92.妄執に囚われた娘にできること
計画は当初、首尾よく進んでいった。
ゲンティアンの息のかかった者の助けもあり、カタリナは「オドネルの民」に先んじて召喚された勇者――タクト・ジンノと接触、保護することに成功した。
「ゴッコーズ」が召喚時点では発現していなかったが、クロエに焦りはなかった。ヒロキ・ヤマダの伝承の中にも、そういった記述があったからだ。むしろ、冒険者登録に時間がかかったことの方が、クロエの気を焦らせた。
それでも、一月の審査期間を経て、タクトは冒険者登録を済ませる。
用意された「噛ませ犬」も、想定通りの「活躍」をしてくれた。
クロエはカタリナから情報も得ていたのだろう、「戦の女神像」を売りつけた冒険者は正に山賊と見違うご面相の大男で、その性質も粗暴そのものであった。嬉々として勇者にケンカを売り、そして敗北した。
(念には念を入れて、もう一度勇者の力を見せつけておこうと思いまして)
更にクロエは、タクトやカタリナとその冒険者が「ニギブの森」で鉢合わせするように取り計らい、二度目の「ゴッコーズ」を彼に見せつけた。
無論、ダンケルス家の嫡子フィオラーナにも神託は届けている。「天神武闘祭」出場の報告をしに実家に戻った際に、「戦の女神像」よりそれを聞かせた。お告げに従って、「女神像」を持ってアドイックにやってきている。
ここまではよかった。
だが、ここからクロエの計画は狂い始める。
まず、フィオラーナが「戦の女神像」を盗まれてしまう。盗んだのはチャチなスリであったが、一応冒険者らしい。仕方なしに、クロエは彼女にタクト・ジンノの仲間になるよう神託を送った。
女神像を失ったフィオラーナは、何故か「噛ませ犬」にした大男と接触した。像を彼が持っていたことで、泥棒と勘違いしたらしい。勘違いしたままならばよかったのだが、両者は意気投合し、「天神武闘祭」に二人で出場すると届け出を出した。
思えば、二人一組での出場であるにもかかわらず、フィオラーナは自分の仲間である「七色の魔道士」を連れてきていなかった。その時点で計画はおかしくなり始めていたのだ。
(ダンケルスめ、どこまで邪魔をすれば気が済むんだ……!)
歯噛みしながら、クロエはとにかく二人にこれ以上余計なことをさせまいと、暗に「何もするな」という意味合いの神託を送る。
タクトの方は絵図通りに進んでいた。蜂蜜の「クエスト」を受注し、納品する際にディアナ姫と接触、勇者だと名乗らせ「魔女の遺産」との面会機会を得る。そして、「遺産」を打倒し「天神武闘祭」の出場枠を確保した。
計画では、「魔女の遺産」退治にカタリナが同道するはずだった。だが、実際にタクトの隣にいたのは、カタリナが勝手に仲間にした治癒士の少女であった。
そのせいか、勇者と認められたタクト・ジンノは、調子に乗ってディアナ姫に求婚する。
(異世界の色ボケめ……。所詮は『オドネルの民』などという連中が選んだ器か……。こういう暴走を止めるのが役目だというのに、カタリナは何をしているんだ!)
そのカタリナは、苦肉の策で仲間入りさせた探索士と共に、何故か「ボクスルート山地」へ「クエスト」に向かっていた。
(何で、お前も言うことを聞かないんだ……!)
しかも、「ボクスルート山地」で本物の「戦の女神像」をフィオラーナへ勝手に返却してしまう。セシルからしてみれば「正直なカタリナらしい」と微笑ましい行動であったが、クロエにそう思う余裕はないようだった。
(もういい、小細工は止めだ。『天神武闘祭』で優勝すればすべて済む話だ……)
しかし、タクト・ジンノは決勝でフィオラーナに敗北する。それも、「噛ませ犬」となった粗暴な冒険者がとどめを刺した。
タクト・ジンノは「オドネルの民」があらかじめ持たせていた「ゴッコーズ」に飲まれ、魔人と化してしまう。挙句、仲間であったカタリナを殺害、王女を誘拐し、最終的には討伐されることになる。
完全に、計画は破綻してしまった。
一度は勇者と認定され、「戦の神殿」もそのおふれを「全面的に支持する。彼こそ新時代の勇者」と持てはやしたのも束の間、マッコイの住人たちだけでなく信者の間からも困惑と批判の声が聞かれた。
この結末を受けたクロエの怒りと言えば、実父であるセシルさえも恐怖するほどのものだった。暗い瞳で父の顔を覗きこむ彼女の顔は、今も闇の中に浮かんでくる。
(やはり、ヒロキ・ヤマダを呼ぶしかない。穢れたダンケルス家の輩の手の内に、『神玉』など一瞬たりとも持たせていいものではなかった――)
折しも、召喚装置は完成している。今こそ初心に立ち返り、「神玉」を回収してヒロキ・ヤマダの再召喚を行うべき時ではあった。
だが、勇者タクト・ジンノの魔人化と処刑は、「戦の神殿」を大きく揺り動かしていた。信者間の論争や、アドニス王室からの詰問もあり、大祭司代行の立場にあるクロエ自身の身動きが取れずにいた。
再び「神託」を使用することも考えられたが、フィオ・ダンケルスがそれに安易に従わないことは痛いほど思い知らされている。
手をこまねいているうちに、何とフィオ・ダンケルス一行がマッコイに向かってくるという情報が入ってくる。
(この機を逃すわけにはいかない。今こそが、この王国を我らが手にする好機――!)
