79.信じること
冒険者ギルドでザゴスとエッタの帰りを待つフィオの前に現れた、ベルタと名乗る武闘僧。
「味方だよ」という言葉を怪しみながらも、フィオはベルタの話を聞く。すると、「ヤードリー商会」の十二番頭が一人、ゲンティアン・アラウンズが「オドネルの民」の協力者である可能性が浮上する。
ゲンティアンが、神官たちと武闘僧の対立を利用し、「戦の神殿」に隠されているという「神玉」を奪取、「オドネルの民」に渡そうとしているとフィオは推測している。
「話を聞く必要、あるよね?」
フィオのつぶやきに、ベルタはテーブルから身を乗り出してくる。
「必要はある、が……貴殿は何故この話をボクにしたんだ?」
そもそもこのベルタは何故自分に話しかけてきたのか。その理由をまだ聞いていない。それがはっきりせねば、ベルタが話していたことの信ぴょう性も薄いと言わざるを得ない。
「あたしさ、新しい勇者の召喚を止めたいの」
武闘僧隊は、隊長であるキケーロとパブロの両名を筆頭に、「新たな勇者を召喚して、タクト・ジンノの失敗を取り戻す」という目標を掲げている。それを提案したのが、部隊の後ろ盾であるゲンティアンらしい。
「だって、新しい勇者の召喚なんてしたら、クロエ姉絶対悲しむもん」
一方、カタリナの妹で大祭司の娘であるクロエを筆頭とする主流派は、新勇者の召喚に慎重な立場をとっている。そこには、クロエのカタリナへの感情が絡んでいるように見える。
「だって、カタリナ姉はすごく張り切ってたし、多分頑張ってたよね?」
知ってるでしょと問われて、フィオは一つ息を吐く。
「はっきり言うと、ボクはカタリナにいい印象を持っていない」
ちらりとザゴスの顔が脳裏に浮かぶ。いや別にザゴスと仲良さそうだったからとか、そういうわけではなく、と内心で言い訳した。
「だが、そんなボクから見ても、カタリナはタクト・ジンノによく尽くしていたと思う」
だから、きっと彼女は無念だっただろう、とそれも口には出さなかった。
「だよね、だよね?」
何度も何度も、ベルタはうなずいた。
「カタリナ姉、真面目だもん。すっごくさ」
その真面目さが仇になったような気もするが、とそれも余計なことだと心にとどめた。
「あたしもさ、昔は冒険者やってて、でもあんたみたいには上手くやれなくて、食いっぱぐれてね……」
今日日珍しい「戦の女神」を信仰する家系の生まれだったベルタは、「戦の神殿」を頼ってこのマッコイまでやってきたという。多分冒険者時代は探索士だったのだろうな、とフィオはベルタの身のこなしから想像する。
「それで、武闘僧隊に志願して……。その時に推薦してくれたのが、クロエ姉なんだよね。姉も冒険者をやっていて、大変なのはよく知ってるから、って……」
その恩義から、ベルタの心情は武闘僧隊よりも神官たちに、より正確にはクロエ本人に傾いているようだ。
「でも、部隊の中で下手にそんなこと言ったら、最悪粛清されちゃうんだよね……」
武闘僧隊を中心とした急進派は、相当に先鋭化した集団になっているようだ。
「だからね、フィオラーナ・ダンケルス。新しい勇者の召喚を止めるのに、協力してほしい。ゲンティアンに詰め寄って、召喚を止めさせてほしい。あんたにこうして声をかけたのはそのためなの」
なるほどな、とフィオはようやく腑に落ちた。新しい勇者を止めたくとも、ベルタには味方がいないのだ。武闘僧隊の同僚には相談できないだろうし、立場上神官たちと接触するわけにもいかない。
「あんたのこと、キケーロ兄もパブロ兄も警戒してるみたいなの。だから街に入ってからずっと見張ってる。気付いてるでしょ?」
見張りは交代で行われており、今はベルタの当番でちょうど一人になったから話かけたそうだ。警戒対象であるが故に、逆に信用できる。敵の敵は味方、という思考なのだろう。
「あたしの話を聞いて、あんたにも用事ができたんだよね? ゲンティアンに会わなきゃならない用事がさ。だったら……」
ふむ、とフィオは一つ息を吐く。
「貴殿の話はよくわかった」
「! じゃ、じゃあ!」
「だが、一度仲間に相談したい」
そんな時間はないよ、とベルタは首を横に振る。
