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その時のバックストリアの冒険者(上)

 

 

 その話を持ちかけてきたのはラインだった。


 「天神武闘祭」の半月前、「白の賢人亭」で夕食を囲んでいた際、ラインはテオバルトとウルリスに声を潜めてこう言った。


「なあ、うまい話があるんだが乗らねえか?」

「うまい話? ホントかそれ?」


 ウルリスが骨付き肉を(かじ)りながら問い返す。


「前みてぇな骨折り損のくたびれもうけじゃ、タダじゃおかねぇぞ?」


 探索士(スカウト)であるラインは、自称「情報強者」であり、「うまい話」と称して様々な儲け話を持ってくる。


 だが、大抵が「骨折り損のくたびれもうけ」に終わっている。


 ウルリスの言う「前」などその典型だ。「カウク湿地帯」にキャラバンが落とした荷物の回収という「クエスト」を、「楽で簡単な割に報酬の高いうまい話」と判断して受注したのだが、荷物のある辺りにはドクフキオオトカゲという凶暴な魔獣が群れなして跋扈していた。結局、荷物の回収は失敗し、毒息を吐きかけられただけだった。


 目先の儲けに目がくらみ、探索士(スカウト)として重要な慎重さをどこかに置き忘れている。しかも、情報収集が甘く技量も疑わしい。そのため、ラインの評価はギルド内でも低く、テオバルトも「そろそろ手を切るべきか」とも考えていた。


「今度こそはホントだって。めちゃ簡単な話なんだからよお」

「前も言ってたぜそれ。しかも、いの一番に逃げ出しやがって」


 プッ、とウルリスは皿に骨のかけらを吐き出す。


 ドクフキオオトカゲの群れに出くわした時、「こいつはヤバいぜ」と言い残して、ラインは真っ先に逃亡した。そのため、10匹近い魔獣を冒険者になりたての新人を含む三人で相手取らねばならなかった。


「セロのやつが解毒魔法を覚えてなかったら死んでたぜ。なあ?」


 同意を求めるようにウルリスはテオバルトの方を見やる。


「そうだな。あの頭でっかちも多少は役に立つ」


 セロはバックストリア大学を卒業後、今年冒険者になった新米だ。魔道士だが、攻撃魔法はさほど使えず戦闘勘も低いため、どのパーティにも入れてもらえずにいた。そこをテオバルトのパーティが、ギルドからの斡旋でいやいや引き受けた。


 下馬評通り足を引っ張ることの方が多いが、攻撃魔法以外ならば得手としており、レパートリーも豊富だ。特に治癒魔法は、イノシシ武者のウルリスを抱えるこのパーティとは相性がいい。


 今は冒険者街の自宅で、魔道士養成所のテスト採点の内職をしているため、夕食には同席していない。この内職も、いささか困窮気味のこのパーティの貴重な収入源であった。


「あいつは探索魔法も使えるんだよな」

「何が言いたいんだよ、テオバルト」


 ムッとした様子でラインはテオバルトを見返す。


「お前が今日持ってきた『うまい話』の内容如何によっちゃ、付き合い方を考えないといけない時期に来てるってことだ」


 パーティのリーダーであるテオバルトの鋭い視線に、ラインはたじろいだように目を逸らした。


「今度は、大丈夫だ……。何せ、あの『五大聖女』のエクセライ家からの依頼だからよ」

「エクセライ家? 確かか?」


 ああ、とラインは大きな声でうなずいた。


「『ミストゥラの森』に、古い塔が建ってるだろ? あそこにいるサイラスっておっさんと、その弟子だっていう白髪の……何つったけなあ、そいつから直接声を掛けられたんだ」


 直接、というところにテオバルトは顔をしかめる。


「それはつまり、ギルドを通してない、ってことか?」


 冒険者ギルドを通さずに仕事を受注することは、規約で禁止されていた。これは、依頼者からの仲介手数料が冒険者ギルドの運営資金となっているためだけでなく、反社会的な依頼に冒険者が巻き込まれないようにするための防衛策でもある。故に、厳しい罰則が設けられていた。


