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74.「十二番頭」イェンデル・リネン

 

 

 アドニス王国最大の「商業都市」マッコイ。この街を治める「ヤードリー商会」のトップである十二番頭が一人イェンデル・リネンと、ザゴスら一行は門前市の露店で相対していた。


 普段は自ら店先に立つことのない十二番頭であるイェンデルが、門前市に現れたのは、あのスヴェン・エクセライの依頼によるものだという。


「そうだぜ、忙しいんだ俺は。4日後にはまたマグナ大陸へ出発しなくちゃだし、それまでにスヴェンの妙な調べ物も解決しなきゃだし……」


 ふーっ、とまた長い息をイェンデルは吐いた。


「だから案内って言っても、一緒について回るってのは時間的に難しい。だから、ここで少しこの街のことを話しとこうと思ってよ……。ダンケルス卿、俺も普段から露店で物売ってるわけじゃないんだよ? わかる?」


 ザゴスらがマッコイに来ることは、スヴェンにも連絡済みであった。それを聞いた彼が手を回している可能性は十分に考えられるが……、ザゴスはフィオの表情を横目でうかがう。まだ半信半疑といった目をしている。


「……つかぬ事を聞くが、スヴェンの調べ物とは?」


 ん? と少し首を傾げてからイェンデルは口を開く。


「そこ気にすんのか? 魔導鉛(プルムブム)を精製した時に出る蒼鉛鉱(ビスマス)っていう毒にも薬にもならん残留物を、大量に買い付けた奴がいないか調べろって話だよ」


 魔導鉛(プルムブム)は「魔石晶」のような魔素記録媒体の材料で、強い魔素の影響下に何百年も置かれた結果、変質した鉛である。鉛であるために、その採掘がおこなわれる鉱山であれば、どこでも採れる可能性があるため、「魔石晶」よりも安価で広く使用されている。「魔石晶」の方が記録容量や品質は高いが、それに比例して希少性も高いために、一般的に普及しているのは魔導鉛(プルムブム)魔導銅(クプルム)の方であった。


蒼鉛鉱(ビスマス)って、確かスヴェンさんが言ってた……」

造魔獣(キメラ)の核の材料だな」


 イェンデルは「毒にも薬にもならん」と評した蒼鉛鉱(ビスマス)であるが、スヴェンが「調査を行う」と言っていた素材の名だ。恐らく、仕入れ先から「オドネルの民」のしっぽを掴むために、「ヤードリー商会」の友人を使おうということだろう。「十二番頭」ならば不審な物品の流れを掴むのは容易い。


「お、知ってんの?」


 小声で言葉をかわすフィオとエッタに、イェンデルは少し身を乗り出した。


「いえ、気にしてらっしゃったな、というそれだけですので」


 スヴェンがイェンデルにどこまで話しているのかわからない。軽くしゃべったことから、恐らくは詳しいことは話していないのだろう。そう判断して、エッタは誤魔化した。


「なるほど、よくわかった。失礼してしまったようだな、イェンデル殿」


 蒼鉛鉱(ビスマス)の話題が出たことで、信用すると決めたようだ。軽く頭を下げるフィオに、「信じてもらえてよかったぜ」とイェンデルは胸を撫で下ろす。


「今この街は、ちょっと雰囲気がおかしいからな」


 辺りをはばかるようにしながら、イェンデルは更にカウンターから身を乗り出した。


「特にダンケルス卿、何の用かは知らんが、あんたは今この街に来ない方がよかったぜ」

「どういう意味だ?」


 ダンケルス家と「戦の女神教団」の対立は、マッコイに住む者であるならば誰しもが知っている。しかし、イェンデルは「今」と言った。


「あんた、『天神武闘祭』で優勝しただろ? あの偽勇者を破って……」

「それで『今』か……」


 ザゴスの言葉にイェンデルは「そうだ」と人差し指を振る。


「『タクト・ジンノを勇者と認める』、このお触れが出た時の、この街――いや『戦の神殿』の盛り上がりったらなかったぜ? ちょっと怖いぐらいだった」


 お触れが出るや否や、神殿の張り切りようはすさまじかった。「ヒロキ・ヤマダの再来」、「新たな時代を作る勇者」と大いに煽った。再び「戦の女神」に召喚されし勇者が現れた。そのことに、今一つパッとしない信仰の盛り上がりを期待したのだろう。


「だが、結果は決勝戦敗退。それも魔獣じみた正体を現してディアナ姫をさらい、挙句捕縛されて首を落とされ、更には偽勇者の烙印まで押された」


 しかも負けた相手は因縁のあるダンケルス家の嫡子、「戦の神殿」の落胆と怒りは計り知れない。

「『戦の神殿』の中は真っ二つに割れた。偽勇者の烙印を受け入れるしかないという神官たちと、偽勇者とされたのはダンケルス家の陰謀だ、っていう武闘僧(バトルモンク)連中にな」


 「戦の女神教団」には、伝統的に「武闘僧(バトルモンク)」と呼ばれる武装した神職が設置されている。


 これは、その主神である女神の「戦」という属性に基づくものであるため、他の七柱の神の教団が武装を禁じられているのに対し、「戦の女神」のそれは王室にも認められていた。