「今、あんたの仲間の大男と『七色の魔道士』が神殿の前に来てるでしょ? そっちにキケーロ兄たちの目が向いてるの。今の内なんだよ!」
二手に分かれたのが功を奏しているらしい。見張りは分散し、こうしてベルタも一人で動けた。そして恐らくエッタやザゴスのことだ、一悶着起こしているところだろう。
厄介事を引き起こすのに定評があるからな、とフィオは皮肉な気持ちであった。そのお陰で、しばらくは連中の目は釘づけだろう。
「貴殿の言うことはもっともかもしれん」
「来てくれるんだね?」
「ああ。ただ、書き置きだけ残させてくれ。ボクがここにいなければ、二人とも戻って来た時に心配するだろう」
もちろんだよ、とベルタはうなずく。そして、周りをはばかるように見回してから立ち上がった。
「じゃ、あたしは先に出て外で待ってるから。書き置きを残したら来て」
恐らくは許可を取らずに立ち入ったのだろう、逃げるように去ったベルタを見送ると、フィオも立ち上がってギルドの受付に向かった。
紙とペンを借り、ベルタの話の簡単な概要を書き記すと、封筒に入れてエリオに手渡した。
「ザゴス・ガーマスとヘンリエッタ・レーゲンボーゲンが帰って来た時に、渡してほしい。中身は絶対に見ないでくれ」
「もちろんよ。お預かりしますね」
そう応じて、エリオは封蝋を施しカウンターの内側にそれをしまった。
「出掛けるの?」
「ああ、少しな」
気を付けて行ってらっしゃい、という声に手を挙げて応じ、フィオはギルドの外に出た。
「こっちこっち!」
ギルドの向かいの路地から、兜を小脇に抱えたベルタが手招きしている。
「じゃ、行こうか。『ヤードリー商会』の本部」
ああ、とうなずいて、フィオはマッコイの街の中心に並び立つ建物群に目を向けた。
◆ ◇ ◆
一方、「戦の神殿」の前で絡んできた武闘僧隊に上級魔法をぶつけて逃げたザゴスとエッタは、クロエに教えられた道を通り、ギルドのある区画へと戻ってきていた。
時折背後を確認しているが、どうやら追ってきていないようだ。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
エッタは、自分の魔法が原因で逃げるはめになったとは思えない程明るい顔で言った。
「しかし、何の成果も得られませんでしたわね」
「お前がブチギレて上級魔法をぶっ放したからな」
「……はぁ?」
「はぁ、じゃねぇよ! 何でついさっきのことをすっとぼけて誤魔化そうとすんだよ!」
きょとんとした表情で瞬かせてみせるエッタに、ザゴスは空恐ろしささえ感じた。
「冗談はともかく、あのまま連中を無傷で帰すなんて納得できないでしょう?」
「いや、そりゃそうだけどよぉ、手を出したらクロエが体張った意味がないじゃねェか」
クロエを棍で突いてしまった時、キケーロたちは激しく動揺しているように見えた。
「テメェ、ちょっとは反省しろよ」
「反省だけなら猿でもできる、とわたしがいた世界では言うんですよ。口ばっかりでそんなことを言っていても、本質は変わらないという尊い教えですわ」
クソみてェな世界だな、とザゴスは吐き捨てる。いつぞやのタクト・ジンノの「怠け者の味方が一番の敵」発言といい、どうにもクセのある言い回しが多いようだ。いや、向こうから来ている連中の性格の問題かもしれないが。
「ところで、クロエさんのこと、どう思います?」
エッタは話題を変えた。
「『美人だな』とか『胸はフィオより断然あるな』とか『そうは言ってもやっぱりエッタが一番デカいな』とか、そういうのを置いといてですよ」
「わかっとるわ!」
一応言い返してザゴスは答える。
「責任感のある女だな。俺をかばって棍を受けた時はビビったぜ……」
ふむふむ、とエッタはうなずく。
「ま、確かに信用できる感じの人ではありますね……」
「感じの、ってなんだよ?」
妙に含みのある言い方である。
「何か引っかかるのか?」
「いえいえ、すごい聖人がいたものだなあ、と驚いているというか……」
ははーん、とザゴスはエッタが何が言いたいか見透かせたような気になった。
「あんなことまで言われて、同じ神殿の仲間だからって許せるものなんですかね? 確かに向こうもえらくびっくりしていたようでしたが……」