「そうだよ。だから、報酬はかなりのもんだぜ? ギルドがピンハネしてねぇからよ」


 冒険者ギルドのとる仲介手数料は、設定された報奨金の1割にも満たない。だが、ギルドが報酬の大多数を懐に入れていると思い込んでいる冒険者も少なくない。


「そいつはうまい話だな……」


 かなりの報酬、と聞いてウルリスは肉を食べる手を止め、身を乗り出した。


「待て、ウルリス。お前、ちゃんと話聞いてたか?」


 お? とウルリスは首をかしげる。


「エクセライ家がすげぇ報酬出してくれんだろ?」

「そこじゃねえよ。ギルドを通さない依頼ってとこだ」


 テオバルト自身、品行方正な冒険者であるつもりはない。かといって、ギルドの規約を無闇に破るのはバカのすることだと思っている。


「かなり危ない橋だってこと、わかってんのか?」



「いやいや、そこまで危ないわけではないよ」


 そこに新たな声がかかる。テオバルトらが一斉にそちらを振り向くと、フードを被った見るからに怪しげな男がいつの間にかテーブルの近くに立っていた。


「こいつ、こいつだ! 俺が話を持ちかけてきた、エクセライ家のヤツ!」


 ラインの言葉に、男はフードを外した。白い髪に病人のような白い肌、そこに光る赤い瞳がやけに目を引いた。


「この間はどうも、ラインさん」


 そう会釈してから、男はテオバルトとウルリスの方に向き直る。


「僕はデジールという。サイラス・エクセライの弟子で、助手をしている者だ」


 デジールと名乗った男は、テーブルの空いた椅子に腰かけた。


「エクセライ家……。 そんなご立派な血筋の人間が、何で冒険者ギルドを通さない?」


 テオバルトが最も怪しんでいるのがその点であった。


「そうだね、他の街であったら僕らもギルドを通しただろう」


 デジールは残念そうに首を横に振った。首筋に亀裂のようなものが見え、テオバルトは少し怯んだ。


「だがバックストリアは違う」


 デジールの赤い瞳に影が差す。


「ガンドール家の連中が、僕らの依頼を妨害してくるんだ」


 ほう、とテオバルトはガンドールの名に反応するかのように顔をしかめる。


「この街ではガンドール家の影響力が強い。何でもかんでも、彼らの言いなりさ。それは冒険者ギルドも同じこと……。君ならわかるだろう?」


 こいつ、知ってやがるのか……? テオバルトは机の下で拳を握った。


「だから、こんな非合法な手も使わざるを得ないんだ……」

「ほら、こんな困ってんだぜ? 助けてやるのが筋ってもんだろ」


 な、とラインは二人の顔を見回す。


「ケッ、似合わねえこと言いやがって。何が人助けだよ」


 ウルリスはそれを鼻で笑い、その三白眼をデジールに向けた。


「いくら出すんだよ? 話はそっからだろ」

「そうだな。あんたの言うように、こいつは非合法な依頼だ。相応の額を、まず示してもらわないと話にならねえ」


 テオバルトもうなずいて、デジールの赤い瞳を見返す。


「おいおい、やる気じゃねえか。デジールさんよ、聞かせてやりな! どんだけあんたらが出してくれるかをよぉ」


 調子に乗ってニヤニヤ笑うラインに、テオバルトは内心舌打ちをした。


「……そうだね、まずは報酬の話をするのが筋というものか」


 デジールは人差し指を立てて見せる。


「金貨1枚出そう」

「ほう……」


 労働者3か月分の報酬なので、かなりの高額だ。ウルリスが目を輝かせているが、テオバルトは冷静を装った。


「なかなかだが、こちらも危ない橋を渡るんだ。もう少し色を……」

「勘違いしているようだけど、毎月一人金貨1枚だよ?」


 テオバルトは目を見開く。パーティは四人なので、実質的には金貨4枚の依頼ということになる。そして毎月とは一体……?


「これはね、継続的な依頼なんだ。とりあえず、3か月ほどのね」



 翌朝、「ミストゥラの森」にテオバルトらは集まっていた。昨夜の三人にセロを加わえた四人であった。


 デジールから指定されたその場所は、「エクセライの研究塔」から程近い辺りだった。木々の向こうに、古びた塔の天辺がのぞいている。


「ギルドを通さない依頼なんて、本当に大丈夫なの……?」


 気の弱いセロはそんな懸念をずっと呟いている。


「ぐちぐちうるせぇ野郎だな」


 その尻をラインが蹴り、セロはたたらを踏んだ。


「パーティの決定だ、従えねぇなら出てけよ、なぁ……?」


 ラインに胸ぐらをつかまれ、セロは震える声で謝罪を口にする。それを横目に、テオバルトは鼻を鳴らした。


 セロの懸念はもっともだ。だからと言って、今セロをかばってやるわけでもないが。


(依頼の中身だけど、戦闘は基本的には伴わない。魔法機材の保守点検と思ってくれ)


 昨夜、そこまで聞いたウルリスがラインに積極的に同調し始めた。


(戦闘なしでこいつはおいしすぎるぜ! 別にギルド通さねえ依頼でもいいじゃねぇか!)