 時代が下るにつれ形骸化していたが、ここ数年で再整備され、随分と人員も増えたという。


「街の方々に立っている、二重円の胸当ての棍を携えた連中だな?」

「そう、それだ。連中はダンケルス家が陰謀を巡らせ、自分たちの勇者を貶めたと言い出した。王室も臣民もそれに騙されている。王家への反逆行為である、ってな」

「……無茶苦茶言いやがるな」


 ザゴスは奥歯を噛んだ。「天神武闘祭」での戦いを汚されたような思いがあるのだろう。険しい顔をますます歪めた。


「しかも、『武闘僧(バトルモンク)隊』の連中は、ダンケルス家につけこまれたのは大祭司を筆頭にした神殿上層部の責任だ、とも言い出してな」


 大祭司であるセシル聖は元々病気がちであったが、心労が祟ったのか最近は病状が悪化し、表舞台に出てきていない。まだ年若い大祭司代理を中心とした上層部では、「武闘僧(バトルモンク)隊」の暴走を押さえきれないのでは、とイェンデルは推測する。


「厄介なことに『武闘僧(バトルモンク)隊』はこの街で警察権を持ってやがる。平たく言や、衛兵の代わりだな」


 アドニス王国では街の防衛や警察業務を行うのは、「衛兵隊」と呼ばれる王国騎士団の下部組織であった。王国各地の主要な街に駐留し、街の防衛や犯罪者への対処を行っている。その駐留にかかる費用は街の領主が持つことになっており、時にそれが財政を圧迫している。


 マッコイの街は高い自治権が認められていることもあって、衛兵隊の駐留を断り「武闘僧(バトルモンク)隊」に街の警護及び警察業務を代替させているという。


「『商会』が毎年支払ってる『戦の神殿』への寄付金だけで動いてくれるから、衛兵隊を世話するより安上がりだってことで、この街じゃそうなってるんだよ」

「うわぁ、とんでもないですわね。宗教団体が武装勢力を抱えてるのもドン引きですが、ましてやそれが警察だなんて……」

「そう、元々とんでもねえ話なんだよ」


 「武闘僧(バトルモンク)隊」を衛兵隊の代替とする案は、十二番頭の間でも慎重論が根強かった。だが、十二番頭内の力学もあり、数年前に可決してしまったという。


「これまでは、そこそこちゃんとやってたんだけどな。ただ最近はピリピリしてやがるから、ちょっとのことで引っ張られるって、市井の人間は恐々としてる」


 さすがにスポンサーたる「ヤードリー商会」の商人に、そういった八つ当たりじみた対応は少ないようだが、それでも末端の平会員の中には、因縁をつけられ一晩拘留された者もいるという。


「で、そんなとこに一番恨まれてるあんたが来ちまったってわけさ……」

「それで、さっきからのこの視線か。ったく……」


 苦々しくザゴスは舌打ちした。


「……何ていうか、思った以上に酷い話のようですわね」


 大丈夫ですの、とエッタはフィオに気遣うような視線を送る。


「知ったことじゃないな」


 フィオの声音には力があった。


「先祖の罪は先祖の罪、ボクはボクだ。それに加えて連中の被害妄想だろう? そんなものに付き合う気はさらさらない」


 ザゴスは「天神武闘祭」でフィオがカタリナに言い放った言葉を思い出す。あの時と今は状況が似ている。フィオの気持ちも同じなのだろう。


「ま、そいつはそうなんだろうが……、気をつけるに越したことはないぜ」


 商人らしい慎重な感想をイェンデルは述べた。


「マッコイに向かっている途中から、連中は監視していただろう。あんたらが街に入ったことは把握してるだろうよ」

「何とまあ、ご熱心ですこと」

「暇な連中だな」


 エッタは皮肉を口にし、フィオは深くため息を吐いた。


「あんたらなら、少なくとも冒険者ギルドにいりゃ安全だぜ。連中の扱いは衛兵隊と一緒だからな」


 冒険者ギルドは独立組織であるため、ギルドマスター代行の許可がない限り、たとえ衛兵であっても簡単には踏み込めない。同様の制限が「武闘僧(バトルモンク)隊」にもかかっているという。


「事情は知らないし知りたくもないが、早く『クエスト』は終わらせて、とっとと帰った方がいいぜ。必要がないなら、『戦の神殿』に近付くのもオススメしない」

「忠告痛み入る」

「ありがとよ。忙しい中、それを言うためだけにここにいてよ」


 嫌味か、とイェンデルは苦笑する。


「そう思うなら何か買ってくれ。このままだと、『十二番頭のくせに1個も売れないんですか』とか秘書に煽られちまう」


 この露店では普段、イェンデルの傘下にある商人が商売をしていた。買い付けてきたマグナ大陸やシュンジン国の装飾品の内、比較的安価なものを観光客向けに販売しているそうだ。


「なら、そこの猫のチャームをいただきましょう」


 エッタは「バヌス砂漠」で作られたというチャームを指した。


「スヴェンさんへのお土産にしますわ」

「おう、毎度あり」


 あいつ猫好きだから喜ぶぜ、とイェンデルは銅貨を受け取った。

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