こいつ自分が「悪役」だとか名乗ってるから、ああいう善人が信じられないんだな。よっぽどひねくれた世界から来たようだし、とザゴスは勝手に納得する。
「それができるから聖職者なんじゃねぇのか? 『悪役』とは違うだろうよ」
珍しく皮肉っぽい調子のザゴスに、エッタは「いやいや」と肩をすくめる。
「聖職者も人間ですよ。もちろん『悪役』も。聖職者は人を説き伏せるのに我が身を犠牲にし、『悪役』は問答無用で相手を吹き飛ばす。それだけの差です」
そこに大きな隔たりがあるように思えたが、ザゴスもどちらかと言えば後者よりの人間なので、「うーむ」と一層顔を険しくするしかできなかった。
「どっちもなかったら、どうでした? クロエさんが棍を受けず、わたくしも魔法を使わなかったら……」
「ま、俺がやってたわな……」
そう思っている手前、ザゴスも心からエッタの行動を批判することはできなかった。
「でしょう? だったらあれは致し方なかったということで」
「調子に乗んな! そもそも聖職者が体張ってんだから手ェ出すなって話だろ!」
そんな話をする内に、二人は冒険者ギルドまで辿り着く。
「見張りがいませんわね」
ギルドの前の大通りからは、行きに見かけた武闘僧の姿が消えていた。皆神殿の方へ行ったのか、それとも民衆に紛れているのか……。ただ、この街に入った時に感じた殺気のようなものは感じられない。
やや不審に思いながらもギルドの中に入ると、すぐに受付の方から声を掛けられる。
「お帰りなさい、お二人さん」
そう言いながら、エリオはカウンターの中から一封の封筒を取り出した。
「お連れさんから言付けを預かっているわ」
ザゴスとエッタは顔を見合わせ、とにかく封筒を開けてみることにする。
「……! フィオ……」
中の手紙をザッと見渡し、エッタはがっくりとうなだれる。
「ど、どうした? 何て書いてあったんだよ?」
最初の数単語を拾うのがやっとだったザゴスは、エッタの様子に狼狽える。フィオに何かあったことは様子からわかるが……。
「ちょっと来てください。カウンターの前では憚られるので」
エッタはザゴスを引っ張って、食堂の方へ向かった。
「ゲンティアン・アラウンズ……。そいつが、『オドネルの民』の……」
「協力者ではないか、とフィオはにらんでるようですが……」
もー、と何度目かわからないため息をエッタは吐いた。
フィオの置手紙には、「武闘僧隊のベルタと名乗る女のこと」、「『戦の神殿』の急進派が新たな勇者を召喚しようとしていること」、「それを裏で操っている十二番頭のゲンティアン・アラウンズが『オドネルの民』の協力者の可能性があること」などが簡潔にまとめられていた。
「何で一人で出かけてしまいますかねえ……。これじゃ、わたくしとザゴスが二人で『戦の神殿』へ行った意味がないじゃないですか……」
「思い込んだら一直線なとこあるからなあ、あいつ……」
そうそうそう、とエッタは激しく同意を示した。
「俺らも行くか? 『ヤードリー商会』によ」
手紙の最後には「これから『ヤードリー商会』へ向かう。翌朝までに帰って来なければ、イェンデル・リネンにこの手紙を見せろ」という旨が書かれている。
「……うーん、微妙なところですが、止した方がいいかもしれませんね」
「何でだ?」
一も二もなく「行きましょう!」と言い出すかと思っていたが、意外やエッタは冷静であった。
「このベルタという女、武闘僧隊に黙って出て行っているわけでしょう? つまりは非合法な手段で忍び込んでいる可能性があります。こちらが下手に動けば、逆にフィオを危険な目に遭わせてしまうことになりかねません」
もちろんベルタを頭から信用はできないが、可能性がある以上動くべきではない、とエッタは結論付けた。
「もう日が暮れています。面会も難しいかもしれませんしね」
「イェンデルってヤツ、忙しそうだったもんな……」
スヴェンから詳しい話は聞かされていないようだったし、十二番頭とは言え一介の商人をあまり巻き込むのもよろしくない、とザゴスもそれぐらいのことはわかる。
「フィオも手練れの冒険者だ。明日までには帰ってくるだろうよ」
「ですわね。それを信じて、今夜は待ちましょう」
うなずき合い、ザゴスとエッタは宿へ向かうことにした。




