60.正体
フィオはスヴェンを伴って時計塔の下へ戻った。
そしてザゴスと、その場に残っていたグレースに、スヴェンを紹介する。
「ガンドール家の方もおられましたか」
ちょうどいい、とスヴェンはグレースを見やる。
「ガンドール家って言ったって、わたし傍系も傍系だけど」
「だからこそいいのですよ」
一緒についてきてください、とスヴェンは歩き出す。
「大丈夫かよあいつ。猫抱えてるしよ……」
「古典魔法学の研究者っていうけど、あんな人見たことないんだけど」
「ボクも疑念は抱いている」
眉をひそめるザゴスとグレースに、フィオは「それはもっともだ」とうなずく。
「だが、彼はサイラスと何らかの関わりがある。話を聞いておくべきだろう」
「エッタの行方も掴めるかもしれねぇ、ってことか」
もう一つフィオはうなずいた。
「『竜の宝を得るには、竜の寝床に忍び込まねばならない』とも言うしね……」
古い言い回しをグレースは呟いた。
スヴェンに先導され、一行はバックストリアの路地へと入る。先程までフィオが座り込んでいた辺りだ。
「こちらです」
立ち並ぶ建物のうちの一つ、窓のない壁の前でスヴェンは立ち止まった。
「メネス」
名を呼ばれて、スヴェンに抱かれていた黒猫は、右前脚の肉球で壁に触れる。すると、壁の一部が消え去り、地下へと続く階段が現れた。
「こんなとこに隠し階段が……」
「ますます怪しいじゃねえか」
猫抱えてるし、とザゴスはぎょろりとした目でスヴェンを見やる。
「そんなに疑わなくとも、すべてお話ししますよ」
ついて来てください、とスヴェンは階段を降りて行く。フィオがまずそれに続き、ザゴスとグレースもその後を追った。
地下室は、ちょうど「エクセライの研究塔」の1フロアと同等の広さであった。中の構造もよく似ている。壁際には様々な魔法実験器具や、ぎっしりと書籍の詰まった本棚が並んでいた。
「そこにどうぞ」
スヴェンは3人に部屋の中央のソファを勧め、自らはその向かいの安楽椅子に腰かける。ソファにはフィオを真ん中に、両側にザゴスとグレースが座った。メネスが脛を伝って、スヴェンの膝の上で丸くなる。
「まずは自己紹介からいたしましょう。僕はスヴェン・ヴィルヘルム・ヤマダ・エクセライと申します」
その名乗りにフィオは目を見開く。
「エクセライ!? それに『ヤマダ』だと!?」
「どういうことだよ?」
今ひとつ話についていけていない様子で、ザゴスは尋ねる。
「勇者の姓たる『ヤマダ』は、神聖な言葉とされている。『五大聖女』の家系でも直系のものしか名乗れない」
つまりこの男は、とフィオはスヴェンを見据える。
「エクセライ家の直系にあたる人物ということになる」
「と、いうことです」
スヴェンは微笑んで、ティーカップに口をつける。
「父はエクセライ家の現当主。僕の立場は、フィオさんと同じですね」
「だが、『五大聖女』の家の嫡子ならば……」
「冒険者になってるはず、ですか?」
カップをソーサーに戻し、スヴェンは先回りした。
「僕は攻撃魔法の才能がまったくなかったので……。こうしてこっそりと、研究者をやっているのです」
ね、と膝の上のメネスの喉を撫でた。
「本当かよ? 猫抱いてそんなこと言っても、説得力ないぜ」
「あんたそればっかりね……」
何故か猫を抱いていることに関して疑念を持ち続けているザゴスに、グレースは呆れたように肩をすくめた。
「スヴェン、君がエクセライ家の人間ならば、サイラスが何を企んでいるのか見当がついているのではないか?」
「それとも、エクセライ家が全部の黒幕? 大学はそう考えているみたいだけど」
グレースの言葉に、スヴェンは苦笑する。
「それは困りましたね」
スヴェンは言葉ほどの重みもなさそうな口調で言って、肩をすくめた。
「実際どうなんだよ?」
「まさか。僕も驚いているぐらいなんですから」
ねえ、とメネスの喉元を撫でながらスヴェンは続けた。
「どうしてサイラス師に復元を頼んでいたおいたはずの造魔獣が、あんなに群れをなしてこの街を襲ったのだろう、って」
事もなげに言い放たれたのは、聞き捨てならない言葉であった。
