほど近い広場に建つ、時計台の上から慌ただしい市街の様子を見下ろして、白い髪の女――「オドネルの民」のベギーアデは鼻を鳴らした。


 せっかくお膳立てしてやったのに、と不機嫌顔で巨大魔獣――フェートスを見据えた。


 半刻(※一刻はおよそ2時間、1時間程度)ほど前、ベギーアデは計画の完遂を確信し、およそ10日ぶりにその「模倣」を解いた。


 ベギーアデの持つ「邪」属性の魔法、それが容姿の「模倣」である。


 武闘僧(バトルモンク)隊の隊員であるベルタを殺して成り代わり、ゲンティアン・アラウンズについての内偵を進めていたのだ。


 正体を現したベギーアデは、まずその場に居合わせたオリヴァー以下班員3名を殺害する。戦闘は得手ではないベギーアデであるが、不意を突いたお陰で簡単に始末は済んだ。


 しかし、ちょうどそこに武闘僧(バトルモンク)隊の副隊長パブロが現れる。


(テメェ、ナニモンだ!? ベルタをどこにやった!?)


 副隊長を張るパブロの繰り出す棍は想定以上に鋭く、ベギーアデは苦戦を強いられる。


 あわや、というところで間に入ったものがいた。


(変装を解く場所ぐらい考えなよ、ベギーアデ)


 デジールであった。間一髪のところで転送されてきた弟は、驚くパブロを殺害し、ベギーアデの窮地を救ったのだった。


(計画の仕上げを手伝いに来たよ。転送装置は、神殿の地下でいいんだね?)


 事務的に話を進めるデジールに舌打ちしながら、ベギーアデは自分が内偵で得た情報の概略を伝えた。


(では行ってくるよ、ベギーアデ。ここからは僕が引き継ぐ)


 姉さんを付けろよ、とにらみつけたが、デジールは意に介した風もなく神殿へと行ってしまった。


 面白くないね、まったく。


 暗に「帰れ」と言われたベギーアデであったが、計画の完遂を見届けようと密かに街に留まっていた。


 フィオ・ダンケルスとその仲間は「戦の神殿」が無力化、武闘僧(バトルモンク)隊の副隊長も今始末した。デジールの進撃を阻める者は、もうこの街にはいないはずだ。


 そのはずなのに、とベギーアデは肩をすくめる。


 あの巨大魔獣フェートスは、デジールが「模造・星系創造インフィニティクリエイション」で造り出したものだ。100年前、その元となった「ゴッコーズ」の持ち主ヒルダ・マナが、似たような魔獣を造ったのを見たことがある。


 「星系創造インフィニティクリエイション」を使って魔獣を造るには、素体が必要だ。素体は死体を使うのが一番簡単で、生きた状態ならば植物、虫、動物、人間の順に難易度が上がっていく。


 デジールの「模倣」では動物を素体にするのが限界だ。しかも相当時間がかかる。だが、あの魔獣はただの死体を使ったにしては巨大すぎる。できる魔獣の大きさは、素体の魔力に比例するのだ。と考えるならば、自分の体の一部を切り離して、それに「模造・星系創造インフィニティクリエイション」をかけたと見るのが妥当だ。


 いくら造魔人(ホムンクルス)とはいえ、自分の体を切り離すのには抵抗がある。それを選択したのだから、相当切迫した状況に追い詰められたに違いない。


 これらのことから、ベギーアデはフェートスの出現を見て、デジールの失敗を悟ったのであった。


「……帰ってなかったのかい?」


 不意にベギーアデの背後から声がした。振り向くと黒い靄の中からデジールが這い出てくる。よく見ると上半身しかない。片腕で屋根の端を掴み、尖塔の壁にしがみつくようにして、ベギーアデの顔を見上げる。


「お前、アレに下半身全部使ったの?」

「そうだよ。でなきゃ簡単に倒されるだろうからね」


 何があの地下室に出てきたんだよ、とベギーアデは顔をしかめる。内偵中、例の地下室「女神の間」には立ち入ることができなかった。だが、その警備の厳重さから召喚装置があるならばあそこだと目星をつけていた。


 警備用に強力な造魔獣(キメラ)でも用意していた? いや、それよりも……。


「まさか、お前……勇者召喚されちゃったとか?」

「いいや、装置は破壊したよ」


 だけどね、とデジールは地下であったことをかいつまんで説明した。


「カッ、存外に使えないねェ、クロエも。あの姉にして、この妹ありってか」


 フィオの仲間が生きていたことを聞き、ベギーアデはそう吐き捨てる。


「いや、というかフィオ・ダンケルスが『神玉』を持っていたことに、君が気付かなかったのが最大の問題だと思うのだけれど」


 デジールはじっとりとベギーアデをにらむ。


 ベルタに化けてフィオを騙し、気絶させて一晩監禁していた。その間に「戦の女神像」を奪い取っておけばよかった、とデジールはもっともなことを言う。


「うっさい! 気付かなかったんだから、しょーがないでしょ!」


 ベギーアデの常識でも、「神玉」は球形をしているはずであった。まさか女神像の形に加工されているとは思うまい。


「フィオ・ダンケルスに暗殺の罪を着せ、社会的に辱めてから処刑させる。それに固執するから、こういうことになるんだよ」


 グダグダうるさい、屋根から落としてやろうか。ベギーアデは苛立つ。


「ともあれ、ここはフェートスに任せて一度撤退しよう」

「お前一人で帰んな。あたしにはまだやっとくことがあるからね」


 訝しげにデジールは顔をしかめる。余計なことをするんじゃないかと疑っている目だ。


「|クソったれのエピテミア《偉大なるお姉さま》のご命令の、ちゃんとした仕事だよ。お前の積み残しでもあるってのに……」

「おや、そうかい。ではお願いするよ」


 ベギーアデは転送魔法のこめられた黒いコインを投げてやった。靄に包まれてデジールの体がかき消えていく。


 さて、と残ったベギーアデはマッコイの街を見下ろす。


 フェートス、どこまでこの街を壊せるだろうかね……。全部更地にしちまえば、サイコーだってのに。

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