 そのまま押し切られる形で、なし崩し的に依頼を受けることになってしまう。


(もっと具体的な話か……。すまない、あまり長居はできないんだ。ガンドール家に見つかると、厄介でね……)


 詳しい説明は明朝「ミストゥラの森」で行う。そう言い残して、デジールは去って行った。


 一連の流れに、テオバルトはどこか引っ掛かりを感じていた。上手く言えないが、冒険者の勘のようなものかもしれない。


「待たせたね」


 森の奥から、そのデジールが姿を見せた。背負っていた円柱形の籠をドカッと下すと、四人に手招きする。


「これを、まず『アンダサイの森』に運んでほしい」


 籠の中に入っていたのは、黒くねじれた角のようなものだった。片手で持てる大きさだったが、実際に手にすると重量感がある。


「セロ、これ何だ?」

「魔法素材、かな……? 見たことない種類だ。『魔石晶』とも違うみたいだし……」


 ウルリスの問いに、セロは考え考え答えた。


「ご明察。『魔石晶』とは違う、特別な素材だよ」


 にっこりとデジールはうなずく。この妙に人懐っこいところも逆に胡散臭い。


「これを『アンダサイの森』に埋めてほしいんだ。特に、『魔力だまり』がよく発生しそうな古木の陰なんかにね」

「一体、どういうものなんですか?」


 テオバルトが尋ねようとしたことを、セロが先に口にした。


「『エクセライの研究塔』には、周辺の魔素を観測する機能があるんだ。それを十全に稼働させるためには、この『角』を地中に埋めないといけない」


 これらの「角」は「研究塔」の装置と見えない戦で線で繋がっているようなものだ、とデジールは説明した。「角」が計測した魔素の数値が「研究塔」に送られる仕組みだという。


「『角』は消耗品でね、定期的に埋め替えないといけないんだ。それをいつも冒険者に依頼していたのさ。ただ、デミトリ師が大学の学長だった頃は、ギルドも僕らの依頼をすんなり通してくれたんだけれど、クリスティナ師に代わってからは、理事のルドルフ師が圧力をかけているようでね……」


 バックストリア大学の重役の名前をデジールは出してきた。前年まで在学していたセロは「ああ、なるほど……」とうなずいている。


「どういうことだよ?」

「理事のルドルフ師のエクセライ家嫌いは有名なんだ。クリスティナ師はデミトリ師の路線を継続して、エクセライ家とは仲良くしたかったんだけど、ルドルフ師の方が今は勢力が強いらしくて……」


 はー、とウルリスはわかったようなわからないような様子であった。


「デミトリ師の頃には息を潜めていたエクセライ家嫌いが、ルドルフ師の下に集まって、勢力を築いているみたいだね。迷惑なことだよ」


 筋は通るか、とテオバルトは納得しようとする。しかし、どうにも胸の奥のざわつきが収まらなかった。




「よし、こいつで最後だな」


 ウルリスは黒くねじくれた角を、尖った方を上にして地面に差す。すると、角は自ら土の中に沈んでいった。


「ふう、お疲れ様。1000と124本、確かに埋設を確認したよ」


 自らも角を埋める作業を行っていたデジールがねぎらいの言葉をかける。


「結構かかちまったな」


 空は既に茜色に染まっている。そろそろ城門が閉まる頃だ。


 一番サボっていたラインをひとにらみし、テオバルトはデジールに向き直る。


「それで、毎月これをやるのか?」


 テオバルトらは、継続する依頼についてはまだ説明を受けていなかった。


「いや、違うよ。この辺りに人が近づかないよう、見張っててほしいんだ」


 この辺りは魔道士養成所の実戦訓練でよく使われる区域だが、今はそちらはオフシーズンだ。近付くとすれば冒険者だが、デジールによればガンドール家が冒険者に依頼し「角」を掘り起こす可能性があるという。


「なるほど。ま、ここは俺たちの縄張り(シマ)だからよ、大船に乗ったつもりでいな」


 ラインが勝手にそう宣言して胸を張る。こんな辺りを縄張り(シマ)と言っても、何の箔もつくまい、とテオバルトは内心で呆れた。


 だが、そう宣言しておくのは悪くない。バックストリアの冒険者たちは、荒事を好まないものが多い。特にウルリスは、大学上がりの冒険者たちから恐れられている。そのウルリスが属するテオバルトのパーティが、ここを「縄張り(シマ)」と言ってにらみをきかせれば、他の冒険者たちもそうそう近寄れまい。


「とりあえず、3か月間お願いしたい。3か月もあれば……」


 ふとデジールは口をつぐんだ。そして、「とにかくよろしく頼むよ」とだけ言い直した。

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