「復元を、頼んだ……?」
表情に緊張が走るフィオに、「ええ」とスヴェンは軽い調子で応じた。
「僕とサイラス師が昨年、『マーガン前哨跡』を調査したのはご存知でしょう?」
「ああ……」
初対面の時は、その繋がりでサイラスから紹介されたのだった。
「『マーガン前哨跡』って確か、バックストリア大学が管理してる場所よね?」
その件を知らないグレースに、スヴェンは「そうです」と応じる。
「ガンドールのみなさんは、あの遺跡を『触れてはいけない』などと言い、管理という名目で放置されていましたがね。あの遺跡は我々にとっては重要な場所ですから……」
長年、調査させるよう要請していたが、ガンドールは首を縦に振らない。しかし、スヴェンが何とか去年それを通したという。
「我々というのは、エクセライ家のことか?」
はい、とスヴェンは肯定した。調査自体がエクセライ家を中心としたものだったそうだ。
「よくもまあ、頭の固いガンドールのお爺さん達を説得できたわね」
グレースの言葉に、スヴェンは「いやあ」と照れたように笑った。
「それに関しては非常に苦労しましたよ。大学内の力学を考慮して根回しをしたり、時には袖の下や……」
「政治的な苦労話はいい」
フィオは長くなりそうなので、話をすっぱりと断じた。
「調査の目的は何だったんだ? 造魔獣の製法を探ることか?」
「いいえ、そんなことではありません」
スヴェンは何をバカなと言わんばかりの様子で首を振る。
「我々が『マーガン前哨跡』の調査を行ったのは、一族の歴史を知るためです。エクセライ家の原点は『マーガン原生林』にあるのです」
「そういや、エッタがそんなようなこと言ってやがったな」
バックストリアの街についた頃に交わした会話をザゴスは思い出す。
「本当に単なる歴史調査なのか?」
フィオの鋭い目線には、疑念の色が差している。それに気付いているのかいないのか、スヴェンはのん気な口調で応じた。
「お疑いのようですが、そもそも造魔獣の製法など探るまでもなく、我々は300年前から保持し続けていますよ」
「はぁ!?」
「何だと……!?」
「そして今も、造魔獣を造り、利用し続けています」
それは、アドニス王国の「魔法的常識」を覆すようなとんでもない発言であった。
「じゃ、『邪法』よ……? その製法を書き残すことすら罪に問われるって言うのに……」
「『邪法』などとおっしゃいますが、それはガンドール家が定めた基準にすぎません」
サイラスも似たようなことを言っていたな、とザゴスは思い返す。エクセライ家全体の考えなのかもしれない。
動揺の冷めないフィオやグレースを横目に、スヴェンは平静な様子でメネスを撫でている。
「ともあれ、調査の末に我々は300年前に造られた造魔獣の痕跡を発見しました」
その一つが、遺跡に大量に落ちていたという捻じくれた黒い角であった。無論、遥か昔の技術、エクセライ家にとっては過去の遺物でしかない。
「ガンドール家の常識なら、今でも最新技術に見えるかもしれませんがね。あの角の魔道式を解析するのは、この大学の技術レベルでは難しいようですし」
皮肉っぽい笑みをスヴェンは浮かべた。フィオとの初対面の際に「造魔獣を再現するのは難しいことだ」と言ったのは、それを踏まえてのことであろう。
「しかしながら、造魔獣技術は我が家系の歴史の一端、それを復元することには意義があるのではないか。そう言い出したものがいました」
「それが、サイラスか……」
はい、とスヴェンは肯定する。
サイラスの表向きの肩書は、ザゴスらも知るように魔獣研究家である。だが、本来は造魔獣の開発と製作を専門にしていたという。
「思えば、珍しいことでした。サイラス師は、あまりやる気がないというか、気まぐれな方でしたから……」
スヴェンは、サイラスが乗り気なのは純粋な学術的興味からだと思っていた。調査団の責任者を引き受けてくれたし、一族の歴史を知ることに熱意を持っているのだと。
「それがまさか、こんなことをしでかすなんて……」
信じられない、とばかりにスヴェンは首を振った。