「神玉」を手に入れ、ヒロキ・ヤマダの再召喚を行う。そうクロエは宣言した。
◆ ◇ ◆
揺れる部屋の中、出し抜けに扉が開いた。
「じいさん!」
聞き慣れぬ胴間声にそちらを振り向けば、角のついた兜を被った大男が、窮屈そうに部屋の中に入ってくるところだった。
つい先ほど、この部屋に訪れた久しぶりの「訪問者」であった。クロエが全権を握ってからは、セシルはほとんど軟禁に近い状態にあった。
「君か……」
先ほど聞いたところによると、彼こそがあのフィオ・ダンケルスと共に勇者を破った冒険者らしい。なるほど、粗暴そうな見た目をしている、とセシルは腑に落ちていた。
「のんびりすんな、脱出すんぞ!」
大男は強引に、セシルの枯れ木のような腕を取った。
「脱出……?」
「そうだ! 『オドネルの民』のヤツが、何かデカい化物を出して、地下どころか神殿ごと崩れそうなんだよ!」
なんと、とさすがにセシルも目を見開く。
「この揺れはそのせいか……」
「そうなんだよ、ほら早く背中に乗れ!」
そう言いつつ、大男はセシルをひょいと担ぎ上げる。無遠慮に揺らされて体のあちこちが痛み、老人は顔をしかめた。
「クロエは……、無事か……?」
痛みと激しい咳の中で、ようやくそう尋ねる。
「無事だ。約束は守ったぜ」
行くぞ、と大男は声をかけて、急ぎ足で部屋を出る。その分厚い背の上で左右に揺さぶられながら、それでもセシルは安堵の息をついた。
◆ ◇ ◆
突然現れた大男と女魔道士の二人組、彼らはフィオ・ダンケルスの仲間だと自己紹介し、クロエに「殺されかけた」とも言った。
(あそこで水が来たのは偶然ではありませんよ。すべては仕組まれていた――違いますか、セシル聖?)
「七色の魔道士」を名乗る女は、そう詰問してきた。事情を尋ねると、「白々しい」となじりつつも、ゲンティアン・アラウンズが暗殺されたことを知らせてくれた。
逝ったか、ゲンティアン。セシルは瞑目する。「オドネルの民」にやられたのだろうか、と尋ねると、女魔道士は「フィオを犯人として捕まえた癖に!」といきり立つ。
(それとも、あなたは何も関係ないと?)
計画から離れて久しいが、関係ないとは言い難い。長い話になるが、と前置きしてセシルはこの二人にすべてを語ったのだ。
(なるほど、あなたの話に嘘はなさそうです。我々は、ここに捕縛されているフィオを助けに来たのですが、それだけでなく……)
セシルの昔話を聞き終えた女魔道士は、彼らの目的を打ち明けてくれた。
「天神武闘祭」でタクト・ジンノと戦った縁で「オドネルの民」を追っていること、あのバックストリア襲撃の場にも居合わせたこと……。
彼の「学術都市」への襲撃事件については、地下に半ば閉じ込められている状態のセシルも、聞き及んでいた。よもや、あれにも「オドネルの民」が関わっているとは。
暗躍を続けてきた組織が、表に姿を見せ始めている。向こうも、なりふり構わなくなってきているのかもしれない。ならば、この「戦の神殿」に直接攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。ゲンティアンの内通を知っているのならば、この神殿に召喚装置があることも知っている可能性が高いのだから。
だとするならば、最も危険なのは――。
セシルは二人に懇願した。女魔道士は「何をバカな」という顔をする。だが、そこで初めて背後に控えていた大男が口を挟んできたのだった。
(いいぜ。どうせ、『オドネル』の連中とはやり合わなくちゃならねえんだ)
狭い部屋に響いた声は、荒っぽくも、頼もしかった。
(それに、あんたの娘には借りがある。カタリナの方に、だがな――)
◆ ◇ ◆
狭い廊下を、ザゴスはセシル聖を背負って走った。
病人をあまり揺さぶるのはよくないだろうが、四の五の言っていられる状況ではない。
天井から伝わってくる揺れはますます大きくなっている。あのフェートスとかいう化物が、地上の神殿を壊しているのかもしれない。
廊下を抜け地下水路への門扉をくぐると、そこには広い遊水池が広がっている。池に向かってはしけが伸びており、そこに小舟が一艘繋がれていた。
「ザゴス! 急いで!」
小舟に既に乗り込んでいたエッタが声をかけてくる。舟の前にはフィオとクロエが待ち構えるようにして立っていた。
「遅くなった!」
そう声をかけて、ザゴスは駆け寄るとクロエの方を向いた。
「親父さん、無事だったぜ」
小舟に下された青い顔の老人は、娘の顔をしげしげと見上げる。
「クロエ……」
「父上……!」
互いの無事を喜び合う、という空気ではない。忌々しげなクロエの視線に、セシルは下を向いてしまった。
「こんなとこで揉めてる場合じゃねえだろ!」
「ザゴスの言う通りだ。後でやってくれ」
祭司父娘の間に割って入るように、フィオは舟に乗り込む。
「もやいを切ってくれ」
フィオの言葉に、ザゴスも小舟に乗りこむ。小さな舟はそれでいっぱいになった。喫水が大きく下がっている。積載の限度を超えているのは明らかだった。
「魔法が保てる限りは浮かせられます。それよか、暴れないでくださいね」
「誰がこんな小さい舟で暴れるんだよ!」
言い返して、ザゴスは舟を繋ぐもやいを切り離す。
「行きますわよ、竜翼飛翔!」
風の翼をまとった小舟は、少し浮き上がると猛烈な速度で遊水池を抜け、地下水道を下って行った。




